朝のコメンテーターで、くらう。

私はこのひと月ほど、関東近郊の実家で生活しながら東京都内の仕事場に通っている。休みも出勤もほぼ不定期であるため、平日家にいる事も少なくない。

実家で暮らすと親がどんな生活をしているかわかる。朝は牛乳で割ったコーヒー、目玉焼きと輪切りにしたウインナー、母親が趣味で作る手作りのパンの朝食を取りながらBSでNHKよりも30分早く放送されるスカーレットを観て(Superflyのオープニング曲で大概私は目を覚ます)、全国百名山を登る黒光りしたタンクトップの男性の番組を観て、ゴミの回収がある日はゴミ袋にゴミをひとまとめにして、そのあと羽鳥慎一の朝のワイドショーを観て、10時過ぎるとそれが大下容子に代わっている。そしてそのうち昼ご飯になる。

要は、ずっとテレビを観ている。
ながらではなく、ニュースに怒ったり、同情したり、いちいち集中して観ている。父親は母親がニュースに対してコメントをするとバカにする。父親は自称「知識人」だ。

一茂が意気揚々とコロナウイルスのニュースでコメントをしていた。「へー。この人のコメントは聞くんだ」一茂のコメントを集中して観ている父親に、母親が挑発した。

母親も母親で、なにかとすぐ人の揚げ足を取る。やや幼稚だが性根が刺々しい人ではないので、悪意があるというより、ああ言えばこう言うの天然でやっている節がある。すると、「俺はお笑い芸人のコメントが聞きたくないだけだ」「お笑い芸人の中身のないコメントが大嫌いなんだ」と、父親がまんまと挑発に乗った。

私は一茂も芸人も玉川も、どのコメントも特に聞きたくない。宮根だって坂上忍だって志らくだって室井佑月だってオセロ松嶋だって、よくわからないベンチャーの社長だって基本誰のコメントもそこまで聞きたくない。嫌いとかコメンテーターに憎しみがあるとかではなく、「これ、いる…?」という気持ちだ。新聞記事の末尾に坂上忍やカズレーザーのコメントがいちいちついていたら、ちょっと世の中が嫌になる。

コロナのニュースの時の岡田春江教授みたいな専門の人を除き、情報番組のコメンテーターという存在は自分の頭で考えろよって部分のおせっかいな補助輪た。しっかりしていた父親がそこで本気になるのは子供として悲しくなる。

それとこれとは抜きにしても、一茂>芸人はどうしても引っかかってしまった。「一茂が芸人より上って言うのは…」芸人リスペクトというより、普通に同列なんじゃないかという感想だ。一茂も芸人もちゃんと新聞読んでスタンバイして生放送にのぞんで、自分の仕事をして帰る。それ以上でもそれ以下でもないという気持ちだ。

余計な乗っかりをしてしまったなと頭ではわかっていたが、頭のどこかでうちの父親は、一茂の事くらい笑って流せる人であって欲しいという願いがあった。

すると「あいつら(芸人)はひとことふたことで笑い事にして終わらせたり、フレーズだけなんだ!」「あんな奴らの話、俺は一切聞きたくない!!俺は長くコメントを聞きたいんだ!」かなりヒートアップした。

短いセンテンスで落とすという芸人コメンテータールールをわかっているのは正直ちゃんとしているなと思った。しかし、感情的に話す父親は大暴れしたい気持ちをギュッと押さえ込んで塊にしたものをエネルギーにした、鈍いプラズマのようなものをビリビリ出した。

ひとつ説明しておくと、うちの父方の祖母はかなりタチが悪い。ヒステリー持ちで人を当たり前のようにバカにする差別の塊だ。昔は優しくて我慢強くて自慢だった父親も、老いと共に祖母のコピーになりつつある。祖母も色んな人に圧をかけ壊してきた。

この時、私たち親子はリビングのダイニングテーブルでコの字に座っていて、父親は私の左側の定位置に座っていた。

自分の左側にいる人の放っているものに私はくらってしまう。重く鈍いプラズマのショックは私の左肩甲骨のあたりにべったりと纏わり付いた。つくと、とにかく不快な状態になる。

感情的な姿を見て、お父さん怖いなと震えたりとかはない。はいはい、別に。という感じだ。だけど、「(ああ、またついてしまったな)」と面倒な気持ちになるを何かを「受けた」時、抜かない限りそのつきものはしばらく私の左側に滞在していく。滞在されると感情のバランスが崩れたり思うように生活できなくなったりする。

「お母さんもいちいち揚げ足取らないで。テレビでケンカするなんてくだらないよ」あまりこういうやり取りを繰り返してほしくないので母親の事も嗜めた。

「お父さんもおかしな電気飛ばさないで。肩が重い。こういう事を言った時、引っかかる親ではない。もう本当のことだから家族の前なら私も隠さない。父親は無言だった。

テレビが嫌になり、読みかけの神田松之丞の本をリビングで読み始めた。しかし、左肩甲骨の嫌なモヤモヤはどっかり居座っている。難しい内容の本ではないのに2、3ページをめくってみても何も頭に入ってこない。ただの文字が印刷された紙をぼーっと眺めている状態だ。

「具合悪くなっちゃった」寝室に閉じこもり、ベッドに横たわった。眠るでもなく、本を読む訳でもなく、ただぐったりする。カーテンは開けたくない。遮光カーテンで良かったとすら思うわ寝室はリビングからドア一枚隔てただけなので、羽鳥慎一や玉川の声がまだ漏れてくる。こうしてまた一日、普通の人よりも無駄な人生を送っている。

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