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☆133「プロデューサーの終わり」

僕のことを気配り上手だと言う人と傍若無人だと思う人の2種類いる。
自分としては(色々忖度しないで)言うべきことは必ず言うのをどの現場でも心がけてるだけだ。そのスタンスを気配りor傍若無人と捉えるかの相手側の違いなのだ。
つまりプラスの気配りはできるけど、マイナスの気配りは僕には出来ない。

ホントはプラスもマイナスも気配りできた方がいいんだろうけど「言うべきことを言わない方が上手くいくから言わない」ということができないんだよな。
それできてたら会社辞めてないw
ただそれでも心がけてるのは、言うべきことと相手を攻撃することの差を認識すること。
相手が傷つくようには言わない。

まあ僕自身は比較的勢いが強いらしく周りの人は付き合うの大変だろうなとは思う。
特に一生懸命になると言動が激しくなるからその中身以前に言い方だけで疲れさせるんだろうな。
でもそれを抑えることはつまり一生懸命やるなと言われてるのと同義で、僕はどう振る舞えばいいのか段々分からなくなる。

例えば寒暖の差が激しいと身体にこたえるじゃないですか。これって他人の感情の起伏が激しくても身体に来ますね。
先日までやる気が無い人が急にやる気を出されても、そのやる気のないのに慣れようとした身にはそのやる気がむしろこたえるというか。逆もだけど。
自然環境も人間関係も激しいのは疲れる。

てなことで自分の感情と他人の感情の起伏の調整や環境の激変にいちいち対応してると、身体も持たないし楽しく無いしそもそもやる気自体が削がれていく。
でも何かにコミットすることはそれが必要不可欠だったりもする。
この解決策は最終的には自分のコミットメントの質or量を落とすしか無いのかな。

そんなに文句があるなら自分でやればいいのだよ。はい、自分でやります!ってな感じでバラエティプロデューサーをやってきたけど、他人との調整がプロデューサーの職分だとするなら(まさにそうだけど)いちいちそうしてまでプロデュースすることに意味があるのか?と平成の終わりに終わりを感ずる。

そうか、既存の同調圧力から脱するために、新規の同調圧力を使ってしまうことがこの社会の根本問題なのだ。
みんなであいつらを潰そうぜ!ってのの気持ち悪さはその点にある。
この同調圧力の負のスパイラルから抜け出すためには個人として圧倒的な孤独に耐える必要があるのだ。
闘争からの逃走。

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角田陽一郎 kakuta yoichiro

バラエティプロデューサー/文化資源学研究者(東大M1)/「運の技術」「13の未来地図 」「『好きなことだけやって生きていく』という提案」「最速で身につく世界史」「成功の神はネガティブな狩人に降臨するーバラエティ的企画術」「究極の人間関係分析学カテゴライズド」

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