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抹茶ミルク3

そんなある日、おやじが家に帰らなくなった。
金策に走り回っているのだろう、とおふくろは心配していたが、1か月、2か月と時がたつにつれ、それまで来ていた電話すらかかってこなくなった。
警察に届けたほうがよいのでは…と親戚が騒ぎ始めたころ、おやじと一緒に会社を立ち上げた松村から電話があった。

松村は、おやじが借金の支払いのために金を用意しようとしていること、海外に出るため、しばらく日本に戻れないことをおふくろに伝えた。
「あの…主人はなぜ自分で連絡をしてこないのでしょうか」
震える声で尋ねるおふくろに、松村は「それが…」と困ったような声で答えた。
「私も光明が今どこにいるかわからないのです。『金のあてができた。しばらく日本に戻れない。悪いが家族にそう伝えてくれ』と夜中に一方的に電話で伝えて、そのまま切られてしまい…」
「ただ、光明は子供のころから、思い込んだら一直線の熱い奴です。きっと今回も大逆転の手を思いついたのだと思います。信じて待ちましょう!」
力強く押し切られ、おふくろは弱弱しく受話器を置いた。


あれから3年。おやじからは何一つ連絡が来なかった。
借金取りからの手紙や電話は相変わらずだったが、おふくろは「主人が払いますので。松村さんに話を聞いてください」と、返済の催促をつっぱね続けた。
当然ながら、おやじからの仕送りも一切なく、おふくろは金になるからといって、宝飾品を扱う販売店に就職した。金持ちの奥様がたに、指から落ちそうな巨大なルビーの指輪を売ったりしては、臨時ボーナスをもらって生活の足しにしていた。
奥様がたに気に入られて、ボーナスは増えたが、休日のお付き合いも増えた。朝からバスをチャーターして、人気ものまね芸人のツアーを組んで接待したり、日帰りで山梨の有名ワイナリーに連れて行ったり。

それで俺の都立高校の授業料も支払ってもらっていたのだから文句は言えないが、まだ中学生の俊には結構きつかったようだ。
バスケ部に入り、高身長も幸いして、あっという間にレギュラー入りしたのに、夏明けには退部。その後はアニメとゲームにハマり、深夜に家でゲーム三昧。成績は地を這い、いける高校があるかどうかも怪しくなっていった。
それでも俊はおふくろのことが大好きだから、心配をかけたくないからと中学校にはきちんと通っていた。「ま、授業中はほとんど寝てるんだけどね」と笑って教えてくれたが。

俺はおふくろの帰りが遅いときは夕飯をつくる担当になった。とはいえ、ややこしいことはできないだろうと、おふくろが10円焼きそばを大量に買い込んできた。
フライパンに乾麺を入れてコップ一杯の水を入れ、蓋をして3分待ったらソースの素を振りかけて、混ぜたら焼きそばの完成だ。
夕飯が用意されていないときは、これが俺たちの夕飯になった。3袋も食べればおなか一杯になる。大きな段ボール一箱分の焼きそばはいつもあっという間になくなった。


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