僕がカメラを手にした理由
映像を始めるまでずっと、経歴コンプレックスだった。
偉大な才能に恵まれた写真家の父と、豊富な人生経験を積み自由気ままな音楽家の母親の元に生まれ、小さい頃からカメラがそばにあったものの
それに反発するように小学生のうちから海外へ留学し、ゆくゆくはカメラで有名になって「やっぱり戻ってくるのはカメラだった」と雑誌のインタビューで答える人生がよかったな〜と夢見ることもあったわけです。
僕の親は公務員でいわゆる一般家庭で何不自由なく育ててもらって、中学高校は私立の進学校に通い、高い学費のかかる大学にも通わせてもらった。
大学卒業後は特に名の知れていない中小企業でサラリーマン生活を送るという、"普通・ザ・普通"の人生を送ってきた。
でもそこで気づいたわけです。
「俺、人生で何ひとつ自分で選択してない」と。
中学受験の時も、大学受験の時も、就活の時も
「進学校だから」「有名で大きい大学だから」「なんとなく良さそうだから」というフワッとした理由で選んできた。
経歴にコンプレックスがあるのは自分のせいだけど
僕が映像をやる根本は
「誰かの人生の擬似体験をしたかったから」だった。
映像を魅力的にするのはストーリーだ。
カメラを手に映像を撮っていると誰かの人生の一部に触れることができるから。
僕が事業内容だけじゃなく人の人生そのものを写したいと思うのはそれが理由。
撮った人の人生に触れることができるような映像を今後も撮っていきたい。
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