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Vol.1 『親も子どもも後悔しないために~積極的な情報収集のススメ』

うちは、結婚したと同時に主人の義母との同居を始めました。

主人の母の行動に違和感を感じたのは、次男が生まれてしばらくしてからでした。
私が38歳、義母が79歳の時です。

結婚二年目に長男が産まれ、それから七歳離れて次男が産まれました。
家族四人の生活が長く続いていたので、七年目後に赤ちゃんが一人増え、生活リズムが変わった事が義母の中で違和感なのかも…と最初は思っていました。

熊本出身の義母は、農家だった実家での田舎暮らしが嫌で中卒で福岡に出てきたのですが、故郷の話はほとんどしたことがありませんでした。
でも、次男が生まれてからは度々熊本の話をするようになり、主人のことを自分の兄だと思って話しかけることが増えました。

夕飯を食べた後に「お邪魔しました、そろそろ帰ります」と言って玄関に向かおうとしたり、夜中に玄関を開けて外に出て「家に帰らないといけない。宿代はいくらですか?」と言ったり…。

3ヶ月程経った頃、病院で介護福祉士をしている私の妹から、一度専門の病院で診てもらった方がいいとアドバイスされたので、認知症専門の病院を受診したら、アルツハイマー型認知症と診断されました。

自宅に義母がいるときに大変だったのは、お風呂に入りたがらないので一緒に浴室に入って洗髪・身体洗いをしたり、片付け方が分からないと言って自室を足の踏み場がないほどに物を散乱させるので、義母と一緒に片付けたり、小学校に入学した長男が友だちを家に連れてくると遊んでいるのをジッと見て「オモチャを出しっぱなしにしたらダメ」「もっと小さい声で話なさい」と叱ってばかりなので長男が嫌がって義母と話さなくなったりしたことです。

私はフルタイムで働く会社員でしたが、5月に次男を出産し、翌年1月に仕事復帰を予定していました。
夏が終わる頃に、そろそろ仕事に戻ってからの生活スタイルをどうすればいいのか考えていた頃に、義母がトイレで用を足す際に失敗して廊下を汚す事が増えてきました。

主人は義母のそうした行動にショックを受け、そういう姿をあまり見たくないと「どうしてちゃんと出来ないんだ」と本人に話して聞かせるのですが、改善するはずもなく、病院で処方されたアルツハイマー型認知症の薬の効果も感じられずに症状は進行していきました。

私が育児休暇を取っている時、主人が仕事から帰る前の夕方に、どうしても足りなくて困る食材があり、すぐ近くにあるスーパーへ買い物に出ないといけなかったので、義母にすぐ戻ると伝えて子ども達を連れて買い物を済ませて家に戻ると、玄関が開いたままで義母がいなくなっていました。
慌てて主人に連絡をし、車で近所を探し回りましたが義母の姿が見つからず、警察にも連絡を入れて家で待っていました。
一時間ほど経った頃、警察から連絡があり、自宅から歩いて私の足で10分ほどかかる最寄り駅の近くを歩いている義母を保護したということでした。

こういった家を出てしまう行動は、私が仕事復帰をする直前にもう一度起きてしまったのですが、その時には裸足で歩く義母を心配した近所の方が、私が戻るまでご自分の家で看てくださっていました。

ご近所にもご迷惑をかけ、万一事故でも起きたらいけないと悩んでいたときに、役所に相談窓口があることを知り、日中はデイサービスにお願いすることを決めました。

元々、出不精だった義母を毎朝支度させて送り出すのは大変で、雨が降っているから出掛けない、寒いから出掛けない、と毎日通うのが本人にとっては苦痛だったようです。

私の仕事復帰も確定し、家では十分なフォローが出来ないので、専門の方にお願いする方が本人のために良いのではないかと主人と話し合った結果、施設への入所検討を始めました。

義母は年金がほとんど無かったため、経済的にも有料老人ホームへの入所が厳しかったことから特養を探していましたが、要介護3では入ることの出来る施設が無かったので、一時的に老健へ入所することになりました。

入所した当初は「熊本に帰らないといけない」と職員の方々に話し、私たちが行くと「兄さん、よく来たね」と主人のことを自分の兄だと思って話をしていました。

いつもは主人が「兄さんじゃない、俺だよ」と自分の名前を言うと「ああ、◯◯(主人の名前)だった」と言い直しをしていましたが、入所して半年・次男が生まれてから一年半ほど経った頃に同じやり取りをしていたら、義母が「◯◯?知らない。誰か分からない」と言い、それからは主人があまり施設へ行きたがらなくなってしまいました。

私と子どもだけで義母に会いに行くことが増え、主人は季節ごとに一度行くくらいになり、主人の友人にも相談して「絶対に行った方がいい」と説得してくれていましたが、結局亡くなるまで施設へは殆ど行きませんでした。

老健でのリハビリも嫌がってしまい、ベッドで横になって過ごすことが増え、要介護3から要介護5に変わった時に、予約待ちをしていた特養へ移る事が決まりました。

特養の方が老健よりも自宅から近かったのですが、こちらにも主人は殆ど足を運ぶことはありませんでした。

ただ、病気で体調が思わしくなく、施設から病院へ移った時には病院へは頻繁に通っていました。

腎不全で状態が悪くなってからは毎日の様に仕事帰りに病院へ行き、最後は家族で看取ることが出来ました。

ただ、今振り返ってみると、もっと早く義母の変化に気付いた時点で病院に行っていれば、ここまで重くはならなかったかとしれない、もっと長生きしてくれたかもしれない、と悔やむことがあります。

私の年齢的にも親を介護している友人もなく、知識不足だったこともあります。
主人も、自分がもっと早く気付いてやれば良かった、何もしてあげられなかった、と悔やんでいます。

今回の企画では、是非とも『変化に気付いたら、すぐに専門機関へ相談』ということを伝えていただきたいな…と思っています。
介護される本人にとっても、周りの家族にとっても、専門家と関わりを持つことで、最期の日を迎えた時の後悔が軽減されると思うんです。

私たち家族は義母が亡くなった時、もっと早く専門機関に相談していたら…と後悔ばかりでした。

今現在、介護で困っている方々や、これから介護に関わる方々が、自分の責任だと後悔を感じることなく過ごせますように。

(大原美帆子46歳)

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介護している方もしていない方も、これからする方も、そして専門職の方も、色々な想いを持たれたと思います。

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