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抹茶ミルク14

ICUでは、医師と看護師がおやじの両側に立っていた。俺たちは深々と二人に礼をし、おやじの足元あたりに立つ。医師が説明をする。

「では、これから生命維持装置を止めさせていただきます」

ピッピッピッピッ…規則正しく動いていた機械が、医師と看護師の手によって、一つずつ消されていく。最後の一つが消されて、医師が言った。
「あとはお父様がどれだけ持つかです。しばらくは心臓も動いていると思います」

モニターを見ると、心臓が規則正しく動いているのがわかった。
トクン トクン トクン
トクン トクン トクン
トクン トクン トクン

「あら光明、ちゃんと心臓動いているじゃないの」
真理子おばさんが前のめりになってモニターを見つめた。
玲子おばさんも「そうね。意外と元気じゃないの」と嬉しそうに呟いた。

1分、2分、3分…5分を超えたころから、実はおやじはまだ死なないんじゃないか?という気持ちが湧き上がってきた。希望をもって医師を見るが、医師はじっと動かない。これも予測の範囲内であることがじわりと伝わってくる。

「あれ? 脈がだんだん遅くなってきてない?」
俊がつぶやいた。
ふとモニターを見ると、たしかにモニターのグラフがさっきより間隔が広がっている。おやじの脈を診ていた医師が言った。
「そろそろです」

その言葉を合図にするかのように、脈はどんどん遅く、弱くなっていった。
ろうそくが燃え尽きて、芯だけになってもしばらくはじわじわと炎が上がる。でも、それも一時で、炎の勢いは弱まり、最後には黒い煙が上がって炎は沈黙する。
まさにそんな風に、おやじの心臓は静かに静かに停止した。

「ご臨終です」

体から装置がどんどん外されていった。おやじの体にはもう生気のかけらも残っていない。いや、おやじの魂は脳死になったときに、とっくにこの体から抜け出していたのだ。あとは肉体が活動を止めるのを待つための時間、俺たち生者が気持ちの整理をするための時間が必要だったにすぎないのだ。

終わった、と思ったとたんに、勝手に涙が溢れた。
そしておやじと影踏みをしたあの頃の記憶がよみがえってきた。
あのときのおやじは、たしかに俺にとって大好きな父親だった。
それを永久に失ってしまった寂しさが体を包んだ。

ああ、決断は間違っていなかった。この決断は正しかった。
だが、俺はかつてあんなに好きだったおやじの命を終わらせた。
誰が何と言おうと、父親を殺めたのは、この俺だ。

カーテンの向こうで待っていた田口と藤井が、俺たちと入れ替わりでベッドの方に消えていった。
もうここにいる必要はない。俺たちはICUを後にした。

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