ショートショート「愛の空箱」


 部屋の隅に、空箱が虚しく積み上がっている。

 元々浪費癖があった私は、最近また無闇にお金を使うようになってしまった。


 数日前、私はある通信販売サイトを見つけた。「愛販売会社」という名前のサイト。笑ってしまうくらいに怪しいサイトである。

 なんでも、その通販サイトから買ったものには「愛」が添付されていて、身につけたり使うことで、幸福感を感じることができるらしい。あれほど「金では買えない」とされていた「愛」が添付された商品が買えるというわけだ。

 そのサイトから物を買うと、初回限定で無料のブレスレットが付く。そのブレスレッドをしながら買った商品を身につけたり使ったりすることで愛を感じられるというのだ。

 愛、か。もう何年も疎遠な言葉だ。私は話の種にと商品を買ってみることにした。

 そのサイトで売られている商品には、すべて商品名の後に(愛付き)と記載されている。例えば「ブランドバック(愛付き)」「Tシャツ(愛付き)」などといった具合だ。私は(愛付き)と表示されているTシャツを買ってみることにした。


 翌日。「愛販売会社」からTシャツとブレスレットが送られてきた。

 ブレスレットの説明書には「愛をあなたに届けるために、当社の商品を使う際には必ずこのブレスレットを着用してください」と書かれていた。

 ピンクゴールドのブレスレットを腕につける。これだけでは、特になにも感じない。まぁ、別に本当になにかを感じるなんて思っているわけじゃないけど。

 Tシャツに手を伸ばす。別に何の変哲もないTシャツだ。しかしTシャツを身につけてみて驚いた。Tシャツを着た途端、幸福感に包まれ、もう何年も味わっていない感情に包まれたのである。数年前までは確かに感じていた、「愛されている」という感覚。

 はっきりと私の中でなにかが変わる感覚があった。目の前の景色に、鮮やかな色がついていく。しかし、その景色はTシャツを脱ぐとあっさりと色を失った。

 そして困ったことに、Tシャツを繰り返し身につけることで幸福感は薄れて行ってしまったのだ。


 私は、気がつくと「愛販売会社」が販売する商品を買い漁っていた。「愛販売会社」の商品は、よく見ると()の中身がいくつかの種類に分かれていた。(愛付き)とだけ記されているもの。(中古愛付き)と記載されているもの。(人工愛付き)と記されているものもあった。

 中古の愛がついているものは、商品説明欄を見るに、元々は別れてしまったカップルの持ち物だったものを加工して作られた物のようで、実際に買ってみると幸福感の中に少し物悲しさが含まれていた。これはこれでファンがいそうではあるが、私は純粋な愛が欲しかったので、中古を買うことはやめた。

 人工愛は、私には合わなかった。どこで作ったような完璧すぎる愛であったり、あるいはおよそあり得ないようなシチュエーションでの愛を感じさせるようなものが多かったからだ。恋愛漫画やゲームにあるような嘘臭さ。そういう嘘で満足する人もいるかもしれないが、私にはどうしても合わなかった。


 私は、最初買ったTシャツのように(愛付き)とだけ記載されているものを中心に買いあさり、家が空箱だらけになるくらいにハマってしまった。商品の箱が届き、箱を開ける前。その瞬間が一番ドキドキした。


 しかし、商品を繰り返し購入するたびに、私にはこの商品たちが供給してくれる愛の正体がなんなのか、少しずつ分かってきた。

 これは、例えばお金のない学生が互いを思い合って一生懸命選んだりするような、そんな純粋な愛で作られたものではない。下心のある男が行きつけのキャバクラの女の子に贈る贈り物に込められたような、そんな薄汚れた愛。それが、売買されるような愛の正体なのだ。純粋な愛を、そう簡単に売り渡す人間はいない。

 最近では、箱を開ける前だけが期待に満ちていて、開けて商品を目にした途端、すぅっと気持ちが冷めてしまうような、そんな状態だった。

 もう、いい加減やめようと、何度も思った。しかし、本物の愛が紛れ込んでいる商品にいつか出会えるかもしれない。中身を開ける前の箱には、そう思わせる魔力があった。そうして私の部屋には、空箱ばかりが溜まっていったのである。


 今日もブレスレットをつけて、もはや出がらしのような愛だけが残っているブランドバックを持って出かけることにした。玄関に立った時、ちょうど呼び鈴が鳴った。覗き穴で訪問者を確認してから扉を開ける。

「いやー暑いですねー」

と言いながら笑顔を向けてくれたのは、配送会社のいつものお兄さん。首筋を流れる汗と白い歯が素敵な男性だ。

「お届けのお荷物です。サインをお願いします」

と言ってお兄さんが「愛販売会社」の箱を差し出した。

 毎日のように荷物が届く私の家に嫌な顔一つせず配達をしてくれるお兄さん。こんなお兄さんには、きっと素敵な恋人がいて、本当の愛を知っているんだろう。私なんかとは大違いだ。

 つい「ふっ」と乾いた笑い声が漏れてしまう。お兄さんは、そんな私の下品な笑いにも気がつかないようで、にこやかに微笑んでいる。

 こんなに素敵なお兄さんから、毎日のように仮初めの愛を受け取っていると思うと、とたんに自分がとんでもなく惨めな人間に思えてきた。私は……私はいったいなにをしているんだろう。いい加減、気づけ、バカ。

 サインを書く手が震える。そして、目頭が熱くなったと思った瞬間、配送表に涙が一滴、落ちてしまった。

「だ、大丈夫ですか」

慌てるお兄さん。

 最悪だ。なんて惨めなんだろう。私は荷物を奪うようにして受け取ると、扉を閉めた。

 あんな姿を見られてしまったら、もう荷物なんて頼めない。私はその場に座り込んだ。

 と、再び呼び鈴がなった。覗き穴を覗くと、お兄さんがまだ立っている。

 涙をこすってから、扉を開けた。

「あの、まだなにか……?」

「あ、いえ、あの、これ、よければ」

お兄さんは黒いストライプ柄のハンカチを私に差し出した。

「返さなくていいので!」

そう言って、お兄さんがトラックに戻っていく。お兄さんを乗せたトラックは、慌てた様子で走り去っていった。

 手渡されたハンカチで目頭を抑えると、ふわりと男の人の匂いがして、ドキッとした。

 もしかしたらあのお兄さん、私のことを好きなのかな。私が純朴な少女だったら、そんな勘違いしてしまいそうになる香りだった。

 しかしそんなことはありえないことくらい、私には分かっている。無闇に恋に恋する少女とは違うのだ。

 彼は、きっと誰にでも優しい。そういう人なのだ。

 だが、私だけに向けられたものではなくても、お兄さんがくれた「博愛」は 私に勇気をくれた。もう仮初めの愛を受け取るのはこれで最後にしよう。そう思った。

 ハンカチを洗面台に置いて、部屋の隅に積み上がっている空箱を手に取る。全部捨てて、スッキリするんだ。

 しかし、空箱を手に取った瞬間、身体中を痺れるような感覚が走り抜けた。今まで買った商品からは、およそ感じることのなかった感覚である。

 そんな、まさか。でも。

 箱から手を離すと、身体中を駆け巡っていた幸福感はふっと霧散した。

 私は洗面台の置いてあった、ストライプのハンカチを握りしめた。先ほどまで理性で押し返していた感情が、濁流のように私に流れ込んでくる。

 幸福感に溺れてしまいそうな私は、いったい自分の感情をどう処理すればいいのか、まったく分からないでいた。

 愛の空箱のようになった私の心に、無慈悲に流れこんでくるもの。それが、私がずっと追い求めてきたものなのかどうか。正体を見極める余裕すらない。

 このハンカチから感じるものが、突然牙を剥くような危険をはらんでいることさえ理解しながら、私は、少しずつ感情の渦に身を任せていった。


(了)


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