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抹茶ミルク11

松村と別れた後、今度は担当の医師に呼ばれた。俊と俺の二人に話があるという。
人気のないソファー席に呼び出されると、30代くらいの男性の医師は静かにおやじの現在の容体について説明を始めた。

くも膜下出血の概要と、おやじの場合、血液が脳のほとんどを覆ってしまい、ほとんどの生命活動が自力できなくなっており、生命維持装置を外してしまえば、すぐにでも心臓が止まってしまう、脳死の状態にあること。このまま治療を続けたとしても、意識が戻る可能性はゼロに近く、植物人間としてしか生きられないことを説明した。そのうえで、法律上家族に当たる俺たち二人に決断してほしいことがある、と伝えてきた。
「お父さんの生命維持装置を外すか、治療を続けて延命するか、選択をしてください」

「あの…それはつまり、父の生死を私たちが決める、ということですか?」
急にからからになった喉に無理やり声を出させながら、俺は尋ねた。
「ああ…言い方によっては、たしかにそのようになってしまいますが…。法律では、患者様ご本人に決定能力がない場合、家族の方が決めると定められているのです」
「お母さまは離婚されている、ということでしたので、お子様であるあなた方がどうするかを決めなければなりません」
「そんな…突然…」

「装置を外すのであれば、その日のうちにお父様は亡くなります。延命される場合、治療費がかかってくることはもちろんのこと、救命治療の対象でなくなったら、別の病院を至急探していただく必要があります。また植物人間になれば、床ずれの心配もあります。体の状況が今より悪化していくこともご理解ください」

途方に暮れて、俺は思わず俊の顔を見た。
まだ20歳にもならない俊は、だんだんと収まりだしたニキビ面で心細そうに見返してくる。そして
「俺…兄貴に任せるよ」
とぽつりとつぶやいた。

その後も医師との押し問答が続いた。正直、命の判断なんてできない。だから、医師に判断してもらいたかったし、せめて決断の後押しがもらいたかった。でも、医師は俺たちの判断材料は与えてくれるものの、決断についてはこちらに完全に任せ続けた。1時間も経ったころ、時計をちらりと見て、医師が立ちあがった。

「今すぐ決めろと申し上げているわけではありません。ですが、どちらにするか決断ができたら、看護師にでもいいので、連絡をいただけますか?」
その早く決めてほしい、といわんばかりの態度に思わずむっとしたが、医師の心配そうな目を見てはっとした。
俺だってまだ社会に出たての22歳。この医師から見たら、俺もまた子供なんだ。決断ができるか心配されるのも当然かもしれない。

「わかりました。決まったら連絡します」
きっぱり言って、一礼した。せめてそのくらいはしておきたかった。


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