【対談】「ナナメの関係性と学びと自治」 阿部長野県知事×徳谷柿次郎
自費出版本『シンカイSTORYBOOK』の発売記念! 今回は阿部長野県知事×シンカイオーナーの徳谷柿次郎による対談をnote限定で特別公開します。
はじめに
シンカイが住みびらきをはじめてから、たくさんの学生や、じいちゃんばあちゃん、世代を超えてたくさんの人が交わってきた。
時には、中学生の放課後の勉強場所になったり。高校生と社会人の会話から、進路のことを考えたり。世代や肩書きを超えて出会い、お互いの人生を共有し、学び合う場になっていた。
シンカイの場と学びや教育は切っても切り離せない関係だ。これはお店になった今でも変わらない。
全国からの出店者、お客さん、そして近所の大学生やじいちゃんばあちゃん。シンカイが無かったら出会わなかった人たちは、この場を通して出会い、生き方、あり方を学んでいく。地域における場と学びや教育には、どんな関係・可能性があるのだろうか。
そこで、信州全体を「学習県」として、学びの場にしようと推し進める、長野県知事の阿部守一さん(以下、阿部知事)に話を聞いてみることに。
「学び・教育」のイメージも時代の変化と共に、生徒が「教えを受ける」場から、「自ら学ぶ」場へと変わろうとしている中で、そのヒントが「シンカイ」にあるのでは?
阿部知事とオーナーの徳谷柿次郎(以下、柿次郎)の対談を通して、シンカイから、「これからの学び・教育の場づくり」について考えていくことにした。
教育県として「学び」に力を入れる阿部長野県知事
「教育県」として名高い信州。ホントに?それで?と疑問が聞こえてきそうだが、これって実際、めっちゃ信州の財産であり、これからのローカルを紐解くヒントにあふれている。そう感じずにいられないのは、僕らだけ?いやいや......
「大小さまざまな自治体でそれぞれ頑張り、お祭りで一致団結する文化が根づいている信州」って、すごくない?
長野県内の市町村の数は、北海道に次いで全国2位。そして、いまだに各自治体ごとの伝統的なお祭りが引き継がれている。つまり、自治体それぞれのコミュニティも経済圏もちゃんと成り立っていて、となり近所が助け合う関係性も培われていて、世代を越えたお祭りもずっとやってきた。ここから築かれてきた文化は、これからも信州の財産になる。
実際、家族や学校とはちがう、近所のイカツイおじさんもいるし、懐深いおばさんもいて、「あんた、しっかりしなさい!」と叱咤激励されたりするわけだ。
歴史に学べば、吉田松陰や坂本竜馬、勝海舟らを輩出した佐久間象山という偉人もいる。上下でもなく、親子でもなく、上司と部下でもなく、人生のコツを背中で語るかっこいい先輩がいるという文化を、僕らは今一度、見直してみない?
そんな想いを抱いた柿次郎が、「やってこ!シンカイ」と「これからの教育の場」を模索して、長野県知事の阿部守一さんと対談。しきりに「なんかいっしょにやろうよ!」と懐深く柿次郎の熱意に耳を傾ける阿部知事と考える、これからの教育の場づくりとは?
長野県は学びと自治を大事にしている
阿部知事「シンカイって変わった場所だよね。位置も鋭角なところにあるし、この中の雰囲気も、なんだか映画に出てきそう」
柿次郎「そうなんですよねー」
阿部知事「ここでお酒飲んだら楽しそうだよね」
柿次郎「タバコも最高ですよ」
阿部知事「あれ!? ここってお店なんだっけ?」
柿次郎「お店ですね。結構、分かりづらいので、近所のじいちゃんばあちゃんとかも『なんかやってるの?』って、感じで入ってくる」
阿部知事「そんなに分かりづらくてもいいの?」
柿次郎「いや、いいんですよ。気になって、いろんな人が入ってきてくれるんで。こうやって、様々な世代が集まってきてきて、そこで『学び』が生まれてるんじゃないかと」
阿部知事「学びね。今、うちの県のキーワードだよ。『学びと自治』を県の総合計画のテーマにしているからね」
柿次郎「学びと自治...。難しそうですね。でも、前の住人である小林隆史くんが実践していた「住み開き」の頃からそうなんですけど、この場にいろんな人が集まることによる『教育』の要素って強いと思うんです」
阿部知事「若者がたくさん集まってるんだよね」
柿次郎「若者だけじゃなくて、いろんな世代の人が来て、コミュニティが生まれるんです」
阿部知事「なるほどね」
柿次郎「そこで、コミュニティにおける『教育』の概念や価値について、一番長野県で詳しい知事に話を聞いてみたいなと」
阿部知事「詳しいかどうかはわからないけど、今、一番考えているテーマだよ」
居場所から生まれる学び
柿次郎「シンカイみたいに、最近若い人が軸になって、いろんなコミュニティが生まれて、そこに人が集まって、話をして、学びが生まれてると思うんですよ。そういう動きについて、知事はどう感じてるんですか?」
阿部知事「そうね......。新しい居場所をつくってるって思うんだよ」
柿次郎「新しい居場所?」
阿部知事「この前、内閣府がやった調査が印象に残っていて。15〜24歳ぐらいの人たちに対して、『あなたの居場所はどこですか?』『ここは自分の居場所として感じている場所はどこですか?』っていうのを、6つぐらいの選択肢から聞いた調査があるんだよ」
柿次郎「へー。そんな調査があるんですね」
阿部知事「その結果をみて驚いたんだけど、一位が『自分の部屋』だったんだ」
柿次郎「えー!」
阿部知事「で、トップ3に学校が入っていないんだよね」
柿次郎「大事な時間を過ごす場所の価値が変わってきてるんだなぁ…」
阿部知事「昔で言えば、『学校』や『家庭』が上にくるはずなのに今は違う。プライベートな空間を一番欲しているのには、驚いたよね」
柿次郎「たしかに、ゲームやったり、漫画読んだり、1人の時間は一番大事かもしれません」
阿部知事「良い悪いは置いといて。自分の快適な空間は『他人と隔絶している状態』って人が増えてきてるってことは事実なのかもしれない」
柿次郎「なるほど」
阿部知事「だから、学校や家庭の居場所感が薄れていっているんだよね」
柿次郎「まあでも、学校に行きたくなかったら、無理して行かなくてもいいとも思うんですけどね」
阿部知事「昔だったら私も含め、多少イジメられても、学校は行く場所だったからね」
柿次郎「知事、イジメられてたんですか!」
阿部知事「そうだよ。砂場にメガネを隠されたりもしたんだよ」
柿次郎「(ガリ勉だったのかな…...)」
阿部知事「当時はそういうことがあっても学校には行くのが当たり前だった。圧倒的に学校で過ごす時間は長いし、友達や先生と一緒に過ごすことによる学びもあったと思うんだよ」
柿次郎「なるほど。今は、そういう学びが減ってきてるってことですか?」
阿部知事「うん。時代の変化だね」
柿次郎「具体的にはどういうことですか」
阿部知事「仕事を軸に考えてみても、今はフリーランスの人が増えてるし、企業のテレワークも流行ってる。もう『会社』のあり方も変わってきてる」
柿次郎「僕もそのおかげで、1人で会社を立ち上げて全国どこでも仕事ができてますからね。知事は知事室に閉じ込められてますか?」
阿部知事「いや。私も喫茶店の方が仕事に集中できて好きだね(笑)」
柿次郎「知事とモーニングしたいなぁ」
阿部知事「長野ではやりづらいけどね。でもそれは、学校も同じなんじゃないかと思う。人それぞれのとって学びやすい環境があるんだよ。今はiPadで、いくらでも学びを得られるじゃない?」
柿次郎「オンラインスクールのコンテンツや学習アプリのバリエーションも増えてますもんね」
阿部知事「じゃあ、これからどうすればいいのか? ここでよく陥るのが『学校をいい居場所にしていきましょう』って発想なんだ」
柿次郎「うーん」
阿部知事「この考えはもう時代に合わないんだよね。価値観が多様化した中で全員にとっての『居場所』を作るのは難しいじゃない?」
柿次郎「実際、自分の部屋が一番の居場所なわけですしね」
阿部知事「そう。多様性を尊重すべきだと思うんだよね。だからこそ、地域にシンカイみたいな、出会いと学びが掛け算できる場所あった方がいい」
柿次郎「ここにいると、学校じゃ生まれない出会いがたくさんあるんですよ。僕は、それを『ナナメの関係』って呼んでます」
ナナメの関係が人生を変える
阿部知事「ナナメっていうのはどういうこと?」
柿次郎「学校での先輩や先生、職場での上司との関係がタテだとすると、友達との関係はヨコじゃないですか」
阿部知事「うんうん」
柿次郎「ナナメっていうのは、近所の家のお兄ちゃんみたいに、無責任に『この本いいよ』とか『この音楽かっこいいよ』って言って、人生に影響を与えちゃう存在で。そういう人って大事だと思うんです」
阿部知事「そうやって、普段の生活では出会えない人との出会いは、学びにつながるよね」
柿次郎「そうなんです。だから、僕もいろんな友達を東京から連れてきたり、全国から出店者を集めたりしているんですよ。連れてきた人と、近所の大学生とかが出会ったりすることが、めちゃくちゃ面白いんじゃないかと。長野にない刺激を提供しまくっています」
阿部知事「いいね。そういうの大事だよ。『自分たちがつくりたい居場所を自分たちでつくっていく』姿勢が社会に変化を起こすからね」
柿次郎「ただ、それを持続的にやっていくのは結構難しいですね…...」
「居場所であり続ける」ことの難しさ
柿次郎「例えば地方の若者が、『シンカイみたいな場をつくりたい』と思って、安い物件借りるぐらいまではできても、持続的に続けるのは難しい。一番はお金の問題があります」
阿部知事「なるほどね」
柿次郎「続けるために、小売をやろうとして、借金して、在庫抱えて...とか。結構、大変なことじゃないですか。だからといって、補助金頼りになるのも違う。今のシンカイだって、いろいろキャッシュポイントをつくっても、なかなかうまく回らないんですよ」
阿部知事「でもそれが成功しないと、うちの県に未来はないんだよね」
柿次郎「長野県の未来......」
阿部知事「地域に必要な場所であれば、みんなで考えていくべきだと思うよ。これは、自治体の職員とか関係なく、一県民として一緒に考えていかなくちゃいけないことなのかもしれない」
柿次郎「いつか芽吹くと信じているので、僕は赤字でもやり続けようかと思ってます」
阿部知事「偉い!よく言った! 1人でかかえこみすぎないのも大事。長野県の職員たちが自分たちで考えて、経済を生む出すことを一緒にやってみてもいいよね。」
柿次郎「若手の頭がやわらかい職員を貸して欲しいです.......!」
多様性のある場が学びにつながる
阿部知事「話を聞いていると、シンカイっていろんな人が混じり合うのがポイントだよね」
柿次郎「そうですね。この間も、鹿児島、京都、群馬、北海道とかから、全く同じ日に若者がシンカイに集まりました。その人たちが繋がると、各地で新しいことが生まれるじゃないですか。その初期衝動のきっかけがシンカイだったら最高です」
阿部知事「そうそう。地域にいると、農家って農家同士でしか集まらなかったりするんだよね。でも、地域で地道にやっている農家の人たちと、若い感性で世界とつなげる人たちが出会うと、化ける可能性があるんじゃないかと思うんだよ。そういう出会いをここで、もっと生み出していって欲しいな」
柿次郎「シンカイだけでできることは限られていますが、小さな出会いや取り組みを積み重ねていくしかないですね」
阿部知事「これからの学びには、多様な世代とか職種とかが入り混じることが大事だからね。シンカイが新しい時代や生き方のショールームになるかもしれない」
柿次郎「シンカイには、40〜50代のおっちゃんたちに『何目立ったことしてるんだよ!』って言われがちな若い世代も、全国から集まってくるんですよ。でも、これから10年ぐらいしたら、今のデジタル革命のように時代が変化して、その考え方が普通になる時代がやってくるんじゃないかと思うんですよ」
阿部知事「いいね。時代をひっくりかえそうよ!多様な人が出会い、学びあって、これからの地域をつくる、新たな価値観がこの場から生まれてきそうだね。そんな動きに私も混ぜて欲しいな」
柿次郎「ぜひ!」
text : Fujiwara Masataka(BAZUKURI , inc)
edit : Takashi Kobayashi (general.PR)
photo: Naohiro Kobayashi(Tsuru to Kame)
6/9 阿部知事×柿次郎 feat.若者たち 政治について語るイベント
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【主な内容】
▼長野県知事・阿部守一さん×徳谷柿次郎
教育県・長野で〈やってこ!シンカイ〉が果たす役割とは
▼実業家・家入一真さん×徳谷柿次郎
何者でもない自分でいられる場所。「アジール」としてのシンカイの価値
▼〈かもめブックス〉柳下恭平さん×〈ALL YOURS〉木村昌史さん
本屋と洋服店を営む二人に訊く「場が生む価値とは」
▼2011年から2018 年までのシンカイ 白石雄大と小林隆史とゴンちゃん
男3人と愉快な仲間たちから始まった「シンカイという暮らし」
▼小林隆史×徳谷柿次郎
「みんなが集まる家」から「みんなが集まるお店」へ変わった交差点
▼〈Backpackers’Japan〉石崎嵩人さん×徳谷柿次郎×小林隆史
あらゆる境界線を越えて、人々が集える場所を
石崎嵩人さんから見たシンカイという場
▼徳谷柿次郎×店長・ナカノヒトミ
「いつか『シンカイ』で子育てしたい」しなやかな成長を遂げる店長ナカノの奮闘記
▼〈ナノグラフィカ〉清水隆史さん×小林隆史
1990年台からの善光寺門前界隈の変遷
▼大家・新貝和雄さん×店長・ナカノヒトミ
この街に愛されてきた〈シンカイ金物店〉のヒミツ
長野市・善光寺近くに佇む謎のお店〈やってこ!シンカイ〉
ローカル/コミュニティ/古民家改装/教育/小売り/風土/友達経済…
長野県知事、連続起業家、本屋やアパレルの社長から大学生まで
全国から人が集まって「新たな出会い」を生む価値は何なのか?
一口には語れない21世紀の新たな「場づくり」を凝縮した自費出版本
A6サイズ(文庫本サイズ)/全226頁 価格 2,000円(税込み)
1982年生まれ。全国47都道府県のローカル領域を編集している株式会社Huuuuの代表取締役。「ジモコロ」編集長、「Gyoppy!」監修、「Dooo」司会とかやってます。わからないことに編集で立ち向かうぞ!