トイレに行かせて

文部科学省の勉強会議に呼び出された。わたしが関心を寄せているフェミニズムに関して、専門家の立場の意見を聞きたいらしい。わたしは東京のどまんなかにいた。今日は霧が強いのか、それとも東京の空気がやや汚いからなのか、エレベーター越しに見える東京タワーはぼんやりとしていた。なぜだか、スカイツリーはどこにも見えなくて、エレベーターからはただ茶色く濁った東京タワーと、その周りのこまごまとした家屋が見える。ビルディングもほとんどない。東京タワーの高さを上から見下ろせるほどに、エレベーターはなぜかぐいぐいと上昇をつづける。いったいどこまで昇るんだ。文部科学省はこんなに高くそびえたつビルディングだったのか。わたしはしかし、眠かった。そして、エレベーターにひとり乗りながら、立ったまま眠りこけた。幾つか夢を見た。ぼんやりとしていると、エレベーターが250と指しているのが目に入った。しかしエレベーターはまだ加速を続けている。
フェミニズムについて呼び出されたけど、山口敬之氏のこととか話したら怒られるのかな…と私は半目を開けながらぼんやりとかんがえていた。言っちゃいけないことなんだろうか…。
目の前の電光掲示板が267を示したあたりで、エレベーターがチンと音を立ててゆっくりと停止した。エレベーターから一歩出てから、ふと、自分が手ぶらだということに気が付いた。ジーンズにシャツという文字通りの普段着に、わたしは鞄も何も持っていなかった。あれ、何か持ってたと思ってたけど、どこに置いてきたんだろう。エレベーターの中だろうか。いやいや、あの中ではただ眠ってただけだから、何も忘れたりはしていないはず。どこか別のところにでも置き忘れたんだろうか。それとも、ほんとうにはじめから手ぶらだったのだろうか。
ふいに尿意を感じた。トイレ行きたい。とりあえず歩き出す。エレベーターを一歩出た先は、格調高いオフィスのように見えた。細長い通路。扉の閉まった部屋がいくつもある。それぞれの部屋には「会議室ー1」というように、白いプレートが掲げてある。扉も壁も、すべて木製だった。匂いはしない。
ところどころ扉が開いていて、中からご婦人たちが出てくる。会話する声も聞こえる。彼らはわたしには気にも留めず、会談を続ける。細い通路を道なりに進んでいくと、角にお手洗いを発見した。男性用トイレの入り口と女性用トイレの入り口の間が5メートルほど離れていて、それぞれの入り口を塞ぐ形で、長方形の白く長いプラスチックテーブルが置かれている。その手前にはそれぞれ女性が何か書類を手にして座っていた。パスポートとおぼしき手帳も置いてある。わたしが女性用トイレに向かうと、女性用トイレの前に座っていた小太りの女性がすっと立ち上がった。やや微笑んでいる。
「身分を確認したいのですが、身分証はお持ちですか?」
女性は手にしている書類をこちらに示した。第一級身分証から第三級身分証まで、それぞれ項目別に書き示してある。第一級は運転免許証、パスポート。第二級は住民票、学生証等。第三級はさいきん受け取った領収書など。
「持ってないです」
「学生証などはありますか?」
「持ってないです」
その女性は困ったような顔を少ししたけれど、すぐに真顔に戻った。わたしは「やっぱり事前に荷物を電話確認するべきだった」と後悔した。なんで何も持ってこなかったんだ。セキュリティも厳しいだろうに、パスポートも持ってくればよかった。
トイレに入るのを諦めて引き返そうとしたが、どうしても尿意が我慢できず、もう一度その女性に近づく。
「トイレつかってもいいですか」
その女性は何かつぶやいたが、よく聞こえなかった。ただ、入り口を開けて、手招きしてくれたので、とりあえず身分証はないがオッケーらしい。じゃあなんで身分証確認する必要があるんだろうか。

どうもありがとう。
2

MM

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