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抹茶ミルク9

病院に到着すると、おふくろと俊、それにおやじのお姉さんの真理子おばさんと妹の玲子おばさんが待合室に集まっていた。
「和ちゃん! よかったわ、連絡がついて! 何度も電話したけど、出なかったでしょ。ひやひやしたのよ。お父さんが危篤だというのに、いったいどこで何をしていたの!」
しっかりものの真理子おばさんの説教が始まりそうで思わず首をすくめると、玲子おばさんが割って入ってくれた。
「まあまあ。突然のことだから仕方ないわよ。それよりも和ちゃん、お父さんに会いに行かなくちゃ」

俊と目が合う。
「俺たちも今着いたばかりなんだ。一緒に行こう」
と言われ、俊とおふくろと3人でICU病棟に向かった。


ICU(集中治療室)はしんとした空間だった。生命維持装置につながれた患者さんたちが、同じ薄い青色の治療着を着て、一様に静かに眠っている。
聞こえるのは装置から出るピーっという音とスコーという呼吸のような音、看護師さんたちの忙しそうな足音ばかりで、体からたくさんの管が出た人たちはまるで冬眠しているかのようだった。

看護師さんに案内されて、おやじの眠るベッドの前に立つ。
酸素マスクをはめられているせいもあったが、一瞬、目の前にいる人が誰だかわからなかった。

真っ白になった髪。頬骨の浮き出た黒ずんだ皮膚。うっすら開いている瞼はしわしわで目じりにかけてだらしなくたるんでいる。マスクの下の口はホースを突っ込まれて半開きで、まるで釣られた魚のよう。

俊も動揺して俺に問いかけた。
「兄貴、これっておやじ…なんだよな?」
「……」
回答に困っていると、おふくろがきっとした様子で言った。
「当り前じゃないの! あなたたちのお父さんよ!」
といって、薄い上掛けの中からおやじの手を取った。

その手を見て、俺もようやく確信した。
そうだよ、この人は俺たちの父親だ。

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