看取るということは


「もう来ならんでええ」

そう言いつつも95歳になる祖母は病室で、きつく握ったわたしの手を一向に離そうとしないのだった。

鳥取に住む父方の祖母が現在危篤状態にある。
我が家は長寿家系で誰ひとりボケもせず、これがわたしにとってはじめての「身近な人物の死にぎわ直面状態」となる。

わたしは幼い頃から、この時が来るのを恐れていた。

わたしの祖父母はみな善人である。誰か1人でも死んだら自分も生きていけないかもしれないと思っていた。

しかし実際のところは、想像していたのと少し違った。

わたしは来るべき祖母の葬式で泣くだろうが、もしかすると翌日には元気いっぱいで仕事に行くかもしれないとも思う。

危篤とは「いつ死んでもおかしくない」という意味だ。祖母はこの状態が2ヶ月続いている。

身内にとって、この状況での立ち回りは本当に難しい。
祖母は今夜死んでも全く不思議じゃない。でも3ヶ月後生きている可能性もゼロではない。
見極めようは、ない。

1ヶ月の間に、医師から「今日か明日がヤマなので親族を集めてください」と言われることが3度あった。
祖母の長男である埼玉に住む叔父夫婦は、2回目の招集を祖母が持ちこたえたとき「もう葬式まで来ない」と宣言した。

「この人でなし!」と激昂した父母の姿は人間として道徳的に美しい。

しかし「もう別れはすませた」という叔父たちの言い分も、悲しいけれど理解できる。

生きている側にも生活があるし、今後も生活していかねばならないから。

父母とて、祖母の世話を病院に丸投げすることもできるのだ。
しかしそれだと良心の呵責に耐えられないから祖母の世話を続けているのであって。それってつまるところ自己満足なわけで……とか冷静に分析すると悲しくてやりきれないな。


わたしと妹は東京に住んでいて、祖母のいる鳥取へ行くには片道2万円の交通費と9時間を要する。
共働きの両親に代わって我々の面倒をみてくれていたおばあさん。彼女の人生の千秋楽と預貯金の残高を天秤にかけることなんてできない。
でも、もしかするとあと3ヶ月生きるかもしれない祖母に付き添って3ヶ月仕事を休むこともまた、できない。

叔父同様に「別れは告げた」ことにするという選択肢も含めて、姉妹で話し合った末に出した結論は「おばあさんが1年生きたとしても死ぬまで毎週末、交代で会いに行く」ことだった。

そしてできれば我々は、祖母を看取りたいと思っている。

もうロクに会話もできない祖母は孫たちが見舞いに来ていることも理解しているか怪しい。
「おばあさんが死んだあとに、精一杯会わなかったことを後悔したくない」という、ただ自己満足のために、我々は行動するのである。

精一杯やった結果看取れなかったとしたら、そのときはもう、納得がいくのではないかと期待している。

1ヶ月前の祖母はゼリーかスイカくらいしか食べられず、ずいぶん痩せてしまったと悲しく思ったものだ。現在の祖母は食べ物どころか水を飲むことも禁じられ、その体はミイラといって差し支えない。

本人は飲み食いをしたがっているし、飲み食いすることは恐らく可能なのである。
医者とてそれは解っているが、要するに「誤飲で何かあったときに責任が取れない」という理由で手っ取り早く全て禁止にしているのだ。
万が一何かあった場合、本当に裁判まで起こされてしまうのだから病院側の対応も致し方ないところである。

残り数日の人生を「水が飲みたい」と願い過ごすくらいなら誤飲で死ぬほうが幸せだと、わたしも父母も考えている。

わたしが自己満足のためにこっそり飴やお茶をあげると、祖母は嬉しそうにしている。

「覚悟する期間をおいての死」は本人にとっては辛いだろうけど、残される側の精神的負担は突然死と比べて確実に少なくてすむ。
祖母がまだ生きているのに「喪服はどうしよう?」と話し合う我々の姿は、傍目には不謹慎に映るのかもしれない。けれど全くそんなことはない。悲壮感もない。

余談だが8月16日付の地元紙に、父の父である祖父のインタビュー記事が掲載されていて親族一同大いに慌てた。

戦時中に兵隊としてラバウルに行った祖父は戦争の思い出を語るのが好きだ。
女房が危篤だというのに祖父は自分が死にかけた話を、老人ホームを訪れた女性記者に得意げに3時間も話し続けたという。
このじいさんは100歳まで生きるに違いない。

人は生まれながら余命を生きている。残された時間の過ごし方に正解はなくて、ただ自分がどう生きたいかなのだと思う。

今日はわたしの誕生日だ。

「わたしが主役の特別な日!」という女子っぽい感情を持って生まれたわたしは、これまでの誕生日をクラブで騒いだり恋人と夜景を見て過ごすことで満足を得てきた。

これまで同様に今年のわたしも自己満足のため、今日という日を祖父母と過ごす。


(亀沢郁奈)

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

57

亀沢郁奈

#エッセイ 記事まとめ

noteに投稿されたエッセイをまとめていきます。 photo by 横田裕市( https://note.mu/yokoichi )
1つのマガジンに含まれています

コメント1件

残された時間をどう過ごすのかに正解はない。確かにその通りかもしれません。でも答えが欲しいです。母との残された時間をどのように過ごせばいいのか。どうすれば後悔しなくて済むか
コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。