ある言葉に秘められた美しさ-1_2

#10 失墜したブランドの生死を分けるもの


「頭が真っ白になった…」「責任逃れの発言をしてしまいました…」「それはない。それはない」

最近テレビを見ると、平成を振り返る番組ばかりだ。この言葉を見ると、12年前のある記者会見の映像が蘇ってくるのではないだろうか。そう、「ささやき女将」で大きく世間を賑やかした船場吉兆の不祥事発覚後の説明記者会見である。産地偽装や無許可での梅酒の製造・販売、客の食べ残しの再提供により、最終的には廃業にまで至った不祥事である。

つまり、この不祥事により船場吉兆というブランドは「死んだ」わけである。より正確に言うと、あの記者会見によって、経営者自らブランドを「殺した」のである。

ここで一つ頭に浮かんだことは、「あの記者会見やその後の対応次第では廃業という事態を免れ、それまで以上にビジネスを成長させることはできていたのか?」というものだ。

答えはYes。しかるべき対応を取っていれば、船場吉兆は事業を継続できていた。船場吉兆にとっては、創業以来最大の「危機」であったことは間違いない。ただ、「危機」は「危険」であると同時に「好機」でもある。


■失墜したブランドが復活するための明暗を握るもの

結論から言うと、不祥事やスキャンダルでブランドを毀損させた企業がもう一度復活するために必要なことは、以下の3つである。

1. 透明性
2. スピード
3. オーバーコミュニケーション

まず、1の「透明性」は、企業の現状や対応状況、そして今後のプラン等について包み隠すことなく、透明性を持って情報を発信していくことを意味する。情報を小出しにしたり、社内外の誰かに忖度し情報を出さないなどはしてはいけない。これは、経営者の覚悟や品性などその人の「器」の大きさが量られる。ブランディングの視点では、経営陣の自分たちのブランドに対する姿勢・コミットメントに関係する。

2の「スピード」は、文字通り対応スピードである。どれだけパーフェクトな対応策であったとしても、その対応に数ヶ月かかったりしてしまうものならブランド価値をリカバリーする大きな助けとはならない。ブランディングの視点では、これは社内のガバナンスに関わる。

そして、3の「オーバーコミュニケーション」は、それまで以上に対外的な発信をするという意味だ。対外的コミュニケーションの内容は、謝罪や反省ではなく、商品やサービスなどの通常のビジネスの内容である必要がある。日本企業の性質上、不祥事などが発生したときは自粛モードが社内に漂い、対外的コミュニケーションを減らすことが往々にしてあるが、ブランドを復活させる企業はそれとは逆のことをしている。ブランディングの視点では、これは社外へのエンゲージメント、一貫性、プレゼンスなど多くの要素に関わってくる。


■毀損したブランドの復活に成功した企業

【メルセデス・ベンツ | Aクラスのデビュー失敗】
1997年、初代メルセデスAクラスのデビュー後に、スウェーデンで行なわれたエルク・テスト(ムース・テスト)においてAクラスが転倒し、世界中で大きな話題となった。

その結果、ダイムラー社は発売早々にAクラスのリコールを実施した。ダイムラー社はその際、市場に対して透明かつ正直な対話をし、対策としてサスペンション・セッティングとタイヤサイズの見直し、そしてESP(横滑り防止装置)を標準装備とした。

このESPの標準装備は、コンパクトカーセグメントでは世界初のものとなった。結果、Aクラス販売再開後のメルセデスのブランドイメージはすぐに回復し、不祥事発生前よりも上がった。



【ジョンソン・エンド・ジョンソン | タイレノールへの毒物混入事件】
1982年9月30日、外部の第三者によってジョンソン・エンド・ジョンソンの商品である「タイレノール Extra Strength (Capsule)」に、シアン化合物が違法に混入され、それにより死者が出て世界中を震撼させた。

ジョンソン・エンド・ジョンソンは、事件発生直後にマスコミを通じた積極的な情報公開として、衛星放送を使った30都市にわたる同時放送、専用フリーダイアルの設置(事件後11日間で136,000件の電話があった)、新聞の一面広告、TV放映(全米85%の世帯が2.5回見た計算になる露出回数)などの対応策を実施した。対応策は消費者に対してだけにとどまらず、営業部隊による医師へのプレゼンテーションを計100万回行うなど多方面に渡るものであった。

迅速な対応と消費者・医師への誠実な対応の結果、1982年12月(事件後2ヶ月)には、事件前の売上の80%まで回復をすることができた。

さらに、ジョンソン・エンド・ジョンソンは、事件を受けて今までにない革新的な新パッケージを開発した。開発されたタイレノールの新パッケージは、異物混入を防ぐために3層密閉構造になった。この時に開発されたタイレノールのパッケージは、異物混入を防ぐパッケージとしてスタンダードとなった。



【フォルクスワーゲン | ディーゼル排ガス不正】

2015年9月18日、フォルクスワーゲンのディーゼルエンジンの一部車種が排出ガス規制を不正に潜り抜け、実走行時の有害排出物が規制値を大幅に上回っていることがアメリカ合衆国で明らかになった。既に多くの台数が市場に出回っており、その数は全世界で1100万台に上っていた。制裁金・訴訟、第44回東京モーターショー直前での発覚で、ブランドイメージの悪化などにより、企業業績への悪影響は長期間にわたると予想され、数日後にCEOのマルティン・ヴィンターコーンが辞任に追い込まれる結果となった。

フォルクスワーゲンは、ポイントである3つの対応策を実行することにより、2015年度こそは営業利益が赤字に転落したものの、翌2016年度以降には大幅な黒字にV字回復しそれ以降もビジネスを伸ばしている。

また、この事件をきっかけとして、フォルクスワーゲンは大規模な組織・風土改革およびEV(電気自動車)などの電動化戦略へのビジネスシフトを加速させている。2016年に発表したフォルクスワーゲンブランドの「TRANSFORM 2025+」という10年後を見据えた中長期戦略においても、以下のように「e-mobility」の分野において2025年までにグローバルトップになると明言している。

E-mobility offensive
In future, e-mobility will be part of the Volkswagen brand core. “From 2020, we will be launching our major e-mobility offensive. As a volume manufacturer, we intend to play a key role in the breakthrough of the electric car. We are not aiming for niche products but for the heart of the automobile market. By 2025, we want to sell a million electric cars per year and to be the world market leader in e-mobility. Our future electric cars will be the new trademark of Volkswagen,” said the brand CEO.


いずれの企業にも共通して言えることは、これらの企業はピンチをピンチとして終わらせるのではなく、チャンスに変えている。


■毀損したブランドの復活に失敗した企業

具体的な説明はここではしないが、不祥事やスキャンダルの対応がまずく、ブランド価値の回復に失敗した企業は枚挙に暇がない。冒頭で挙げた「船場吉兆」もそうだが、グローバルケースで言うと2000, 2004年と死者まで出した「三菱自動車」のリコール隠し事件。2010年にメキシコ湾で原油流出事故を起こした石油(エネルギー)会社の「BP」などが挙げられる。また、最近では施工不良で世間を欺いた「レオパレス21」やBoeing 737MAXの事故により世界を騒がせている「ボーイング」は、対応次第ではブランド価値をさらに大きく毀損させることになり得るため、今後の対応が注目される。


■ブランド復活の明暗を握る3つのポイントを実行できたブランドと実行できなかったブランドの差

その差は「絶対にこれである」と言えるものはないが、明暗を分けたと考えられる重要な点はジョンソン・エンド・ジョンソンから学べるものがある。事例として挙げた3つのブランドの中でも一際優れた対応をしているジョンソン・エンド・ジョンソンであるが、彼らはなぜそれができたのか?

そのキーとなるポイントは、ジョンソン・エンド・ジョンソンが何よりも最も大切にしているものにあると考える。

それは「Our Credo(我が信条)」という価値観である。ジョンソン・エンド・ジョンソンのOur Credoは、ブランディングやビジネススクールなどで倫理 (Ethics) を学ぶ際に必ずと言ってもいいほど事例として紹介される。


ジョンソン・エンド・ジョンソンでは、経営者だけでなく従業員全員がこのOur Credoの価値観に基づいた意思決定をすることを求められる。経営者は、何か重大な意思決定をする際には、Our Credoに立ち返り、それに基づいて意思決定をする。


これらの価値観・コアバリューや行動指針のようなものは多くの企業でも同様に掲げられているが、ジョンソン・エンド・ジョンソンほど社内全体に浸透し、それが意思決定の指針にまでなっている企業は非常に稀である。経営者がそのコアバリューを本気で信じ、実践し、社内全体にエンゲージメントし続けることが重要であり、それこそがブランディングである。

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