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松浦寿輝『名誉と恍惚』

なかなか分厚い小説ですが、途中から止まらなくなり、あっという間に読み終えました。
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戦争でも平和でもない時代に、日本でも中国でも欧州でもない場所で、誰でもない誰かが、全てを失うところから始まる話。
時代=日中戦争は始まっており(ただし当時は「戦争」ではなく「事変」ということになっている)、第二次大戦が近づいている
場所=上海の租界
誰でもない誰か以下については、ネタバレになってしまうので、省略。
本書帯曰く、「日中戦争のさなか、上海の工部局に勤める日本人警官・芹沢は、陸軍参謀本部の嘉山と青幇の頭目・蕭炎彬との面会を仲介したことから、警察を追われることとなり、苦難に満ちた潜伏生活を余儀なくされる。。。」
おもしろそうでしょう?

ふと気になったのは、この作品、
著者も有名だし、谷崎賞も取っているからには、その筋で高い評価を得ていることは間違いないのでしょうが、
いったい、どれくらい、読まれたのだろう?
なにしろ分厚いし(単行本で760頁)、高いし(定価5,000円?私は図書館で借りました)、前半はなかなか展開がゆったりで重いし、
そんなこんなで、
いわゆるベストセラーにはならなかったものと思われますし、
あまり近所の書店でも見かけなくなっているようですね。
読者の評価はかなり分かれているようで、「好きでない」という意見も、分からないことは無い。
私は、好きでした。
もともと中国なんて専門外(と思われる)の著者が、この話を書くために、よくこれだけやったよな、という気概も感じる。彼が書きたい物語を書くためには、自分が詳しいかどうかは棚上げして、とにかく、この時の上海でなければならなかった、ということなのでしょう。
一方、映画とか、いきいきとした近代都市の描写とかは、いかにもこの著者らしいもので、読んでいても楽しい。

これくらい巨大な小説というのは、
毎年出てくるわけではないので、
もっともっと読まれるに値する作品だなと思いますし、
さらにいえば、こういう作品こそ、翻訳されて世界に問われてほしい。
日本語、上海語の固有名詞がふんだんに出てくるし、
「これは日本語」「これは上海語」という見当がつかなくなってしまうと(これは日本の読者なら自然とできるわけですね)
読者としてはなかなか苦しい。
そんなこともあって、英語などへの翻訳はなかなかハードルは高いでしょうけれど、
こういう作品をドカンと翻訳して広められないと、
いつまでたっても、
「英語にしやすいパーツで出来た作品」しか世界には出ていかない。

ということで、著者ご自身での英仏訳など、期待したいですね(笑)
そんな芸当ができるのは、他にはなかなかいないわけですから。



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