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人生の迷子


「お前、人生の迷子になってんな」
つい先日、知人と会ったときに言われた一言である。
というのも、新卒で学校の先生になり、3年で図書館司書に転職、さらには来年から青年海外協力隊で派遣されることになったという私の経歴の話が発端である。
前向きな意志をもっていただけに、この知人の言葉は思いがけない切れ味で心を抉っていった。それと同時に今まで「迷う」ことに考えを巡らせていなかったことにも気付いた。
「迷う」ってなんだ?「迷子」ってなんだ?

「迷う」こととは

レミオロメンの『翼』という曲に以下の詞がある。

狭いところでは迷いが巡ってしまう
広い空の上じゃ迷う事さえ出来ない

https://www.uta-net.com/song/72146/

曲名でもある「翼」を羽ばたかせる場所の限り無さを端的に示している。
また、コトバンク(デジタル大辞泉)より「迷子」の項を要約すると「道がわからなくなったり、同伴者とはぐれてしまっていたりすること」となり、道や同伴者(もっといえば子供)という要素が含まれている。「迷う」ことは狭さや選択肢に依拠し、根本的に道や同伴者がなければそもそも「迷う」こととは見做されないと言っても良さそうだ。

「迷う」のは悪いことなのか

迷子にならないよう効率よく、最短ルートを攻略したとしよう。無関係そうなものを視界から外して「コスパ」と「タイパ」を最大化できる。響きはとてもいい。

しかし視界に入らなかったものが無価値だと断言できる人はいない。
岡本真帆の短歌集『水上バス浅草行き』の後書きには以下のように綴られている。

一見無駄のように思える、なくても生きていけるもの。そういう存在が、私を生かしてくれていることを知っている。合理的でない「遊び」のようなものが、心に潤いや光を与えて、わくわくさせてくれるのを知っている。

岡本真帆(2022)『水上バス浅草行き』

自分の人生にとって無駄だと思っていたものと出会う。それが思わぬ一面を見せ、価値が見出される。迷子にはそんなロマンがある。「となりのトトロ」だって、メイが森に迷い込んだからトトロと出会えたのだ。

「人生の迷子」は幸せじゃない?

くだんのコメントの彼は小学生の頃から好きなこと(それもたった一つの!)をし続けて、それを職業にしている。故にいろいろな「好き」に踊らされている私の人生がつまらなく見えるという。

仕事にしていた国語も読書も図書館も全て好きだし、趣味のサッカーも映画も音楽も料理も好きであることには違いない。

では、これらからたった一つを選択してほかを全て無視した人生を送る方がいいのだろうか。
否、それは迷子として人生を送ってきた私の幸せではない。

マンガ『アオアシ』のセリフが思い出される。

「それはあんたの強さじゃない」
「あんたは、そんなふうにできてない」

小林有吾(2020)『アオアシ 20』

試合のために、ひいてはその先の理想像に向けて全てを捨ててサッカーに懸けた主人公・葦人を見て発された母・紀子の言葉だ。
葦人の姿は支える人を「忘れている」と紀子に写ったのである。
周りに目を向けずに突き抜けるやり方は稀代の天才・栗林の強さであり、同じ高みに登るにしてもやり方まで同じとは限らないと作中で対比される。

最初から職業を決めることができた彼と職業を転々とする私、幸せの在り方は栗林と葦人の「強さ」の違いと同様に異なる。

「人生の迷子かも?」と思ったら

以上を踏まえて私なりにまとめると以下のようになる。

  • 迷子になるのは道があるから。

  • 空のサイズ感では「迷って」すらいない。どの方向でも前進。

  • 「迷う」のは「無駄」であっても「無価値」ではない。

  • 「迷子」にならないのが幸せな人もいれば、「迷子」になったから幸せな人もいる。

言葉を借りて

ここにある言葉はほとんど誰かからの言葉を借りている。
でもこうやって言葉を借りることができたのは(それこそ彼の言葉を借りて)「迷子」になったからであり、迷った先の出会いが今の自分を支えて形作っている。

河内一馬の著書『競争闘争理論』では、サッカーを「選択を正解にしていく競技」と述べている。
サッカーは常に相手や審判、観客など他の要素の影響や妨害に晒され、自分の選択は得てして思い通りにならない。
それを前提として、起きた事象を認識してプレーをすることが求められる。

サッカー同様、人生もいろいろな影響・妨害を受ける。自分の選択が想定外の結果を招くこともある。
おそらく私は懲りずにまた迷子になるだろう。
だが、最後にそれを「経験して良かった」と言えるように、正解だと言えるようにしていきたい。

彼らの言葉の数々が私を支えたように、私の言葉も誰かの支えになってくれるととても嬉しい。
これから海外協力隊の活動をするにあたって、初志(と呼ぶには大仰だが)を忘れないようにしておきたい。

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