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遺産で億入ったのに隣の芝生が青く見えた先輩

生き方研究家のカイジマです。

億、どう?
欲しいよね?
億あったらあれもこれもできるよね。

人生サイコーになる感じがするよね。

今日は数億円を手にしたのに鬱ギリギリになりながら人生と戦った大学の先輩の話。
ラジオでも聴けます。

先輩が突然富裕層になりました



先日、大学時代のサークルの先輩から誘いがあって、「夜の12時ぐらいからサウナ行かねえか」と言われて行ってきた。大阪の堺のスーパー銭湯。たまたま実家に泊まりで帰ってきてたんだって。


先輩のお父さんは薬局をいくつか経営してたんですが、2年ほど前に亡くなってしまったことで、先輩が後を継ぐかたちで社長に就任しました。けども、僕らの通ってた同志社大学ってぜんぜん薬学部とかじゃないし、先輩は薬学の知識はゼロ。


しかも、先輩は大学卒業後にアメリカ留学してビバリーヒルズでなぜかスーツ着ながら清掃員の仕事して『ジャパニーズ・スーパー・サラリーマン』とか言ってふざけてた。帰国後父親が存命の間は父親の会社に就職してたけど、経営とか全然ムリだった。


なんやかんやアメリカで知り合った日本人ダンサーの女性と結婚することになって、英語も喋れるようになって留学経験は無駄じゃなかったけど、父親亡き後突然社長に就任したものの「ドラ息子が社長になったところで言うこと聞けるか」という幹部連中との軋轢もあったみたい。


いくら父親の会社とは言え、社員との関係も良くないし、元々知識もないしってことで、ストレスで激太りした先輩はもう精神的にもヤバくなったので、会社を売却することにしました。



僕は会社を売買する経験はないから分からないけど、めっちゃめんどくさいし大変らしい。先輩は諸々の準備を経て売却まで1年以上かかったらしい。めちゃくちゃキツかったそう。


でも会社売却となるとスゴイお金が動くからやっぱりかなりの現金は手に入ったみたいで、当然「1000万2000万じゃなくて、桁が1つ違うかった」と。具体的な金額聞いてないですけど、めっちゃ少なくても2億3億は余裕で入ってるんじゃないかな。だからパイセンは富裕層になりました。



前述した通り先輩は結婚してて子供もいます。奥さんは結構有名なダンサー兼振付師でインフルエンサーです。奥さん単体でも十分稼いでることと、奥さん自身まだまだキャリア積んで活躍したいってことで忙しいから、先輩は奥さんのサポートと子育てに専念するいわゆる主夫になりました。


それがここ1,2年ぐらいの先輩の話。イレギュラーな形とはいえ数億円が手に入ったというのはもう本当にすごい話だと思う。


隣の芝生が青く見えるなあ〜


しかし先輩は今人生くすぶってると感じてて、刺激がないからつまらんと言ってます。もちろん子育ては楽しいし、子供と一緒にいられる時間が長いことは幸せだとも言ってましたが、家庭以外でも何か社会的な役割が欲しいと。やっぱこれはほとんどのFIREした人が言うセリフですね。


僕たちが卒業した同志社大学ってとこは、関西ではそこそこ賢い大学なので優秀な人が割と多めです。Googleで年収1500万とか稼いでる人もいるし、いわゆるエリートコース歩んでる人がちらほらいます。そういうの見ると先輩は「俺は社会的に何もねえ。ただの無職だ。」と感じて焦りも出てきたりもしたそうです。


いや、あんた金あるやん。ってこっちからしたら思うけど、先輩の側からしたら社会的な何かが欲しいらしい。だから取り急ぎ個人事業主届だけは出して、何もしてないけど個人事業主にはなってみたらしい。でも根本的な解決にはならず、焦燥感は変わってないんだそう。


でもこれめっちゃ共感できない?いや、別に僕たちは何億も持ってないけど(持ってる人も読んでるかもしれないが)、なんか共感できる気がする。


多分僕らは潜在的に、社会に必要とされてる感を求め続けてるんだよな。
経済的な成功って、やっぱゴールじゃないんだよ。経済的成功を求めて頑張った人が燃え尽きたりするのはここだよな。



人ってどこに不安を感じるのかっつーと、他人と比べて自分は何を持っていないのか比べて、自分の無いところばっかり探してしまうよね。


そんな話を先輩としてて、肩書きとか役職とか社会的地位とかってどこまで大事なんだ?ってことを先輩と一緒に考えた。結論、別にそれって無くてもまあいいじゃないという結論に至った。


人って居場所が欲しいから、職場とか環境にそれを求めるんだけど、肩書きとか役職って一面に過ぎないよね。だって肩書きが欲しくて個人事業主になったけど、先輩の虚無感は解消されなかった。だから、人が安心するには肩書きとかじゃなくて、社会に対して何をしているかが重要なんだろうな。



それはは頭では理解できるけど、心で納得するのは難しい。だって一般的にはお金を得たら安心できるって思われてるからね。意外とブラック企業で働いてゼェゼェ言ってる人も、自分の居場所がそこにあって、やることがあるってだけで安心できてる面はあると思う。


先輩の場合なんか極端で、お金めちゃくちゃあるわけで、他の人たちがどんだけエリートサラリーマンとして頑張って働いても数億円をキャッシュで持つっていうのは無理。それをイレギュラーな事情かもしれないけど僅か1年程度で手に入れてしまっている状態で、他の人から見た先輩のことを羨ましいとみんな思うでしょ。でも先輩からしたらバリバリ働いて活躍してる他の友達が羨ましい。


うん、結局人って本当に自分に無いところばっかり探してる。そしてこの論争は尽きない。「他人と比べんな」とか最近よく聞くよね。俺も同じことnoteとかメルマガで主張してる。でも実際他人と比較はしちゃいます。無理です。人間だもの。


「ととのい」過ぎるとあかんくなる


90度のサウナから汗だくで出て一緒に水風呂に入ったあと、屋外のベンチでととのいながら先輩は人生をサウナに例えてこう言いました。

「俺の日常はずっと副交感神経状態や」

何を言ってるか一瞬わからなかった。先輩は説明してくれた。


サウナってめっちゃ暑いから身体は危険を感じて交感神経が優位になるんですね。その後水風呂入るとそれも身体にとって危険な状態だから交感神経は活発なまま。でも外気浴すると身体は安全を感じて副交感神経が優位になる。


交感神経は攻撃的で刺激的な状態。
副交感神経はリラックス状態。


先輩は日常生活はもうずっと家にいて子供の面倒を見るリラックスだらだら状態で、他の全く刺激がない。これは人間にとっては大いにバランスを崩してる状態だと。


どう考えても人間には危険やリスクや刺激が必要。じゃないと生きてる気がしない。何かの目標に対して臨戦体制を取り続ける姿勢が必要。


よくインターネットのビジネスでも、稼ぎ切ってお金と時間の自由を得ようというような話を聞きますね。僕もメルマガでそう主張していました。概ねその主張自体は変わらないけど、プチ経済的時間的自由を達成した時に副交感神経モードに入って没落した経験が僕もすでにあります。


ここまで苦労して頑張ってきたから、もう今はダラダラ生活しても大丈夫だ。自分にはその権利がある。という風に自分に許してしまっておかしくなりました。


大体みんなが憧れるFIRE生活、ニート生活は、よほどの才能がないと半年ぐらい精神の限界が来ると言われています。



やっぱり何かに取り組み続けてないと精神はおかしくなるし、戦闘体制を維持しないと生きてる気がしなくなる。


目標ってやつは一つじゃなくてもちろんいい。何個も持ってもいいし、
コロコロ変わっても大丈夫。だから僕らは常に勉強し続けないといけないと思うの。


いろんな人のnote読んで、本屋で陳列するほどでも書籍化するほどでもない他人の人生とかをチラチラ覗いて、「ふむふむ」いう時間も絶対大事だと思うの。


そういう意味で言ったら、今は一つの職業、一つの職場でずっと頑張り続ける時代ってもう終わってるじゃないですか。自分のキャリアとかいうのはコロコロ変わっていいし、変わらないといけないという時代になってると思うんですね。正解がないから迷うんだけど、それを楽しめばいいと思うんだよね。


「週の労働は15時間になる」



今の時代ってもう1日8時間とか10時間も働かなくても、本当はいいんですよ。100年ぐらい前の経済学者のケインズが「今から100年後は人の1日の労働時間を3時間になる。週だと15時間から20時間ぐらいになる」と言ってたんですよ。


でも実際は100年前と労働時間って変わってないわけですね。なんでなのかって考えた時に、本当は本当に1日3時間とか2時間とかの仕事で十分なんだけれども、人は何もしていない時間や状況に不安を感じるから、何かをやっていたい。結果、残りの5,6時間ぐらいで無駄なクソ仕事をしてるそうです。



自分の不安を解消させるためにそうやってただの時間の浪費をしてるのが現代の働き方の本質。経営者から見ても、本当は従業員は1日3時間ぐらい働いてくれたら十分なのに、その3時間に対してお金を今まで通り払うのがすごいもったいなく感じるからパフォーマンスとして働かせているのが現状らしい。


働かせないと気持ちが悪いとかね。そんな心理的なところで僕たち現代人は無駄に働いているというふうに思うわけ。


本当はよく考えたり、アイデアを出したり、ちゃんと行動したら本当に1日2,3時間の労働で済むんですよね。現実はそうなんだから「自分は何をしたいのか」「何のために生きるのか」「お金稼ぐため以外の時間をどうやって過ごすのか」っていうのはやっぱり改めて考えないといけないなというふうに思うわけで。



僕自身はこれと言ってやりたい職業っていうのはずっとないんです。やりたい職業、やりたい仕事がない。ずっとない。


ただ、どういう状態でありたいかっていうの常にあるんですよ。


日本の社会がどうなろうが、政治がどんだけ汚職してようが、消費税が何パーセントになろうが、自分は関係ないですよ。自分は安全ですよ。自分は自分の力で生きていけますよ。とそういう状態で常にいたいんです。


だからそのために効率的なネットの仕事をやるし、手段として使うことにしています。自分の理想の状態を維持する維持し続けるために、ネットの仕事をするという風に割り切っているし、それが自分の生き方と直結してると
思うし、情報を発信する仕事というのは自分の生き方を良くすればするほど
自分の収入もやっぱり連動して上がっていくっていう魅力があるので、これはこれで天職かなとは思ってます。


でも、これもまた変わるかもしれないです。「やっぱり実業だな」とか言ってガツガツ働くとかするかもしれないですけど、そういう風に自分の考えってコロコロ変わっていってもいいものなんじゃねえのかな。


とりあえず文字を書こう



これから意味を持つ商売は創作活動になると思いますね。コンテンツを世に発信していって認知度を得る活動が肝になってきます。目先のフォロワーを得るためにポチポチやるのも少しは効果あるけど、発信するコンテンツの質を上げる努力が重要だなあと思います。

そのために一番効果的だし、身につけておくべきスキルは文章力です。近年は動画を見る人が多くなってるとか、若い人は文字は読まないとか色々言われてますが、全部ポジショントークです。

人が想いを伝えるときは文章でじっくり時間をかけて創作する方が気持ちがこもります。ショート動画みたいなものなどには想いは載りません。
なので、人に面白いと思ってもらえるような文章を書けるようになると、自然とファンがついてきます。人が集まってくるとお金も集まってきます。面白い文章が書けるようになると結構簡単に人生を変えることができるようになります。

誰でも簡単に面白い文章が書けて、それを習慣化できる方法を以下の記事にまとめたので読んでみてください。

🔸カイジマのプロフィール

2年間、訪問販売員としてゴリゴリに飛び込み営業した後、『1回のセールスで1万人に売っても労力は同じ』ことに魅力を感じ、ネットマーケティングの世界へ。
2017年頃に地下アイドルとユーチューバーのプロデュース業をして1年で累計1200万再生まで伸ばす。
稼げば正義の『情報商材屋』の世界が嫌いになりやる気を無くす。
「人にモテる人間になれば勝手に人生が良くなる」と思い自己啓発・人生哲学に目覚める。
稼ぐ哲学者という新ジャンルを作って自分と関わった人を良くするために活動中。

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