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抹茶ミルク13

翌日親族一同が集まった。おふくろに俊、俺、真理子おばさん、玲子おばさんの計5名。待合室で待っていると看護師がやってきて、会議室に案内された。装置を外す前にまだ打ち合わせが?と思っていると、地味なスーツ姿の男女が現れた。

初老の男性と若い女性の組み合わせで、誰の知り合いでもなさそうだった。この人たちは?と思っていると自己紹介された。
「私共は臓器移植ネットワークのコーディネーター、田口と藤井です。お父様の臓器をご提供いただけないかご相談に参りました」

田口と藤井と名乗る二人は、資料を配ると、一人一人をしっかり見ながら、静かに説明を始めた。
「…事故や病気によって、病院で最善の救命治療を受けましても、大変残念ながら回復の見込みがなくなることは、誰にでもございます。そのような場合、死後に臓器を提供するかについては、本人のご意思が不明な場合でも、ご家族の承諾だけでお決めいただくことができるのです」
「今回は脳死状態でございますので、提供できる臓器があることがご担当の医師によって確認されております」

色々と説明したあとで田口が言った。
「私たちは本日、腎臓のご提供がいただけないかと思い、お伺いいたしました。このようなお辛い状況で大変驚かれていることと思います。ですが、お父様の腎臓が重い病気で苦しむ方の中で生きられる、ということでもあります。臓器提供を受けたドナーの方からは、お写真とお手紙が送られます。皆さん、健康を取り戻し、日常の生活に戻ることができるのです」

見せられた手紙には、腎不全になって透析施設で毎回何時間もかけて透析をするのが苦しかったこと、いつ死ぬのか毎日絶望的な気持ちで生きていたこと、それが、腎移植ができたことで、むくみや吐き気で外に出るのも嫌だった自分が、妻と外を散歩できるようになったこと、つらい透析を受けなくてよくなり、精神的にすっかり楽になったことなどがびっしりと書き込まれていた。写真の中では中年の夫婦が並んで立っている。毛糸の帽子をかぶったおじさんの顔が、ありがとうと言っているようだった。


「腎臓提供、俺はいいと思うんだけど…」
口火を切ったのは俺だった。神社でおやじの姿を見たときから、俺はすっかり流れに身を任せるようになっていた。みんなが一様に頷くのが見えた。

その様子を見て藤井が言った。
「ありがとうございます。それで、もし可能であれば、角膜のご提供もいただけませんでしょうか」
「角膜…?」
「はい。眼球をいただいた後は、医師が丁寧に処理し義眼を装着しますので、摘出前と全く同じようになり外観が見苦しいことは絶対にありません。また、火葬後は義眼はもちろん何も残りません」
「義眼ってどんなものなのですか?」
「ピンポン玉のようなものと思っていただければ…」
「ピンポン玉…」

宙に浮いたおやじの姿を思い出した。目がピンポン玉になっちゃったら、おやじはどうするんだろう。腎臓は見えないからともかく、これからあの人はピンポン玉の目玉で死後の世界をいくことになるんだろうか…。
そう思ったらぶるっと震えが来て、俺は丁重に辞退させていただいた。

藤井は何か言いたそうだったが、田口がそれをやんわり押しとどめ、腎臓摘出に関する説明を始めた。
「腎臓の摘出は、心臓が停止した後で問題ございません。お父様をお見送りいただいた後、すぐに私たちが入って摘出をさせていただきます」
深々と頭を下げ、準備があるので、と言って二人は退出した。
まもなく看護師がやってきて、俺たちはおやじのいるICUに向かって歩き出した。

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