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初めての家庭教師(バイト体験記)

過去色々な生徒に出会ったが、一番強烈に印象が残っているのが、大学時代の最初の生徒である。

人生初の家庭教師だからなのか?
いや、違う。
あまりにも特殊なパターンだったからだ。

最初、どうやって生徒を見つければ良いかわからなかった。
1回生の秋頃、キャンパス内の掲示板で「家庭教師登録募集」の文字を見つけて、ある会社に面接に行き、登録した。
すると、1週間後位に電話がかかってきた。
ちょっと遠かったが、交通費は出ると言うので、やってみることにした。

中3の女子。この時期から家庭教師付けるって?
乗ったことのない大阪市バスに乗り、指示通り向かう。
正直なところ、ちょっと怖い感じのエリアだった。
ある団地の2階。
インターホンを押すと小柄な少年が出てきた。
恥ずかしそうにぴょこんと頭を下げる。

「あー、入ってやー」
奥から女性の声。

そして息を飲んだ。
「どーしてここに?」
極妻の撮影合間に来ていた岩下志麻。
艶やかな紫の着物、見事に結い上げた髪。

三つ指ついて、おでこを畳まで。
「よろしゅうお頼もうします。おるぁ、お前も頭下げんかいっ!」

え゛?
やめてやめてー。

って、これが、お母さんですかっ?
そして少年は?
え、女の子ーーーっ?

要約すれば、出勤前のラウンジのママとボーイッシュな女の子ってだけだ。でもあまりにも情報が多すぎた。
呆然としすぎて、逆に変なリアクション取らずに済んだ。

玄関にはキューンキューンと切なく鳴くヨレヨレの大きな元捨て犬。
全てのお客さんの靴を噛みしだくので、靴を隠すよう命じられる。

家の中には牙を剥いて吠えまくるマルチーズ。
血を見たくなかったら、絶対手を出してはならぬと。

3匹のネコは大運動会を開催していた。
これらは気にしないでやって欲しいと。

カオスであった。
団地はペット禁止なのにこっそり飼っていると。
こっそり・・・って?
その不思議な表現に、辞書を引いて「こっそり」の意味を再確認した。

「とにかくな。こないだ懇談行ったら、高校どっこも行かれへんって言うわけ。んなもんで、先生頼るしかないわけ」

生まれて初めての家庭教師の私でええんですか?って話。
偏差値が34とか?
今まで自分のことしか考えない受験生だったので、偏差値40切る人がいるとか知らなった。
いや、いるんだろうけど、その人がどういう感じで勉強するべきなのか想像できなかった。

お母さんは夜のお仕事。
お父さんは深夜のタクシードライバー。
一人っ子。
良からぬ友達と夜通しつるんで、路上にたむろしていたようだ。
そして学校も行っていなかったり。

いや、やれるだけのことはやるけど、3年の11月。
どうして今まで放置したのよー。

でも、引き受けたからにはと、私なりに一生懸命やった。
アルファベットもギリギリだし、数学どころか算数も怪しい。

ところが、そんな心配をよそに、お母さんは私に真剣さを求めていないことに気付いた。

勉強しているこたつの真横で、お母さんは下着姿でタバコをふかす。
そして電話かけまくる。
「あーーシャチョーーお元気ですのん?ご無沙汰してますやん。顔出してくださいよぉ。え?うんうん、そーやねぇ・・・」
などと会話している。
電話を切って、
「いっちょあがりー。このおっさんチャビン(禿げの意味)やで」
と眉間にしわを寄せて煙を吐く。

そして、下着姿のまま早めの晩御飯を食べる。
台所で、箸に焼き魚をはさんでこちらに見せる。
「せんせーー?サバ好きか?」
「え?嫌いじゃないですけど」
「食べるぅ?」

え゛?
「あ、今勉強してるんで遠慮しときます。ありがとうございます」
「えー、そんな勉強なんてどーでもええやん。今さらどうしようもないで」

え゛?
それお母さんが言っちゃうの?

そうこうしながら、お母さんは支度を始める。
カーラーを外して、素敵なヘアスタイルへ。
「今日は自分でやるねん」
そう、いつもは美容室へ行っている。
メイクもする。
「さ、化けるでぇー。騙すでぇー」
その頃、ほとんどメイクしたことがなかったので、メイクの脅威を知った。

実質3か月ほど彼女と過ごした。
でも、やはり力及ばず。急に成績が上がることもなかった。
今若干キャリアを積んだ私も、過去の自分に言ってやりたい。
「無理やで」

2月になって私立入試が始まる頃、私は自分の至らなさを謝罪した。
「あまりお役に立てなくて・・・」

すると、お母さんは
「いや、もう大丈夫や!先生心配せんとって。先生よーやってくれはった。でも絶対合格するから」

「え?そうなんですか?」

「うん、私な、こないだ菓子折り持って理事長に会ってきてん。言っとくけどお菓子だけちゃうで。お菓子は上の段だけや。ほんで体張ってきたから」

え゛ーーーっ??

彼女は無事合格した。

<追記>
彼女はとっても良い子で、この辺り危ないからといつもバス停まで見送ってくれたのでした。どうしてるかなと今でも思います。

またまた長くなりました。削りたいのですがどこを削れば良いかわからなくて。




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