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三度目の正直:ホンダ INSIGHT EX(ディーラー試乗)

在りし日の徳大寺先生がこんなことを書いていた。
「クルマの名前が変わらないのにボディスタイルがコロコロ変わるのはコンセプトがない証拠」と。
インサイトを見るたび、いつもこの言葉がフラッシュバックする。
初代は思い切り燃費スペシャル然とした小ぶりな2シーター。
そして2代目はプリウスの増殖を食いとめるべく登場したそっくりなカタチのセダン。
ホンダにありがちな販売の休止期間を経て再登場。こんどは堂々とした体躯で戦うらしい。
たしかに御大がおっしゃるようにコンセプトってなんだね? と問いたくなるのが正直な気持ちだ。

複雑な気持ちで眺めていたら、若手の営業氏は「インサイト」じゃないんです「INSIGHT」なんですって、と申し訳なさそうに説明してくれた。
えー、買う側はそんなのいちばん関係ねえし。営業さんもやりづらそうだ。
当店のは「スキヤキ」じゃないんです「牛切り刻み醤油鍋〜SUKIYAKI」です、と言われた時の恥ずかしさに似ていると思う。
ないけど、そんな状況。

まあそれはさておき外観を眺める。
最近のホンダ車共通の、デザイン意図がよくわからないメッキ多用のフロントマスクは写真で見るよりスッキリしているし、リアビューも余計な飾りがなくシンプルで悪くない。
なにしろシビックのような阿鼻叫喚的キャラクターラインや、下品で意味不明な穿ち穴が開いていないのがいい。
あれは自動車デザインの中二病みたいなものだから、似ていなくて本当によかったと思う。

心配だったのが後席の居住性。あれだけストンと天井が下がっているのだから、さぞかし窮屈ではないかと思っていたのだ。
フロントシートを172cmのドライバーのポジションに合わせ、172cmのパッセンジャーを後席に配置してみる(一人二役)。
足元も天井も余裕綽々。膝の前にコブシは2個以上入るし、天井もコブシ1個以上を受け入れてくれる。クラウンより横方向の圧迫感は少ないと感じたぐらい。
トランクスペースも広大でスクエアだし、使い勝手はかなり良さそうだ。
ワゴンが出たらけっこうヒットするんじゃないか。

運転席に座ってみる。第一印象はダッシュパネルが全体的にもっちり分厚いと感じたこと。見た目の高級感はあるけれど、開放感は少ない。
在りし日のホンダ車は視界が広く、まるで上半身を車外に晒しながら走っていると感じたものだが、安全性の要件などでこうなってしまったのだろう。
物入れはいちいち仕切りがなく大雑把ではあるけれど、大容量なので使い勝手は良さそうだ。
内装色のバリエーションが選べるようになったら、こだわりのステッチや質感が引き立ち、かなり華やぐかもしれない。黒一色なのが非常に惜しい。

ハイブリッド車が発進状態になってもウンともスンとも言わないのには未だに慣れない。続発する誤発進の原因じゃないかといつも思いながら恐る恐るアクセルを踏む。
走り出しは実に滑らか。
ステアリングの手応えは軽く、大柄な割に回転半径も小さいから扱いやすそう。
クゥーーンと軽快なモーター音を発しながら進む。数センチだけ空中に浮いているような滑走感を味わえるのがいい。トヨタのハイブリッドシステムに比べてモーターが力強い分、エンジンを回さなくてもいい領域が広いようだ。
感心したのは、意地悪でアクセルを深く踏んだときの静粛性。気づいたらエンジンの介入が始まっていた、ぐらいの感じ。
プリウスやカムリは「ぶるん、ぼへー」と明確にそれがよくわかるのだが。
これはインサイト…いやINSIGHTの大きなアドバンテージだろう。

ちょっとどうかと思ったのは、走行中のメーター周りのうるささだろうか。
声高にハイブリッドを表現しすぎるあまり、緑や青の多用で安っぽく気恥ずかしいことになっている点が、上品で静粛なイメージを大きく削いでいるような気がする。

これ、日本車全体にも言えることなのだけれど、ハイブリッドなど当たり前になってしまったこの時代にまだ「いまモーターで走ってます! はい、いまエンジン介入しましたよ!」などとせわしなく表現するゲージが本当に必要なのかどうか、真剣に考えたほうがいいと思う。だってカッコ悪いんだもの。

その影響でステアリングについているパドルでシフトダウンした時「いま何速落としたか?」などの当たり前の状況が異様に分かりにくくなっている(数字で表現されない)なんて事態が起きており、インターフェイスとはなんだね? と菅原文太のようにホンダの担当者に詰め寄りたくなった次第である。

巷間プリウスのライバル再登場! しかし値段が高いしなんなの? という声が支配的ではあるけれど、そこはよく見て欲しい。
INSIGHTはライバルが後付けしなきゃいけない安全装備パッケージやカーナビ、ETCがすでに装備されている値段なのだ。
同じくモーターを積極活用するプリウスPHVと比較して悩める範囲だろう。INSIGHTの方が軽量だし、充電スポットを気にする必要もない。
街のチョイ乗りならばうまくエンジンを起こさず走ることも可能だろう。

けっこう贅沢なハイブリッドシステムの構造、内外装の質などなどを考えるとあの値段になってしまうのは致し方ないところ。
ペラっとなってしまったクラウンに違和感を拭いきれない方や、派手すぎるカムリにどうしても馴染めない方、プリウスのカタチはどうだろう…と感じている方は一度乗ってみることをお勧めしたい。
派手さはないけれど実直で真面目なセダンとしても、滑らかで案外スポーティな走りぶりを披露する経済的なアシとしても満足度の高い選択になると思う。

今度こそ、三度目の正直として名前が定着することを願いたい。
それにしても、なんで失敗したブランド名で市場に打って出ようと思ったんだろう…。
名前以外、いいクルマなのになあ。