見出し画像

ファイア・イズ・アウト、リメイニング・ヒート 10


 月は天頂に至り、薄く細く頼りない三日月だけが見下ろす鳶28区、地理的にもマネーゲーム的にもその中心である地上 百階建てのビルディング、ヨロシ鳶ビル ──その外壁、非常階段を昇る影、二つあり。

 存在しない筈の四十四階から出てきたそれは、俄かには信じがたい速度で色付きの風めいて駆け上がる。ブッダ? 機動特化サイバネ置換したパルクーラーであろうか? それとも夜に遊ぶヨーカイヘンゲの類であろうか?

 だが仮に酔狂なヨタモノがハイスピードカメラで撮影していれば分かっただろう。それは人の形をしている。そして二本の生身の脚で移動しているのだ。一人は痛々しく焼け焦げたイタマエ装束を纏う壮健な印象の青年。そしてもう一人は、男とも女でもない男女平均的アトモスフィアを持つニンジャ。そう。二人はニンジャである!

 いや……よく見れば三人か。イタマエ装束の青年はぐったりとしたローティーンの少女を抱いている。「スネークフット=サンの容態が悪い……やはりスシを四つ食わせるべきだったか……!」悔いる口調の青年は言ってから、唇を血が出るほどに噛み締める。

 脳裏に出来するは先の光景。"カズヤ"が探していた"フレデリカ"が──否、"コックハート"がようやく見つけた"フレイムキャリアー"が、黒焦げたスシを踏み潰す光景。思い出すだけで心臓を踏み潰されるような心地になる。そして時折窓の向こうのオフィス、夜も更けているというのに、未だ忙しく立ち働く人々を悲しげに眺め遣った。

 男女平均人物はただ無言で脚を動かしていた。無意味な反復行動ルーチンじみて踊り場で折り返し、また昇る。折り返し。昇る。単純な道程は、絡みつく思考を振り払う事もあれば、かえって反響させ、増幅させる事もある。

 男女平均ニンジャは繰り返している。先の…………別れたシーンを。(((これでいい。)))彼、あるいは彼女、ノーボーダーは独りごちた。(((これで私は体よく死地から逃れられたワケだから。これでいい)))

 何故彼らは下ではなく上に向かっているのか? コックハートは「このビルに残っているモータルを逃がす」を本当に階下に残した彼らと共闘する一環だと思っており、またその効率的手段をノーボーダーに問うた。ノーボーダーは社長室から警報なり放送なりを出すのが一番であろう、そしてこうした高層ビルにおいて、社長室とは最上階に違いない、と教授したのだ。

 ではノーボーダーがその"使命"に対して乗り気であるかと問うならば、sろえは否である。ノーボーダーのそれは、惰性にも等しかった。始め、始めの始めは、気のいいニンジャニュービーにいい顔をしたいという、幼稚な、そしてアウトローにとっては切実な感情だけだった。そうすれば、こんな自分でも少しマシな存在であるように思えるから。

 だが今は、全てが惰性だった。(((とにかく横になりたい。身動きもできないような狭いカプセルホテルで何も考えず……)))だが、ニンジャの速度は、積極的な怠惰の暇すらも与えず、状況を次に進める。

「最上階だぞ!」イタマエ装束の青年が言うが早いか、カーボンフスマを開いた。ドアノブは抵抗なく回った。ロック機構が既に破壊されているのだ。不意の室内の光に、ノーボーダーの無きに等しい月明かりに慣れた目が痛んだ。

 果たして、中にいたモータルはただ一人。上等のビジネススーツ、金のネクタイピン、金のヨロシ社章、そして口に豚足を詰めこんでいる。顔色は死人じみて青い ──否、どう見てもオタッシャしている。「……これは? もしかして……」コックハートが唸った。

「豚足を急いで食べようとして口に詰まらせ、窒息したのか?」コックハートはこの状況対する一般的見解を示し、ノーボーダーは一秒、口を噤んだ。そして一秒後、ノーボーダーは「そうかもね」とだけ答えた。

 口に豚足。それは闇の世界における『ニンジャ案件・手出し無用』の符牒だ。だが、それを教えてどうなろう?  これは先のソウカイヤのニンジャ……サボターがやったのであろうか? それともサタナキアが? ……ノーボーダーは自嘲した。たとえそれをやったのが自分であろうと、どれだけの違いもありはしない。

 卑小な意地だと分かっている。とんでもない偽善、いや、邪悪だと思う。それでも、彼をこのイクサから逃がしたいと思った…………彼らのその心根は、分からなくも、ない。ないのだ。

「……サイオー・ホースね。社長サンには悪いけど、全館放送を使わせてもらって、避難を呼びかけましょう」「ムゥ……仕方がないか。俺は機械が分からない。任せていいだろうか?」ノーボーダーが頷くと、コックハートはヨシ、と呟き、スネークフットと反対の肩に社長の遺体を担ごうとした。

ノーボーダーは青年を制した。「それ……その人は、コトが済んだら私が持って……担いで降りるわ」「そうか? いや……では、スネークフット=サンも頼む」「エ?」青年は来客対応の上等なオーガニックレザーソファーに担いでいた少女を横たえると、エレベーターのカーボンフスマの前に立った。

「放送だけでは、聞こえなくて動かない人間がいるかもしれない。俺が呼びかけていく」「…………ネェ、そこまでする必要があるの? あなたは孤児で、彼らはカチグミ、搾取者……ネガティブな感情とかないの?」ノーボーダーは自分のコトダマに、自分でも意外なほどドロドロとした感情が流れ込むのを止められなかった。

 どうしてこんな事を言っているのだろう? コックハートとて、まったくこの社会の現実を知らないというわけではない。「子供の語る理想に対し『現実』を語り聞かせて、自己嫌悪の内に泥めいた安心感を得る」……そのような心情は、どのような意味でも不適切だ。

「彼らはヘクションセンベイだ」コックハートは堂々と言った。「階段を登る時、ノーボーダー=サンも見ていただろう? 彼らはこんな時間になっても働いている……自分の為にか。仲間の為にか」確信に満ちて、コックハートは拳を握った。

「それが簡単に失われていいはずがない」「…………」ノーボーダーはしばし沈黙した。(((私は、そんなもの見もしなかった。だってそういうものだって知ってるし……知ってるつもりになって)))

 そしてハッと気が付き、言った。「もしかして『一所懸命』?」「そう、それだ!」「フフッ」ノーボーダーは口元に渋さを残しながら、それでも笑った。

「……そう。そうね。警報だけだと避難訓練だと思って動かないかも……」「なるほど、そういうのもあるのか」青年は頷き、エレベーターに近付き、ボタンを押下した。非常階段の他には唯一の出入口である。

「ム……? エレベーターが動かないな?」コックハートはしばし待ち、もう一度呼び出しボタンを押下する……しかし階数表示は動かず、首を捻る。「マッタ。それ以上ボタンを押さないで」ノーボーダーがエレベーターのパネル前に移動し、しゃがみ込んでボタン機構を改めた。

「やっぱり……小型の生体認証がついてる。これ以上押下するとロックされるかも」「なるほど」「社長の指を……」「では、非常階段でフロアを回る」言うが早いが、青年は今しがた飛び込んで来た非常階段へと戻っていく。高層ビルに叩きつける夜風が侵入り込んだ。遠くをマグロツェッペリンが横切った。


「任せたぞ、ノーボーダー=サン!」


「ええ」室内の空気の流出が止む。静音空調の奥ゆかしい音。UNIXの動作音。スネークフットの苦し気な寝息。自らのいささか乱れた心音。すぐに平静になってゆく。「そうよ」社長の遺体が座す椅子を横に押しやると、デスク上を虚心に俯瞰する。合理的導線。意識の流れと、流れを切る場所。作られた死角。秘密の場所。

「…………」デスクの二番目の引き出し、その裏蓋。テープで止められたごく小さな鍵を取り外し、一段目の引き出しの小さな錠に差し込んだ。開く。中には数枚のクレジット素子、小分けされた違法大トロ粉末、チャカ・ガン。そして複数の緊急対応スイッチ。

 しばし検討してから、「全館セキュリティ解除」と「全館アラーム発報」。それから最後に「これは訓練でない」と表示されたボタンを押下。防音断熱構造で遮蔽された空間にも、全館アラームの振動がかすかに伝わってくる。空調が効いてきたか、少し熱いくらい。

 クレジット素子と大トロ粉末を懐に入れ、少し迷ってからチャカ・ガンをそのままに引き出しを戻した。「キャラじゃないわよ」左手に社長の遺体を。右手に寝息を立てるスネークフットを横目に、ニンジャは歩み、エレベーターのボタンを押下する。セキュリティは解除されている。階数表示が1階から上昇する。

 静音空調の奥ゆかしい音。UNIXの動作音。スネークフットの苦し気な寝息。平静な自分の呼吸。階数表示の上昇。

「何が、任せたよ」ニンジャは強いて己の表情を歪め、笑う。「何が、足手まといよ」ニンジャは強く己の表情を歪め、嗤う。

「やる事はやったっつーの。チャカ・ガンの一つ二つで何ができるってのよ。それで何? ヒーロー気取り?『全員死ぬ事はない! お前だけでも逃げろ!』って? ハハ……噛ませ犬でしょそれじゃ」ポーン。エレベーターのカーボンフスマが開いた。


「キャラじゃないって……」





 ミゼリコルティアとサボター、そしてアングバンドがタタミ二枚の距離で三角形フォーメーションを保つ。少し離れてキャタリナ。キャタリナの性能もイクサの経験も、即興の連携には適していない為だ。

 対するのは身長666センチじみた三本腕の怪。カンガルー脚に黒山羊頭の異形巨体。アングバンドはどこかマンティス・オノめいてチャカ・ガンを付きつけながら、強いて憎まれ口を叩いた。

「ッハッ、それがリアルニンジャ様のスーパー変身かよ? 大した事ねェじゃねェか、エエッ? もう二人逃げたぜ。餓死するライオンめいてマヌケ!」黒山羊の瞼が上がり、縦長の瞳、その下半分を隠した。あからさまな、人間的な、嘲笑の意図。そして人間五十人ランダムミキシングめいた多重音声を吐き出した。

「フフ……些事。元々彼らは逃がしても問題のない個体だったのです」「……フン」アングバンドは殺意を視線に乗せたまま笑った。「ッ負け惜しみはそこらのニンジャと変わらねェな? もっと歴史ある雅な戯言を吐けよ」タタラ・ニンジャは鼻から太い息を吐く。

「アンバーンド=サンの参加は繰り返しますが実際サプライズ……。おかげで儀式に必要なエレメントが十分量手に入る……。直接殺人行為の回数が少ないニンジャなど、いくら逃げても問題はない」「儀式……?」ミゼリコルティアが眉を顰めた。この異形の巨体を手にする事が目的ではないのか?

「意外だったのはむしろ貴方ですよ、ミゼリコルティア=サン」「ア?」急に水を向けられ、ミゼリコルティアはキロリとその目を射抜いた。怪物はただ喉を震わせる。「逃げなかったのですね? コーベインに目が眩みましたか? それで命を落としていては……フフ……仕方がない」

 怪物は続ける。「コーベインならスネークフット=サンに預けましたよ。これから……不要になるものですので……フフ……彼女を追って離脱されては?」「アー、そりゃ惜しい事したな」ミゼリコルティアは懐からタバコを取り出し、火を点けて咥えた。「そんで、これ何の時間? トンズラこいてもいいって?」

「背中から刺そうとしているとお考えで? フフ……私は貴方のワザマエと状況判断を実際評価していますよ。本当に意外だっただけです。それに、依頼人はカズヤ=サンだったのでは?」「そうな」ミゼリコルティアがタバコに呼気を送り込む。先端が強く橙色に光る。「それより前にアンタが依頼人だった。忘れたワケじゃねぇよな?」

「ミゼリコルティア=サン、アナタ……」サボターが足先を僅かにミゼリコルティアの方へと向ける。アングバンドは僅かに口の端を歪めた。「なるほど」怪物が嗤った。「今、彼らを爆発四散させて私に取り入ると?」

 傭兵ニンジャは煙を深く吸い込み、そして吐き出した。「依頼人っつーのは隠し事をするもんだ。敵味方の規模。本当の狙い。テメェの所属、理念、ケツモチ、エトセトラエトセトラ……」そして今一度深く吸う。

「フー…… ま、それは良いんだよ。どうでも。正直に言えば興味もねーし。アタシらだって割り引いて考えるさ」傭兵はタバコを持ったまま、鷹揚に手を広げた。

「だがな」ミゼリコルティアは笑った。獣のような笑みを。「アンタは依頼についてウソをついたな? クソ戦場に叩き込んで、死ねばカネも払わないで知らんフリしようとした。それは"裏切り"だとアタシは定義する。裏切りには……ケジメが必要なんだ。必ず。要るんだ。傭兵は舐められたら終わりなんだよ」

 そうして八割方残るタバコを地面に落とし、踏み躙る。傭兵は不敵に笑い、カラテを構えた。「これは傭兵のイクサじゃない? 違うね。これが傭兵のイクサだよ。ジス・イズ・マイ・ビズ。タバコ休憩ありがとよ」

「イヤーッ!」虚を突くサボターのロシア風スリケン連続投擲! コウモリじみた巨大な翼が背面へと回りキャッチ! 「イヤーッ!」アングバンドの射撃!「フフ……弱敵!」サタナキアは構わずタイガークローによるフック軌道で弾丸を弾き散らしながらミゼリコルティアを急襲!「イヤーッ!」

 ミゼリコルティアは半身になって右側、フック軌道の外側に侵入しさらに回転、肘関節部に先とは異なり、アクター・ジツで固めた拳でカラテを叩き込む! 回転力も乗り、実際ジゴクじみた一撃!

「フフ……」鈍い手応え。ダメージはある……はずだ。だがアニマルの緊密な筋肉に加え、長い毛足はそれだけで打撃を大きく減衰する!そして……来る! 理不尽なる一撃が!

「イヤーッ!」サタナキアが第三の腕、黒く太い触手を叩きつけると、地面をショック伝導!「「「グワーッ!」」」

 触手がもたらすショックそれ自体は大したダメージではない。しかしニンジャのイクサにおける集団強制スタンの優位性たるや!「イヤーッ」サタナキアはそのままカンガルーの脚を交互に動かし、定常円めいた円運動! 伸ばした触手でミゼリコルティアを、アングバンドを、サボターを順に薙ぎ払う!「グワーッ!」「グワーッ!」「グワーッ!」

「こっちだクソ野郎!」触手のスタン攻撃範囲外に飛び離れていたキャタリナが、再びのステップイン! 繰り出されるタイガーアームを跳躍回避……「何!?」避けた先には翼手! キャタリナは舟の帆に直撃した小石めいて包み込まれる! そのまま回転運動……からの投擲!「グワーッ!」

「テメッコラーッ!」薙ぎ払われ、地面に叩きつけられながらもアングバンドは発砲! だが翼手によって弾かれる! 攻防一体!「フホハハハ!イヤーッ!」ゴウランガ! 円運動二周目! 二周目の触手!二周目の翼手!

 このまま伏せていればタイガークローが来ると悟ったアングバンドは立ち上がり、跳び込みフリップ回避を試みる!だがアンブレラでボールを回す芸めいて、翼上で転がされ、空中に放り出され地面に叩きつけられる!「グワーッ!?」両手にチャカ・ガンを構える為、上手くウケミが取れない!「フフ……そのようなオモチャに頼るゆえ!」

 そしてサタナキアの攻撃対象はアングバンドだけではない! 地面に伏せるミゼリコルティアとサボターをタイガークローが急襲!「パンキ!」サボターがパンキドーのワーム・ムーブメントにて地面を転がり、攻撃軌道から逃れる!

「イヤーッ!」ミゼリコルティアは前転! 迫る回転攻撃に対して垂直ではなく水平に、ネギトログラインダーめいて回転するサタナキアの軸足に近付く! タイガークエストダンジョン!「イヤーッ!」そして素早く膝立ち姿勢へと身を起こすと、スピン軸足渦中にスリケンを投げ込む!

「イヤーッ!」サタナキアは瞬時軸足を移し、投げ放たれたスリケンをストンプ破壊、更に踏み躙りながら回転!「イヤーッ!」ミゼリコルティアは膝立ち姿勢からスピン軸足渦中にスリケンを投げ込む!「イヤーッ!」サタナキアは瞬時軸足を移し、投げ放たれたスリケンをストンプ破壊、更に踏み躙りながら回転!ギャリギャリ!

「ムッ!?」砕けた破片が纏わる足裏で回転速度維持した為にスリップ発生! 倒れるコマめいてサタナキアが横転する!「イ……」迫る黒山羊の頭に果敢にカラテを構えるミゼリコルティア……しかし直後、攻撃機会を放棄し側転回避! ナムサン、臆したのか!?

「ホハーッ!」傾くサタナキアの背筋に縄めいた筋肉が浮かび、ミゼリコルティアの側転を追う様に、黒山羊の首が振られる! その左右に伸びる螺旋めいたゴートホーンがミゼリコルティアの脚を切りつける!「グワーッ!」傷は浅い! だがゴウランガ! 仮に直撃すれば胴体切断も免れない威力!

「ホハハーッ!」更にサタナキアは左右に首を打ち振る事でゴートホーンを地に打ち付けつつ首の力だけで全身を跳躍、あるいは回転、半回転……更にそこから飛び出す翼腕、タイガークロー、触手、カンガルーキック! 嵐と猛獣が合成しシシマイを踊るが如き悪夢的不規則移動攻撃!

 ダターン! ダターン!「ホホホハハーッ!」「ッオイオイオイオイ、手がつけられねぇぞコレ!」アングバンドはチャカ・ガンの狙いを定める暇すら無く逃げ回るのみ! 攻撃開始数秒で既にヤクザスーツにはいくつかの傷! 次の瞬間には四肢の一本、いや胴体や首が飛びかねない暴威!

 走り回る最中、アングバンドは乗り物酔いめいた感覚を覚える。チャカ・ガンのカメラ・アイ同期による情報酔いだ。「……ッ振り回し過ぎたかよ」アングバンドが仕方なく同期をオフする直前、その一つが不自然なチラつきを捉えた。

「アン?」もう同期は切ってしまった。……だが見逃してはならないと、第六感が告げる。故に、アングバンドは嵐のような攻撃の最中、攻撃軌道以外にまで意識を裂き、肉眼でその違和感を確認するしかない。心霊写真じみた一瞬、一点の映り込みを。「なんだ、アリャ……」そしてアングバンドは捉えた。サタナキアの左目。

 ジャンプ回避は次なる攻撃の餌食になる。ミゼリコルティア自身そう理解していても、僅かずつ、僅かずつ、隙の萌芽とでもいうべきものがスタックし、いつかそのツケを精算する羽目になる。上方からのゴートホーン。そして視界左端でサボターが開脚動作回避した……翼手が来る! 左ナナメ小ジャンプで回避するしかない!

「それですよ。待っていましたよ」空中、ミゼリコルティアとサタナキアの視線がハッキリと合った。そして意図を……殺意をぶつけてきた。それは悪意持つ嵐と目が合うかのような畏怖。サタナキアの左目が黒……"黒"という概念、光の欠落が顕現したかの如き色ならぬ色! これは!

 嵐のような攻撃の中、最も速度に優れるキャタリナは攻撃範囲外に出る事に成功した。さらに攻撃の中心半径からタタミ五枚の距離を離し、大きく息を吐く。そして身震いした。「フーッ」

 身体スペックに飽かせ、狩りのようなイクサばかりしてきたツケか、あるいはサタナキアやフレデリカから受けた言動故か……これだけ動いているのにも関わらず身体の奥底の"冷え"が取れない。あるいは単純に……。

「クソッ、んなワケねぇだろ!」キャタリナは両の手にクナイを出現させた。そしてヤバレカバレめいて直線でサタナキアを捉えようとした時、踊り跳ね回るサタナキアと目が合ったのを感じた。悪意持つ嵐と目が合ったかの如き畏怖。その黒よりも黒き視線。

「避けろ!」遠くでアングバンドが叫んでいる──。

 サタナキアの視線の先にはミゼリコルティア、そしてキャタリナ。キャタリナには格上とのイクサの経験が圧倒に不足している。仮に経験豊富なニンジャであれば、その状況、その悪寒を直截に言い表わすコトダマを思い浮かべられただろう。すなわち、チャリオット・ビハインド・ショーグン。

 だがそれすらも正確ではない。サタナキアの狙いはチャリオットもショーグンも、ただ一手で撃ち抜く事である故に。そしてそれら全てを、キャタリナは理解しない。「……何?」故に意識外、側面から質量の衝突を受けた。

「イヤーッ!」サタナキアの黒より黒き目が十字に広がり……ZOBEEEEEEAM! ゴウランガ……ゴウランガ! 超自然の黒き"線"が放たれ、フロアを水平切断し、赤いゲイシャの絵に逆時計周りに「の」の字を描いた。

 ミゼリコルティアは極限の集中の中、空中で……痛みという非難のサインを響かせる筋肉を強引に捻じ伏せ……捻り……ゴウランガ……! サタナキアが左目から放った黒線の直撃をギリギリで回避!

 だが鈍化する時間間隔の中……黒線は切り上がる!…………切り下がる!…………更に切り上がる! 空中のミゼリコルティアを追う僅かな眼球の動きに、黒線はタイムラグなしで追従し……そして消えた。


 ゴトリ。


 ……CABOOOOM!「……グワーッ!」フロアの遠くで爆発音。そして悲鳴。だがそれらすらアングバンドには遠く。小さく、そして重い音が耳に残った。

 アングバンドは戦慄した。そして否定した。イクサの最中にも関わらず思わず目を瞑り、そして目を見開いた。「ミゼリコルティア=サン……!?」ミゼリコルティアの左手首から先端が切り離され、地面に落ちていた。


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?