中学生団員⑧ (団員)

まだ授業にちゃんと出れていた頃。

英文法の、60代くらいの、卵みたいな顔の、眼鏡をかけた、卵みたいな顔の、優しそうな、卵みたいな顔の、男の先生。


いつもほんわかと、自分のペースで飄々と授業をしていた。
俺の通っていた学校は男子校で、進学校で、だからなのか知らないけど、授業の度にアウトレイジばりに怒鳴り散らす先生だらけの学校だったから、その優しい卵みたいな顔の先生のことはみんな油断してるというか舐めている空気があった。


そんなある日、卵先生が先週だした宿題のチェックをするということで、各自の机の上にやったテキストのページを出させて、出席簿にチェックしながら一人一人の席を回っていった。

後からわかったのだが、そのときどうやら8割くらいの生徒達が宿題をやってきていなかった、らしい。


にこにこしながら全員の机を回り終え、黒板の前まで戻ってきた卵先生。

出席簿をにこにこしながら教壇の上に置いた卵先。

そして突然

「ふざけるな!!!!!」

と叫び、

「もう怒った!もう怒った!!」

といいながら教壇を持ち上げ、ひっくり返し、踏みつけ、蹴りつけ、ベッコベコにへこませ、

「もう怒ったぞ!」

ともう一度叫んだ。



あまりの剣幕に、隣の教室で授業をしていたサッカー部顧問の色黒先生が「卵先生、大丈夫ですか?」とやってきたが、

「放っといてください!」

と追い返された。


島田紳助の「おいらはボイラ」みたいな勢いでキレまくる卵先生。

いつもニコニコしていた卵先生の豹変ぶり、キレなれていない人間がキレたときの狂気を、俺たちは初めて学んだ。


ぶっちゃけ、一応ちゃんと宿題をやってきてはいた俺としては、とばっちりでキレられている感があり、「あーみんな怒られてるわー」と他人事としてぼんやり卵先生を眺めていた。

そんなとき、ふと見ると、怒鳴り散らしている卵先生のちょうど真ん前の席にいる吉川くんが、怒鳴り散らしているちょうど真ん前の机の下で、怒鳴り散らしている卵先生の似顔絵を描いていた。



マジか、と思った。




その後、卵先生は職員室に帰り、担任の先生が「お前ら何やってんだよ、全員来い、謝りいくぞ」と言ったところ、ちゃんと宿題をしていた木滑くんが「宿題やってなかった奴らのせいでちゃんと宿題やってた俺らまで謝らなきゃいけないのは納得行かない」と訴え、先生も「お、おう、」となり、宿題やってなかった奴らだけで謝りに行き、しばらくして卵が戻ってきて「怒るのもエネルギーがいるんだ、愛情があるからこそ俺は怒ったんだ」みたいなことを言ったりしていた気がする。そこはもうどうでもいい記憶だからうっすらしている。



それよりも、俺は吉川という存在が気になっていた。

まさかこの学校に、こんなにクレイジーで面白い奴がいると思っていなかったのだ。俺はちょっと興奮していた。


授業終わり、俺はすぐに吉川の席まで行って「ねえ、吉川くん、キレまくってる卵先生の目の前で似顔絵書いてたよね、すごいね」と話しかけると、「えっ?何が?」と言われた。

彼は、無意識だった。


本物だ!と思った。





それで、ちょこちょこ俺と吉川と話すようになった。

が、吉川には欠点があった。


吉川は、無意識では本物なのだが、意識的に面白いことを言おうとすると、ゲボくらいつまらなかった。

例えば、ある日のこと。

「ねえ、すべらない話しよう」と吉川が言い出す。


まずその呼び掛けがつまらないが、仕方ないので聞く。


当然ながら、内容もつまらない。
というか話の構成がわかりづらいので何の話をしているのかもよくわからない。
俺は、たまに適当な相槌を打って聞いているフリをしながら宇宙のこととかについて考える。この時の経験が今の仕事にも活かされている。


ただ、そうはいっても彼は本物の要素もある人間で、本物の片鱗はところどころに現れる。その「すべらない話」というすべるどころか氷も張ってない水溜まりで溺れているような話の中で、家族の話をするときにだけ「そこに母がやってきて、うちの姉がさ、うちの祖母の部屋に、」と、家柄の良さが突然出てくるところだけは面白かった。



そんなある日の昼休み、吉川が突然来て「面白いギャグを思い付いたから聞いてくれ」と言ってきた。


あえて「面白いギャグ」と宣言するというボケでもなく、本気で「面白いギャグ」と宣言しているタイプのゲボみたいな宣言をされたことでゲボ吐きそうになりながら若干口の中で吐いたゲボを飲み込みながら、、その頃にはもう吉川に対してはトトロが死神という都市伝説の信憑性レベルで興味なかった。

けど、「本当に面白いギャグなのであれば聞くが面白くなければ喉仏に剣山を根元まで押し込みますよ」と断れるほど仲良くもなかったので、仕方なく聞くことにした。




吉川くんは、意を決したように息を吸い込み、そして、言った。

「アルミ缶の上に、無いミカン。」




ゲボつまらなかった。
逆に、一周回って、「面白いギャグ」という前フリがあることで、etc.、とかどんな好意的解釈をしたとてゲボつまらなかった。万が一今これを読んで面白いと思った人がいたら、それはあなたの脳内であなたが面白いトーンで再生し面白い解釈をしたあなたがすごいのであって、吉川くんのその「面白いギャグ」は、何をどう考えてもゲボつまらなかった。ゲボに失礼なくらいにつまらなかった。ゲボって元々食事、つまり命ですものね。



吉川くんは、「どう?」と聞いてきた。


俺は、「ゲボつまらないね」、と言えなかった。その時の僕はもう、吉川くんに対してドラマ版「恋空」くらい興味がなかったので、

「まあ、いいんじゃない、」と答えた




すると吉川くんは、何かを決心した顔をして、僕に背を向け、スーっと、教室の中心で談笑しているサッカー部集団のところへ向かった。いわゆる、スクールカーストの頂点グループ、みたいなやつ。

そして、彼らの前まできた吉川は、大きな声で



「アルミ缶の上に、無いミカン。」


と言った。




ちょいちょいちょい!!そんな、キラキラグループへ入るための渾身のギャグだったのか!だったら言っといてよ!だったらちゃんと批評とかしたよ!いやいやいやいや!まさか人生かけたギャグを俺で一旦試してたとは思わなかったよ!!!!!ごめん!ごめんよ!!!つまらないよ!それじゃ無理だよエンタの神様でも笑い声足したところで視聴者にはバレるやつだよそんなの会場でウケてるわけねえじゃんっていくら編集で笑い声足してても視聴者にはバレてるやつだよ!ごめんごめん吉川くんごめん!!!!!!






と思っていたら、

ドッカーーーーン!!!!!!!






腹をかかえて爆笑するサッカー部たち。

その日から吉川くんはスクールカーストの頂点グループに入った。
「面白い奴」としての自信を持った吉川は、どんどん天狗になり、「さんまって面白いか?」「今年のキングオブコント、レベル低かったよな?」とお笑い界批判を繰り返すようになった。
「さんまって面白いか?」は週2くらいで言っていた。


「アルミ缶の上に、無いミカン。」、の奴がである。



俺は、天才が死ぬ瞬間を目にした。

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

note.user.nickname || note.user.urlname

昨年九月と今年一月という短いスパンで二度お財布をすられた団長の生活費、十年間体調を崩し続けている団員の医療費を集めるクラウドファウンディングです。財力に余裕がございましたら、何卒よろしくお願いいたします。

あなたも今日からザキワカです。
8

かきあげ団

一応、劇団です。主宰の「団長」、雑事の「団員」の二人と、デザイン担当の「デザ員」の3人で構成されています。

かきあげ団のマガジン

マガジンだとまとめて読めるらしいです。
1つ のマガジンに含まれています
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。