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それ、あなたの荷物じゃないでしょ



1月の電車の座席は温かい。

なぜこうも温かいのかと思いながら、座席に深く腰掛けたまま、向かいの窓に反射する自分をぼんやり眺め、ウトウトしていると、

何やら右奥の方が騒がしい。

「それ、あなたの荷物じゃないでしょ!」



氣がつけば、電車は二俣川で停車していた。

向かって右奥の優先席に、黒いリュックを抱えた30代くらいの男性が座り込んでいる。

その男性に向かって、電車の外からもの申しているのは、50代くらいの白髪の男性だった。

「あっちで寝てた人の荷物でしょ!なんで持ってったの!?」

なかなかの形相でもの申していた。



察するに、どうやら優先席に座り込んでいる男性は、別の車両で寝ている方の荷物を取り、停車した隙を伺って、外からこっちの車両に移ってきたようだ。

その様子を、白髪の男性が見ていたのだろう。

すかさず追ってきたというわけだ。



容疑者の男性は少しはにかんでいる様子で、特に焦っているようにも感じられない。

悪氣のない様子から、どこか、私とは違う特性を持った方なのかと思えなくもない。



そうこうしているうちに駅員さんがやってきて、優先席から男性を外へ連れ出す。

男性も、全く抵抗する様子なく、素直に外へ出ていった。

50代の男性は、荷物を盗られたであろう男性を左側の車両から連れてきた。

容疑者の男性と白髪の男性、駅員さんと被害者の男性。

四人が電車の外にそろったところで、駅員さんは電車を発車させた。

彼らはその後どうなるのだろうと、過ぎ行きざまに氣にはなったが、氣にしてもしょうがない。




ただ思ったのは、いろんな人がいるのだなということ。




悪は徹底的に成敗する。

現代社会を見ていると、そんな風潮が濃く漂っているように思う。

ぼくは、物事を善悪でキッパリ分けるのは好きじゃない。

世の中にはいろんな事情のいろんな人がいることを、齢32にもなると感じ取れるようになるものだ。

先ほどの容疑者の男性は、私が思う一般的な方と、どこか様子が違っていた。

きっと、何かを抱えている方なのだろう。




この平和な日本にいてぼくも一度だけ、財布を落とした際、中身が抜かれて返ってきたことはあった。

現金2万円と商品券6千円分がなくなっていた。

クレジットカードや身分証は無事だったから、面倒な手続きは最小限に済んだし、何より大切な財布が無事に返ってきのだから、まぁよかった。

中身を抜いた人もきっと、この行いを悔いる時が来るだろうと思って片付けた。




悪事を働いた人にもいろいろ事情があると思うのだ。

ぼくの財布の中身を抜いた人だって、お金に相当困っていたのかもしれないし、精神面が私とは大きく異なっていたのかもしれない。

ぼくだって、心底食べるものに困ったら盗みくらい働くかもしれないのだ。

相手のことをできる限り考えて接することが、事態に遭遇したときにできることだと思う。





誰かを困らせてしまった人を一辺倒に悪と決めつけ、皆で無音の罵詈雑言を浴びせ、それでその後どうなるのか。

その人は、社会は、その後どうなるのか。

誰かを困らせてしまった人が、その後の生き方をどう改善していったらよいのか、

困りごとが起こらない地域にするために、一人一人がどう過ごしていけばよいのか。

そういったことを考えて行動していくことが、人間社会で生きる上で大切なことなのではないだろうかと、




そんなことを考えながら、ぼくは再び、温まった電車の座席の上で、ウトウトするのであった。




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3月22日
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