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egg(43)

しばらく止めていましたが、再開します。Endまであともう少しです。

第十七章
 
「ねえねえ、びっくりニュース!」
学食のたまり場でカレーライスを食べているギャラこと西島秀樹のもとに、目をキラキラ輝かせて岡田葵がやってきた。
「高藤先輩が髪切ったんだよ! 長かった髪を肩までバッサリ!!」
「んんんん!?」
驚きのあまり飲み込んだカレーをのどに詰まらせたギャラは目を白黒させてお冷やを流し込んだ。背中を叩いてやりながら葵が言う。
「ご、ごめん。大丈夫だった?」
ぜえぜえと肩で息をしてギャラが答えた。
「あーびくったあ。死ぬかと思った……。ってかそんなことより、先輩が髪を切ったってホント!? あんなに大切に伸ばしていたのに……。一体どうして?」
「うん、先輩に切った理由を聞いたら、『気分を変えたくて』って言ってたよ。でもさあ……?」
いたずらっぽい笑顔を浮かべて葵が言う。
「女性が伸ばしていた髪を切るといったら、あれなんじゃない?」
「あれ? あ、あれって何だよ?」
「し・つ・れ・ん!」
「えええええっ! ってことは、先輩には好きな人がいたってことかよ! そんなあ……」
叱られた子犬のようにしょぼくれたギャラを見て、葵は慌てた。
「え? なんで落ち込んじゃうの? 失恋したんだったらチャンスじゃん!」
「何言ってんだよ……。普通は恋が終わっても、そんなに簡単に他の人を好きになれるわけがないだろ。つまり、俺が先輩の心に入れてもらえる余地すらないってことなんだよ。ああ、あの手をつないだのは、一体何だったんだよお」
テーブルに頭をごんっとぶつけて呻いているギャラを見て、葵は驚いて尋ねた。
「ん?ちょっと待った! 『手をつないだ』ってどういうこと?」
「夏の海へドライブしたときだよ」
うなだれたままギャラが説明する。
「夕陽を浴びてバレエをしている先輩の写真を撮り終わったあと、なんとなくいい雰囲気になってさ。海岸を並んで歩いているときに、触れた手を先輩が握ってきたんだよ! もう俺びっくりして飛び上がりそうに嬉しくなっちゃって!
だからひょっとして俺のこと好きになってくれたんじゃないかって、期待してたんだけど……」
「ちょっとお!」
バシッとギャラの背中を叩いて葵が言う。
「なんだよそれ! その場で告ってたらすぐ付き合えたじゃん! お前この半年、何やってたんだよ!」
「だって……」
しょぼくれたままギャラが言う。
「その後、先輩は就職活動でほとんど大学に来てなかったし、進路が決まる大切な時期に邪魔したら悪いだろ?」
「ぐはあっ、健気にもほどがある!」
葵が両手で頭を抱えて天を見上げた。
「まあでもさ、それって脈ありってことだよ。これまでどうだったか知らないけどさ、今、先輩が失恋して髪を切ったってことは、『早く忘れたい』って思ってるってことだろ? こういうときに慰めてあげたら、ワンチャンあるんじゃねっ!?」
「え、そういうものなの?」
「そういうもんなの! 今日大学にいるみたいだから、またドライブに誘いなよ!」
と盛り上がっている二人のそばを、たぬきうどんを持った高藤由美が通りかかった。
「あ、高藤先輩だ! 高藤せんぱーい! ここ席空いてますよ!」
「葵ちゃん、ありがとう」
にっこり笑って向かい側の席に着いた由美をギャラはぽうっとして見つめた。葵が言う通り、先輩の長く伸びた髪の毛は肩の辺りでバッサリとカットされている。ワンレンロングの先輩も素敵だったけど、機動戦士ガンダムのセイラさんみたいな髪型もめちゃくちゃ似合う。やっぱ好きだ。大好きだよお。
うるんだ瞳でギャラが由美を眺めていると、熱い視線に気がついた由美が恥ずかしそうに毛先をいじりながら聞いてきた。
「へ、変かな?」
「いえっ全然!全然変じゃないっす!」
席からぴょんと立ち上がって真っ赤になって答えたギャラを見て、由美はふふふと笑った。
「ギャラったら、直立不動になっちゃって。変なの~」
「全くおかしな奴なんですよ! おい、座れって!!」
そのまま棒立ちで固まっているギャラの肩を葵が力いっぱい押して椅子に座らせた。それでも由美から目を離せないでいるギャラを見た葵は、いらついてその後頭部を思いっきりひっぱたいた。
「痛ってえ! あにすんだよ!!」
「てめえが挙動不審なんだよ。先輩困ってんだろうがっ!」
そんなコントのような二人のやり取りを楽しそうに見ていた由美が言った。
「二人ともホントに仲良しだね。夫婦漫才みたい」
「先輩、やめて! こいつと結婚なんて絶対無理!」
親指で隣のギャラをくいっと指しながら言う葵にギャラも同調した。
「そうっすよ! 好きでもない人と結婚はできないっすから!」
その返事に由美が目をきらりと光らせて突っ込んできた。
「あれ? ってことはギャラって誰か好きな人がいるの?」
「ぎゃっ! そ、それは……」
慌てて口ごもったギャラを見て、葵が大爆笑しながらとんでもないことを言い出した。
「えー、それはボクも初耳だなあ。一体誰に恋してるのか、すっごく気になるなあ。西島くーん、ここで白状しちゃいなよお」
「葵! てめえっ!」
睨んだギャラに最高の笑顔を返した葵は、由美に言った。
「知りたいですよねえ、先輩?」
由美も調子に乗ってうんうんと頷いた。
「気になるなあ! ギャラが嫌でなかったら知りたい!」
頭を抱えてテーブルに顔を向けているギャラを、由美と葵がワクワクしながら見守る。すると少し間があって、ギャラが深呼吸をして顔を二人の方に近づけた。
「じゃあ、言いますよ」
「うんうん!」
由美と葵がギャラの方に顔を寄せる。決意を固めたギャラは由美の目をまっすぐに見つめて告白した。
「好きです、高藤先輩!」
そしてそのまま由美の頬にキスをした。

#小説
#1992年
#パンドラの匣  

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