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月とビールとAppleTVの話。

毎日毎日、つまらなくはないのだが、面白いことが本当に少なくなった。プラモへの熱とか、書き続けることに対する意地みたいなものは決して失われていないのだけれど、胸が張り裂けそうな景色を見たり、見知らぬ土地を目指す乗り物の中でその高揚感を加速してくれるような本を読むこともない。ただひたすら、半径数キロの暮らしが続いていく。

家からなるべく出るなという時期がいったん終わって、それでもテレビは感染者数の話かそんなことを全く気にしていないフリをした馬鹿笑いかの二択しかないのに辟易していた。家でひとりになる時間、音楽を聴きながらも何かが動いている気配のようなものが欲しくて、僕はAppleTVを新調することにしたのだった。

AppleTV 4Kを買ってきて、セットアップの快適さに驚く。いちいち各種サービスのIDやらパスワードやらを設定しなくても、手元にあるiPhoneと連携してスルスルと使えるようになっていくさまは未来的だし、レスポンスもいままで使っていたものより何倍も速い。

驚いたのが、スクリーンセーバーの美しさである。いや、正確に言うとその美しさを僕は知っていた。会社の会議室で「この恐ろしくキレイな空撮や海中の映像はいったいなんなんだ」と驚いてからこっち、僕はAppleTVよりもそのスクリーンセーバーそのものを欲していたのだ。

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じつに9GBに及ぶ映像データを途切れなく再生しながら地味な4つ打ちを流してぼうっとする時間。せわしなく情報をかき集め、吟味し、それらを再構築して自分の確かな考えや快不快と照らし合わせる作業に疲れきっていたここ数ヶ月で、AppleTVがもたらしてくれる正しいノイズは、とても優しかった。

母親の誕生日にも、AppleTVを贈った。「セットアップを自力でやるのは無理だろうな」という予感はあたりまえのように的中し、「飯を食いがてら設定をしに来てほしい」という連絡が入ったので、ビールとチューハイを何本か持ってさほど遠くない実家へと向かった。

電源をつなぎ、テレビの裏の端子の位置を確認して、はたと気づく。AppleTVとテレビを繋ぐHDMIケーブルがない。夕食の支度をあらかた終えていた母親がクルマを出すというので、思いがけぬ夕刻のドライブとなった。少し離れたドン・キホーテのAV機器を扱うコーナーでなるべくコシのないHDMIケーブルを見繕って帰ると、父と母のふたりに「AppleTVのある暮らし」が訪れた。

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他愛もない話をしながら奮発して用意してくれた刺し身を食べ、ビールを流し込みながらAppleTVの取り扱い方法を母親に説明する。Amazon Primeで映画やドラマを楽しめること、YouTubeをいちいちiPhoneからミラーリングしなくてもいいこと、ネイティブで走るアプリがない場合はiPhoneのミラーリング機能を使うこともできること。そしてもちろん、スクリーンセーバーの映像が素晴らしいこと。

試しにAmazon Primeで映画を再生するところまでやってみよう、と僕が選んだのは昨年公開されたドキュメンタリー映画である『アポロ11』だった。単にサッと選べるところにサムネイルがあって、自分が何度も見ているという理由で選んだまで。しかし、映画が再生されるや否や、二人合わせて130歳になる両親はその画面から目を離さずに食い入るように見つめていた。

70mmフィルムで撮影されたどこまでもクリアーなケープ・カナベラルのカラー映像が、両親の海馬に突き刺さったのだろう。アポロ計画をリアルタイムで目撃した両親は、結局ラストまで酒を呑みながらこの映画を完走し、「まだ飲むだろう」と繰り返す母親のおかげで、僕のグラスも結局いつまでも空にならなかった。

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翌日仕事があると言い張る両親が寝たのは朝の4時だった。僕は一人で缶ビールをもう一本持ち、実家から気が済むまで歩いた。薄明の空は美しく、誰もいない町をマスクもせずにただひたすら歩くのは爽快だった。

今日も見たいと思えるテレビ番組はなくて、家には自分ひとり。ただ酒を飲んでスマホを撫でているだけではもったいないと思ったから、AppleTVにキレイな映像を流しながらこうして文を書いている。願わくば、この美しい景色たちをもういちどこの目で見られる日々が帰らんことを。そして、両親にも半径数キロの外側に広がる暮らしが戻らんことを。

近々また人類が月に向かうとき、僕たちはその打ち上げシーンをYouTubeの中継で眺めるのだろう。AppleTVの繋がったテレビを前に、刺し身をアテにビールを呑みながら。

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