彼は知らないまま。(超短編小説#5)
二人を乗せたリムジンバスは首都高速から、あっという間にアクアラインへと入っていった。
隣の雅喜は窓の外に視線を向け、流れる無機質なグレーが続く景色を眺めていた。
繋いでいる真希の右手と、雅喜の左手。
いつものように軽く握られているこの温もりが、真希は大好きだった。
『普通にご飯とみそ汁がいいかな。』
最後くらい好きなものを頼めばいいのに、何を食べたいかという質問に雅喜はこう答えた。
グレーの世界が一瞬でパッと真っ白な世界へ移り変わり、真希はたまらず目を伏せた。
こちらを見る雅喜と目が合い、二人で微笑み合った。
寂しいと言えば寂しいし、決めたことなのだから、割り切れてるといえばそうだった。
いや本当は、とてつもなく寂しくて、実のところ昨日はほとんど眠れなかった。
リムジンバスは大好きな映画のDVDを観るときのように、あっという間に空港へ到着した。
空港ではチェックインを済ませて、時間まで二人でコーヒーを飲みながら待った。
搭乗時間が近くなり、おもむろに雅喜が『これ。』と言って真希に右手を差し出した。
二人で住んでいた家の鍵だった。
付いて来て欲しいとも、
また、付いて行きたいとも、
お互いの思っていることを言わなかった答えが、鍵を包むお互いの手に詰まっているようだった。
『気をつけてね。着いたら一応連絡してね。』
真希は右手に握っている答えの感触を確かめていた。
搭乗ゲートへ入っていくと、雅喜は姿が小さくなるまでこちらに手を振り続けた。
真希もまた、搭乗ゲートに吸い込まれ消えそうなほど小さくなる雅喜に手を振り続けた。
真希の右手は雅喜から受け取った鍵を握りしめていた。
左手は、暖かな温もりをまとわりながら、やさしく真希のお腹に自然とあてられていた。
きっと大丈夫。
真希は背筋を伸ばして、デッキへ続くエスカレーターへ歩き出した。
かめがや ひろしです。いつも読んでいただきありがとうございます。いただいたサポートは、インプットのための小説やうどん、noteを書くときのコーヒーと甘いものにたいせつに使わせていただきます。