遺品整理の仕事【7回目】
2022年6月8日(水)
8時半出勤。
「やる事なかったわ。ぼーっとしといて」と言われる。
求人では10時から勤務開始だったので、遠慮なく好きにしようと別部屋でちょっとaikoを歌った。
10時前、ひょろい男が事務所のドアから入ってきた。
YouTubeをつけたまま慌てて立ち上がると、面接に来たという。
社員の藤田さんに報告にいくと、「え、17時の予定やけどな」と言いながら立ち上がり、面接が行われた。
ひょろい男はたこ焼き屋を経営していたが、店をたたむことになったそう。
社員の藤田さんがいくつか質問をする。
「遺品整理の仕事に興味をもった理由はありますか?」
「これくらいしか出来ることないんで」
「えっ?これくらいしかって、したことあるんですか?」
「ないです」
合格の場合は連絡するということで面接が終わった。
「これくらいしか出来ることないって、めっちゃこの仕事下に見られてるやん。あいつナシかな」と社員の藤田さんは憤慨していた。
この仕事が下に見られていると認めたくなくて、「そうですよね!」と強めに相槌を打った。
それから軽トラを修理に出すため、車屋に持って行くよう頼まれた。
指定された車屋に軽トラを持っていくと、優しそうなおじさんが対応してくれた。
車屋さんが軽トラを預かるため、事務所までわたしを送ってくれた。
話しをしていると、車屋のおじさんは「仕事でデカいトラックにも乗ったりする」と言っていた。
遺品整理の仕事を初めてから、デカいトラックを運転できる人と、力持ちの人が1番かっこいいと思っていたので、「えー!デカいトラック運転できるのめっちゃかっこいいですね!」とテンションが上がった。
車屋のおじさんは得意そうだった。
事務所に戻ってからは、今日行く現場の準備をした。
「時間までにお昼食べて1人で現場に向かって。現場で合流な」と言い残し、社員の藤田さんは出かけた。
危ういわたしの運転で、もう、1人で1.5tトラックを運転するなんて。
めちゃくちゃ心細くなった。
お昼は定食屋に行った。
たまごふりかけが付いているのがなんともいい感じだ。
定食屋のおじさんがいい人だった。
食べながら現場の内容を確認すると、普段名前が書いてある欄に「極度のクレーマー」と記載があった。
いままでになかったので身構える。
運転危ういし早めに出ようと出発しかけたところ、社員の藤田さんからの電話で積み込みを頼まれた。
積み込みをして出発する。
結構時間が押してしまった。
一旦高速を降りたところで、混んでいたのと鈍臭さで車線変更が間に合わず、ルートが変更になり到着時間に間に合わなくなってしまった。
そのタイミングで社員の藤田さんから「10分くらい到着遅れる」と連絡があった。
わたしも社員の藤田さんも、どちらも間に合わなくなった。
よりによって「極度のクレーマー」というときに。
こちらも10分ほど遅れる旨を連絡する。
かなり焦ってきた。
高速に乗りながら急に叫びたくなり「なんでわたし、トラック運転してんねーーん」と言った。
なんとか目的地に到着する。
インターホンを押すと50代くらいの男の人が出てきた。
「おい!時間過ぎとるやないか遅いねん!!」
「大変申し訳ございません」
「言うとる時間守るくらい常識やろ!(ブリブリブリ(屁))」
「……………」
「すみませんね」
「はい」
屁をこいてすみませんねと言われたものの、気まずすぎて「はい」しか言えなかった。
そこから5秒ほど探るような空気だったが、すぐに顔つきが戻った。
「おい、社長と電話させんかい!」
社長に電話をして、依頼主にすぐ電話をしてもらうよう伝える。
だが、社長から依頼主に電話がかかってこない。
「おい!全然かかってこんやんけ!どないなっとんねん!」
「申し訳ございません。もうかかってくるはずですので」
「......いやかかってこんやんけ!」
たしかに全然かかってこない。実際は数分だったのかもしれないが、それが永遠に感じられた。
「おお、かかってきたわ。もしもし、来るの遅いやんけ、どないなってるねん。」
電話の奥で社長が「申し訳ございません」と言っているのが聞こえる。
「というか社長が来るんじゃないん?社長が来ると思って待ってたのにおかしいやろ。見積もりのときに全部言ったこと、今日来る人は分かってないやろ?」
「いえ、見積もりのときに私が行くとは言っておりません。今回の内容は社員の藤田というものに伝えておりますので、問題ございません」
「いや行くとは言うてないって、そんなんおかしいやろ!というかその社員の藤田はまだ来てないやんけ!」
「もう間もなく着きますので、申し訳ございません」
「じゃあいまから社員の藤田に電話するわ」と電話を切った。
依頼主が電話をかけると社員の藤田さんはすぐ電話に出た。
「もしもし。あんた俺の依頼内容分かっとるんやろな?(ブリブリ(屁))」
電話の奥で社員の藤田さんが「はい。分かっております。内容でしたらいま現場にいる山下も把握しております」と言った。
「分かった。あんたもう着くんやな?」
「はい。もう10分ほどで到着します」
依頼主が納得して電話を切った。
「まあとりあえず家入りや」と家にあげてもらい、ソファに座るよう促された。
結構この状況がこわい。
「ほんま。社長が来ると思っとったのに来んし。社員の藤田は全然来んやんけ。」
しばらくして依頼主が社長に電話をかけた。
「ちょっと、まだ社員の藤田が来んのやけど。ほんまに社長がおらんくて依頼内容分かっとるんやろな?」
電話の奥で社長が「はい。担当の社員の藤田にすべて伝えておりますので問題ございません」と言った。
「社員の藤田に伝えてる言うて、社員の藤田がまだ来んやんけ!」
キレて電話を切り、すぐ社員の藤田さんに電話をかけた。
「おい!いまどこおんねん!」
電話の奥で社員の藤田さんが「〇〇らへんです」と言った。
「そこからやったらすぐ来れるわけないやろ!!!どんな計算しとんねん!!」
電話を切り、かなりイライラしていた。
わたしは真顔でソファに座っていた。
少し落ち着いてきたころ「あんたも依頼内容分かっとるんやな?じゃあ少し進めようか」ということになり、トラックからゴミ袋を持ってきた。
仏壇の移動、家具の移動、荷物の処分という内容は把握しているものの、実際どの荷物を処分するかは毎回現場で確認していた。
なので「どの荷物を処分しましょうか」と尋ねた。
すると「分かってへんやないかあーーーい!!!!」と、依頼主がゴミ袋を床に叩きつけた。腕を振りかぶり、床に一直線に叩きつけていた。
依頼主はソファ席に戻って社長に電話をかけている。
わたしは呆然として数秒、その場から動けなかった。何度かゴミ袋を振りかぶるシーンが脳内再生される。
恐る恐るソファの方へ向かった。
「おい!!社長が分かっとるって言うたけど分かってへんやないかい!!」
電話の奥で社長が「社員の藤田が分かっておりますので」と言う。
「いやその社員の藤田がずっと来んやないか!依頼内容も分かってないし!50分や。50分までに来んかったらこの依頼は切るからな。それで〇〇社にもひどいとこ紹介されたってクレーム入れます!」
〇〇社は依頼をくれる大元の葬儀会社だ。
「はい。そうしてもらって構いません。結構ですよ」と言った。あまりに堂々としていたので驚いた。
依頼主が「分かった」と言い電話を切った。
刻一刻と時間が進む。
どうなるどうなる。
部屋は静まり返っていた。
47分になったとき、外でエンジン音が聞こえた。
「来たか」と依頼主が立ち上がる。
ドラマかよ。
社員の藤田さんが入ってきて高速で名刺を渡していた。
依頼主は遅れたことに怒っていたが、すぐに寛大に許してくれ作業が開始された。
結局荷物の整理は、社員の藤田さんが「どの荷物を処分しましょうか」と聞いて、依頼主がタンスにあるものや箱の中身から、いるものといらないものに分けていた。
絶対に現場で本人に聞かないと分からない荷物だったので、ゴミ袋を投げて怒られた意味が分からなかった。
わたしは繰り返しトラックへ処分品を運んだ。
作業中、依頼主は普通にいい人だった。
思い返しても正当な意見を強めに言っているだけだったなと思った。
2階に荷物を取りに行く際、社員の藤田さんの顔が尻の前にある状態で「プリッ」と屁をこいていた。
トラックへ荷物を運んでいると「かわいい姉ちゃんやのに、なんでこんな仕事しとんや。不況で定職につくの難しいんか」と言われた。
なんと答えていいか分からず、微妙に笑うしかできなかった。
そのあと、トラックの下に置いている荷物を持ち上げて渡してくれたのだが、力んでプリプリプリプリと屁をこいていた。
焦って照れていて可愛かった。
もう1件ある家に大きい仏壇があるそうで、それを移動させることになった。
そこまで車で移動するのだが、依頼主はわたしが運転するトラックの助手席に座った。
「とりあえずこの人を殺さないようにしよう」と慎重に運転した。
もう1件ある家から仏壇を移動させ終わり、依頼主は上機嫌だった。
最後はお茶まで入れてくれた。
「またお願いしますね!」と言ってくれ、笑顔で解散した。
社員の藤田さんとわたしで、別々のトラックで事務所へ帰った。
事務所に到着してから、社員の藤田さんからわたしが遅刻したことについて強めに怒られた。
もちろん謝ったが、内心うっすらと「藤田さんの遅刻は?」と思った。
経費計算をして20時ごろ終了。
トラックの荷台に何度もヒザをついたため、また脚がアザだらけになった。
サポートしてもらえたらうれしすぎてヒョーー!!ダンスダンス!!!🕺🕺🏻🕺🏼 そのあとはサポートしてもらった画面をスクショして何回もニヤニヤします。