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夢日記


〇注意
 起きてすぐにiPhoneのメモ機能で書いたものに少し手を加えてあります。それでも、起きてすぐの僕の感覚で組み立てられた文章であるから、読みづらいと思われます。僕も読んでいてよくわからない。
 夢日記をつけるようになってから暫く経つのですが、そのなかでも文章量の多い物を選びました。

 長崎にいた。いつからか覚えていないが、あの理不尽な坂を歩いていた。
 市街地から外れた住宅街を僕は歩いていて、近くに中学校があるらしかった。校庭で部活動に励む少年少女たちの頑是ない声が聞こえる。僕は踏切を渡りながら心の中で少年少女たちにエールを送った。

 今年の夏に長崎に行った際、全然写真を撮って帰らなかったなと思い出し、写真は苦手だから動画を回しながら歩くことにした。見たことのない風景の中を歩いていたが、遠くから聞こえる潮騒と船の汽笛のせいで長崎だと思っていた(僕が長崎だと思っているなら長崎だという断定)。妙に淫靡な雰囲気が漂う古い家がいくつもあった(その家らが特別という訳ではない。僕はなぜか汚らしい古い日本家屋をみると、若干の性的興奮を覚える)。

 長崎を歩いている。雨に降られる。風がないから優しい雨滴が顔を覆う、麻布のような肌触りだと感じている。

 ホテルには21時にチェックインだと伝えていることを思い出した(現在時刻は僕の思い通りに変化する質量のある流体だった筈なのに、僕は心のどこかで急いている)。汽水域だから鯔の稚魚が泳ぐ川、それに架けられたコンクリ―トの橋を渡る(橋の名前は『切腹橋』だと、後ろから通学用の自転車に跨った中学生がやって来て僕に教えてくれた。とくに興味もなかったのだけど、それを彼に伝える必要もなかった)。
 猥雑な商店街を抜けると煉瓦造りの建物があった。そうとう階数のある建物だったのだが、僕は階段しかないと決めつけて階段で最上階まで上がろうとした(ブリューゲルの描いたバベルの塔を想起していた、全体像の想像もつかなかったけど、勝手にバベルの塔を当てはめていた)。建物には螺旋階段があって壁には古い演劇のフライヤーが、船艇に張り付いたカラス貝の死骸のように何枚も重なりあってそこにあった。建物内で何かが催されているようだったが、何が行われていたのか忘れてしまった。数人の見知った女とすれ違った。ホテルのチェックインに遅れるかもと思ってその建物を急足に出たことは正確に覚えている。

 「やり直しだ。」夢の中で僕が言った。僕もそう思っていた。自分の声だったけれど耳元で囁かれているように聴こえた。そうなると僕はまた長崎の街を歩いていた。先ほどと違うのは少し見覚えがある風景だということ。一度も入ったことがない飲食店や地元住民のためのスーパーや病院など僕の個人的な印象だけが並ぶ。印象としてあるそれらは「構造物」に囚われていない。それらは燃えているようにも、ガラスを伝う雨の波紋ようにも見え、ぬらぬらと入り口だけが揺れている。また何か途轍もなく巨大で凶暴な肉食動物の寝姿のような不穏さと姑息な安寧の香が鼻を貫いた。頼りない僕の足はそれでも歩く。いつも旅先で心掛けているのと同じよう、目的がないから目的を持っているかのように装って歩く。

 長崎を歩いている。オランダ坂を歩いていると普段よりもオランダ国旗の青が落ち窪んで見えた(おかしな話だけれどdimensionを理解せずに『在る』ものとして受け入れていた)。そして石畳を膝で感じながら、いつのまにか薄暗いアムステルダム郊外の路地に僕はいた。オランダに行ったことはないけれど、たぶんこんな感じに薄暗くて黴臭くて湿っているところなんだろうと思っている。馬車が僕の前を横切る。スマホで撮影を続けている自分が嫌になる。

 現地住人の通行を無意識に邪魔している観光客の一人に話しかけたあと、自分のスマホで動画を回していたら「石畳、馬車、ガス灯」みたいな記号的情報が抽出されうる(今考えるとあれは明らかにロンドンだ、でも僕はオランダだと思っている)この道の雰囲気と似つかわしくない集団がこちらへ向かって来る様子が僕のスマホの画面上に描かれた(描かれたという表現が明らかに正しい風だった)。

 空間に「拠り所の喪失的不安」を持ち込んだ(むしろ直接的に彼女らは破壊者だと思われる)闖入者集団の中からひとりと目が合った(挑発的な子供のように大きい目、それを僕は魅力的だとは思わない、少なくとも性欲的には)、背が低いくせに長い髪をした女に「タバコ吸わないの?」と、随分馴れ馴れしく誘われた。「どこで吸えるの?」と尋ねると、僕のすぐ傍らを通り過ぎたあと暫く顔だけこちらに向けて「私についてこい」という仕草。少し歩いて(その間、僕は複数人の女の揺れる髪ばかりみていた。その印象に取り囲まれた僕は、黒い穂波のなかでダサい服を着させられ棒立ちしている案山子だった。髪色の遺伝的な濃淡は、波の振幅を更に大きなものにする効果を担っていた)、とある店の扉を開ける、その店は急に眼前に現れた。

 入口は二重扉になっていた。店の給仕係は国籍不明の『外国人』ばかりだった。英語で話しかけられたが、僕だけがなにも口を開くことがないまま事が進んで、大きめのテーブルに僕らは座った。ロングカクテルをいれるグラスの中に普段飲まない乳白色の酒(と僕は認識している)が入っている。それを目の前に置いて、いつもの銘柄の煙草に火をつけた。煙を吐きながら、その行く末を眺めているとテーブルを囲んでいる顔がぼんやり目に入ってくる、なるほど僕の知ってる女たちだったのか。彼女らは巻きタバコを吸っている。オランダ人らしき青年が彼女らのために煙草を巻いてやっている。

 彼女らのうちの一人(涼しげな三白眼、髪は肩に触れるか触れないかくらいの長さに切り揃えられたショートカット。体の然るべき場所に然るべき量の脂肪の塊をくっつけていると常に視覚的に僕に訴えかける薄茶色のドレスを身に纏っている。足はテーブルの天板に隠れて見えないが、羊革のブーツを履いていることを僕は知っている)が僕に向かって「今日は彼(煙草を巻いているオランダ人)の部屋に泊まるんだよ。」と言った。「こんなに大勢で泊まるのか? 君は僕と一緒にあそこのホテルに泊まればいいじゃないか。」と返す。すると彼女は「考えておくわ。」と言った。誰か別な女(中年女性のような所帯じみた声)が「彼(オランダ人)の部屋は汚いわ、黴だらけなのよ。シーツも半年に一回しか洗濯しないらしいし。」と視界の外から誰かに言った。

 喉が渇いて目の前の酒に手を出したのだが、いくら飲んでも意味がなかった。水を頼もうと店員を探してキョロキョロしていると、視線が落ち着いた先に「考えておくわ」と言った女がいた。彼女は僕と目を合わせると「私が彼のものをフェラしたあとでもいい?」と尋ねてきた。質問の意味がわからないまま「そういえばこいつはフェラが下手だったな。」と考えていた。
 僕がなにも答えなかったせいで生まれた沈黙に意味を持たせないよう、彼女に何か言わなければならない。僕は「ちょっと一回立ってみて」と言って席を立たせて、両手で彼女抱き上げた。対して戸惑った風でもなく純粋に「なんでこんなことするの?」と、聞かれて「君の存在を激烈に感じる為のいい策がこれしか思いつかなかったから。」と答えた。

 僕が一箱分の煙草を全て消費してしまった頃に若い黒人の給仕係が来て「煙草吸いすぎですよ、sir。」と言った。僕は「誰がオヤジだ!ぶち喰らわすぞ!」と英語しか話せない筈の彼に向かって日本語で怒鳴った。

 いつのまにか場所が変わっていた。僕は駅に併設された商業施設の地下一階にいた。珍しい煙草ばかり置いてある店があり、そんな店には似つかわしくない若くて頑丈そうな体躯の男がレジを任されていた。僕は久々に吸いたくなったアークロイヤルといつものラッキーストライクを彼に持って来させた。

 レジを打ってもらっていると、隣からさっきの女連中のまだ一度も話していない女(彼女は下北沢かどこか知らない東京の古着屋で買ったかのような時代遅れで柄の主張が激しいワンピースを着て、肌は健康的に焼けている。足元には大量生産のサンダル。ウェーブがかった髪が胸のあたりまで垂れていた)が進み出てクレジットカードを自らの財布から取り出し、僕のタバコの清算を済ませようとした。「いや、大丈夫だよ。これくらい払えるから」と言ったのだが「いいの、いいの。お金ないでしょ、いつもお世話になってるから。」と言われたので、彼女の好意に甘えることにした。「ありがとう。」人見知りの幼稚園児みたいな声でそう言った気がする(それは僕の実際の声より、とても幼く舌足らずな感じだった)。

 雨足がかなり強くなったらしい。床が浸水してきた。地上へ続く階段が滝のようになっている。女たちはそれを見て恐怖を口ずさむから、彼女らを地上に戻すためひとりずつ抱きかかえて階段を上った。

 最後のひとりを抱えて地上に出る。彼女らのうちの一人が折り畳み傘でなんとか濡れないようにと孤軍奮闘しているのをみて、おもろいやつだと思った。雨が凌げる場所まで来、傘がもう不要になってしまった彼女は「戻し方がわからない。」と僕の肩を敲いて言った。

 丁寧に教えながら折り畳み傘をパタパタ折って小さくしていくと、最終的には赤い花ばかりの花束になってしまった。仕方がないので何も言わずにその花束になってしまった折り畳み傘を無言で彼女に返した。彼女は「こんなことになるとは思わなかった。」というような趣旨の事を言って暫く笑っていた。

 それからもいろいろなことがあったのだけれど、もう忘れてしまった。思い出そうとすれば、断崖絶壁に観光客たちが山羊のようにへばりついている映像などがあるのだけれど断片的すぎてストーリーも書くことも殆どない。それから支離滅裂で繋がりのないことばかり起きた。全てが曖昧で掴みどころがない理不尽な世界。副詞と助詞の問題が僕を狂わせている。『送り仮名』が何故か滑稽で延々と笑っていた気がする。

 起きた直後、僕の胸奥にあって明確に言語化できたこと、それは「なぜ僕はここにいるのか。僕はこれからどこへ行けばいいのか。彼女たちは永遠に美しいままで、僕の知らないところへ行ってしまう。」

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