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無限への二、三の引用

 言語への疑いを招くしかない記号の氾濫で、わたしは意味と無意味の泥沼に首まで浸り、現実は想像力の洪水に溺れる。映像はよしあしを越えて自由だ。わたしの乱れた理性の前で良識が再出発する。人間よりもobjetのほうを注意深くあつかう理由、それはobjetのほうがより存在しているからだ。死んだobjetはつねに生きており、生きた人間は最も多くの場合、すでに死んでいる。
ジャン=リュック・ゴダール『彼女について私が知っているニ、三の事柄』(1966)
山田宏一訳
 人間が生きる理由はひとつしかないことがわかる。過去の記憶があって、次に現在があり、現在を享受する能力があれば、生きていく過程で生きる理由をつかみ、個々の状況でそれが見出された数秒間が生きる理由を心に留める瞬間なのだ。人間世界における最も単純なものの誕生、人間の精神によるその瞬間の所有、人間とobjetとが正しい融合を実現する新しい世界、それこそわたしの希求していたものだ。詩的であるとともに政治的なもの、それが表現の怒りを解き明かしてくれるだろう──作家にして画家たるわたしの怒りを。
同上
アニエス・ヴァルダ『5時から7時までのクレオ』(1962)

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