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メキシコ麻薬戦争

『FlyFisher』2014年6月号掲載

今、空前の麻薬ブーム!僕が。

きっかけはアメリカのテレビドラマ『ブレイキング・バッド』だ。
アメリカで1000万人が観たと言われる人気ドラマである。高校の化学教師をしている中年ウォルターは、ある日医者から肺がんを宣告される。莫大な治療費と残された妻と息子の為になんとしてもお金が必要なウォルターは、元教え子のチンピラ、ジェシーが覚せい剤クリスタルメスを精製して売り捌いていることを知り二人で麻薬製造に手を染めていく。
 ウォルターは化学教師である。化学について完璧を期す職人肌のウォルターはジェシーが精製していたものよりも高純度のクリスタルメスを作ってしまう。あっという間に街で人気のドラッグとなり、それに目をつけた街の売人元締め、そしてメキシコの麻薬カルテルまでが聞きつけ問題が雪だるま式に大きくなっていく。
ドラマにありがちな行き当たりばったりの展開ではなく、練りに練られた脚本が素晴らしく、物語に引き込まれる傑作ドラマである。

 ドラマの中でウォルターの息子に義兄のハンク(仕事はなんと麻薬取締官!)が勧める本が『パブロを殺せ』(早川書房)である。
1990年代まで、世界中で暗殺、テロなど非道の限りをつくし、フォーブス誌で世界で七番目の資産家にランクされるなど有名なコロンビアの麻薬密売組織メデジン・カルテルのボス、パブロ・エスコバル。彼の暗殺を目指したアメリカのDEA(麻薬取締局)、CIA、対テロ特殊部隊デルタフォースらの戦いを描いたノンフィクションである。
興味深いのはエスコバルが麻薬ビジネスで稼いだ金の使い道だ。
地元メデジンのスラムから出られない貧しい人々への寄付や住宅地の建設、道路や電線などインフラ整備の資金協力、そして地元社会への慈善事業や社会福祉整備などへ麻薬で稼いだ大金を使用したのだ。そのため彼は地元では聖人であった。彼が死んだ時には何千人もが哀悼し、彼の墓は現在でも大切に手入れされ観光名所になっているという。
「パブロは残忍な悪党だったが、社会的良心をそなえていた。(中略)だが、大衆を喜ばせる資質は、パブロの弱みであり、結局は彼を破滅させることになった。彼は賛美されたかった。尊敬されたかった。愛されたかった」
このような、麻薬王の矛盾した内面をも本書は描き出す。

『ブレイキング・バッド』でも登場するメキシコの麻薬カルテルの台頭は、アメリカでレーガン大統領が掲げた麻薬密売との対決姿勢からだった。コロンビアのカルテルはそれまで海を渡り直接アメリカのフロリダへ密輸をしていたが、レーガンの対決宣言により取締が厳しくなった。そこでそれまで陸路によるアメリカの密売ネットワークを持っていたメキシコのギャングがコロンビアとアメリカとのコカイン密輸の仲介をすることになる。しかしアメリカのマーケットごとメキシコのギャングが乗っ取ってしまったのだ。そんなメキシコの麻薬問題を記した本が『メキシコ麻薬戦争』(現代企画室)だ。
本書ではアメリカとメキシコの暴力のギャップが興味深い。
メキシコのシウダーフアレスでは殺人が年間3000件。しかし国境挟んだエルパソでは年間5件のみ。
メキシコで抗争が拡大した時期、アリゾナ州全体での犯罪件数はなんと35%も減少した。
なぜか?
アメリカの麻薬需要があまりに巨大すぎて麻薬密売組織はアメリカ国内での縄張りを主張しないのだ。
(アメリカは)誰のものでもなく、みんなの領土なのだ。

さて、巷では頼んでもいないのに渓流解禁の報が続々と勝手に報告されるなかで禁断症状が頻発していた僕であるが、先日ようやく今シーズン初釣行に。
まさかの良型のヤマメが連発で、いままで釣りを我慢したかいがあるというもの。
思わず「明日仕事行きたくねえなあ」と呟く多幸感であった。
これを麻薬と言わずしてなんと言う。



『ブレイキング・バッド』
2008年〜2013年 アメリカ
製作総指揮:ヴィンス・ギリガン
出演:ブライアン・クランストン、アーロン・ポール

『パブロを殺せ 史上最悪の麻薬王VSコロンビア、アメリカ特殊部隊』
※絶版
マーク・ボウデン/著 伏見威蕃/訳
早川書房 2,700円 ISBN:978-4-15-208413-2

『メキシコ麻薬戦争 アメリカ大陸を引き裂く「犯罪者」たちの叛乱』
ヨアン・グリロ/著 山本昭代/訳
現代企画室 2,376円 ISBN:978-4-7738-1404-0

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