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抹茶ミルク6

大学受験が終わり、無事に合格が決まってすぐ、おふくろからおじさんの家に行くわよ、と言われた。おれの大学入学と俊の高校入学がかぶり、お金が足りないから貸してもらうのだ。おじさんは小さな業界誌の社長だったはずだ。社長だからお金持ちなんだろう。

おやじと会ってからすっかり元気がなくなっているおふくろ。まだ離婚はしていなかった。おやじからの連絡があれ以来ないから、話が進められないのだろう。これで少しでも元気になれば…。

おじさんの家は広い一軒家で、ビーグル犬を飼っていた。子供は兄と妹の二人で俺たちより年上で小さいころからよく遊んでもらった。徹兄ちゃんはバイクにハマって最近家にいないようだったが、美香姉ちゃんが歓迎してくれた。

美香姉ちゃんはバレエ団のプリマドンナだった。すらりとした手足と栗色の長い髪、ぱっちりとした大きな目と白い肌が特徴的で、一見日本人に見えない美貌の持ち主だ。おじさんとおばさんの自慢の娘だった。近所に住んでいるおばあちゃんもやってきて、茶の間は一気ににぎやかになった。

大人と子供で別々のテーブル席に座り、楽しい宴が始まった。久々にお寿司だのから揚げだのがたらふく食べられて、俺と俊はテンションが上がった。食卓に笑い声が響くのなんて、一体いつ以来だったっけ。おふくろも楽しそうにしていた。

食後のデザートにカップアイスをぱくついていると、おふくろがついにお金の話を始めた。「…本当に光明さん、ひどい人なのよ」
「それは大変だな」
「ふみちゃんかわいそうに…」

「それで、お兄さん。…少しお金を貸してもらえませんか…子供たちの入学金で…」
おじさんとおばさんは顔を見合わせた。
「あー悪いな。今はうちも資金繰りが苦しくて…」
「光明さんもおっしゃっていたでしょうけど、経営って難しいのよ」
押し黙ったおふくろの暗い雰囲気を振り切るかのようにおじさんがテレビをつけた。バラエティ番組が始まり、さっきとは雰囲気の違う笑い声が部屋に響きだした。

しばらくすると番組の中で、一人っ子と兄弟のいる子の性格の違いについてパーソナリティーの人たちがわいわい盛り上がりだし、親たちも「うちの子は…」などとおしゃべりが弾みだす。
「うちは美香がしっかりしているぞ。バレエの厳しい練習にも耐えるし、学校の成績もいいし…」
「徹は男の子だからか、反抗期で何を考えているかちっともわからなくて…」
おふくろも返した。
「男の子はよくわからないわよね。私もそう」
「それでも正直なところ、俊のほうが可愛いわ。下の子だからかもだけど…」
「私が光明さんと離婚しようか迷って二人に相談したことがあるのよ。そしたら俊は「別れてほしくない」って泣いて訴えてきたんだけど、和志は表情一つ変えずに、「いいんじゃない。別れれば」ですって! これって上の子か下の子か、の違いなのかな。とにかく可愛げがないのよ…」

おふくろと背中合わせに座っていた俺は、その言葉を聞いて固まった。おふくろはおじさんたちと話し続けている。
俺の隣ではアイスを食べ終わって、満足げにげっぷをしている俊が。目の前には、細長い首をかしげて俺たちを見つめる美香ちゃんがいた。

― 俺にだけ相談したと思ってたのに…。俊にも聞いていたのか ―
― そうか、お母さんは俺より俊が可愛いのか ー
あの時以来感じていた胸の膨らみが、ぺしゃっと音とたててつぶれた。同時にこんなに親に甘えたがっている自分の弱さに気付き赤面した俺は、ごまかすように慌ててジュースを一気に飲み干した。

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