詩を書く ということ

あんまり更新していないけど、わたしはnoteに詩をアップしている。なにかとクスクスされてしまいがちな詩ですが、わたしは詩を書くのがすきなのです。

こちらでは主に日々あったこと、それについて思ったことなどを書いていて、これは「エッセイ」なのかな、と思う。

「詩」を書くときと「エッセイ」を書くときは、元となるタネが違う。だから、両方書いているのだ。

「エッセイ」になるタネは、生まれて、わたしが認識した時にはもう、思考であり、文章だ。「雨が降ってますます免許を取りたくなった」とか「アイスが食べたいけど、どうしてこんなにアイスが好きなのかな」とか。

対して「詩」になるタネは『かたまり』だ。心にかたまりがあるのを、発見する。『かたまり』は、ある瞬間に急に心に生まれる。良いフレーズを聞いた時。寒い朝に光る常緑樹の葉を見た時。何もしていない時に、ふと。

その『かたまり』を掬い取って、ひらいていって、詩にする。そうすると、ああ、わたしは、あの瞬間、これを感じたんだな、と分かる。だから、詩を作るのはとても楽しい。『かたまり』は、つかんだだけでは分からなくて、向かい合ってひらいて、初めて正体が分かる。プレゼントみたいな存在だ。ちょっとかっこよく言い過ぎた。

『かたまり』をわたしは詩にするけど、人によってそれは違う、歌う人も、話す人も、絵を描く人、踊る人、サッカーをする人、味わう人……。人によって違うけど、きっとほぼすべての人が『かたまり』をつかんだことがあるはずだと思う。

『かたまり』をつかむことは、自分を知ることだと思う。色々な娯楽があるけれど、自分を知ることほど楽しいことはそんなにないと、わたしは思う。

そして、『かたまり』に気づくことは、自分を大切にすることだと思う。みんな急いで忙しくしているけど、ちょっと『かたまり』のことを思い出してあげればいいのになぁと、思っている。

お昼寝します。

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かきたまや

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