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ファイア・イズ・アウト、リメイニング・ヒート 4


 ミゼリコルティア、アングバンド。そしてアンバーンドとコックハートの四人が、『第四搬入路制御室』を出る。そこには奥行き百メートル程の何もない空間が……「ッんだよ……コレ……?」アングバンドが呻いた。

 先程まで、確かにそこには何もない空間が広がっていた。今も……何もないと言えばない。だが床には超自然の朱色のラインが浮かび上がり、左右対称な十二の長方形に区切り、四方の壁には何か……バタフライや、イカ……? 人物画じみたモチーフ、ネコ科の生物などが浮かび上がりつつあった。

 巨大な、プリミティブで荒々しいエネルギーが、芸術的感動に近いアトモスフィアを与える、四人は思わず足を止めた。「……なんだかジキに似てるな……」ミゼリコルティアが呟いた。

 ほんの数分のミーティングの間にも、事態は進行している。それが成った時、何が起こるのか? およそ自分達に都合のいい事柄が発生しえないのだけは確かだ……。コックハートが決然と歩を進め、自然三人が後を追う形になる。

 無言で百メートルを歩いた。巨大な鉄扉は僅かに開き、人一人が通れるスリットが残されている。力尽くで開けたのであろうか? 隙間から見える向こう側はこちら側より暗く、内部を伺う事は出来ない。逆に向こうからこちらは丸見えであろう。

 四人はスリットの正面に立たない様、右の扉前に横並びになり、無言で目線とハンドサインを交わす。意識して大きく息を吐く。それから指を立てる。……三、二……突入。

 コックハートが正面から入り、ミゼリコルティアが前転で左手に展開。角から右手側にクルリ、と両手にチャカ・ガンを構えたアングバンドが侵入する。アンバーンドはコックハートに背中に背中を付けるように侵入すると、ノーボーダーが遠隔制御で鉄扉を閉めるのを……ズゴォーン……確認。前に。敵の方へと向き直った。

 鉄扉が閉まる重々しい音が、巨大な円柱状空間に鳴り響く。……遠くまで、徐々に遠ざかる遠雷のように。……地図からでは分からなかったが、この空間は高さも相当のものだ。ビル10階ほどから上は暗く、正確な高さが測れない。

 空間は混沌としていた。靴底の感覚は、そこがつめたい、剥き出しの土のままである事を伝えてくる。様々な重機や据え置きの機材、部材などが雑然と鉄扉……搬入路前だけは避けて、端に寄せられている。どのように降ろしたのか、引き揚げる気がないとしか思えない大型重機も見られ、全体の圧迫感を高めている。

 このブースだけでいくつかのフロアに区切るはずだったのだろうか。一定の高さ毎に、壁面から中心を円状に繰り抜かれた碁盤の目めいて鉄骨が生えている。それらに投光器がまばらに取り付けられ、威圧的に中心を照らし出していた。

 中心。暗がりに隠れた天から、冷たい剥き出しの土を一直線に貫く円柱エレベーター。その周囲には、古代ギリシャ演芸の舞台めいて踏み均された土だけが存在する。そしてニンジャが。

 踵を浮かせた爪先立ちで、ぷらりと垂らした手は甲を前に、胸を張り、褪色したプラチナブロンドと地毛の入り交じるポニーテールと無防備な横顔を晒し、ぼぅっと、地下の闇に星を探すように、上方を眺めていた。

 ヨガパンツめいた高機能ストレッチ素材のパンツルック、冬場にも関わらずタンクトップのアンダーシャツの上から、ジッパーを下から三割ほど閉じたヤンクじみた改造ジャージを羽織っている。そのヒップは豊満であった。

 いわゆる「ファッションに無頓着である事をステータスとして誇示するレディースヤンクのファッション」であるが、奇妙な機能美めいた統一感アトモスフィアを発していた。

 女性としては長身の部類ではある。だがその独特の立ち姿は、根本的に人間ではない存在が人間の身体に詰め込まれ、適応しているかのような……不整合と調和の、道理に合わない合一を体現しているかのようだ。

 即時の戦闘を想定し張りつめさせていた三人は肩透かしを食うと共に、そのオバケめいた在り方に不気味さを感じざるを得なかった。

「……キリエ」コックハートことカズヤ=カワゴエが呼びかけた。"キリエ"の視線は動かない…………いや、動いた。その反応は国外との映像通信遅延めいて緩慢だ。

 応えはない。コックハートはめげずに声をかけた。「……ひとまず。生きていてよかった。フレデリカとルカは……見なかったか?」「……見なかった、か。……あは、いたんだカズヤ=サン。いたんだ」

 アングバンドは咄嗟にチャカ・ガンを乱射しそうになった己を発見する。(((クソ、ビビッてんのかよ!?)))目の前の存在はまだ戦闘態勢ではない。そうとしか思えない。だが次の瞬間には暴走装甲トラックを目前にハイクを詠む時間もない……そんなシチュエイションに追い込まれるような予感がニューロンを削る。

「ねぇ、なんでソイツと一緒にいるの?」"キリエ"は質問に質問で返した。シツレイ ……とはいえ、そもそもコックハートの言葉を認識したか、甚だ疑問だ。コックハートは可能な限り間を置かず応答した。「ソイツ、とは?」「ルカ=サンは死んだよ。ソイツが殺した」

「そこのパーカーの……ああ、他にもいるね。いたんだ。……はじめまして、皆さん、はじめまして。ドーモ。キャタリナです」

 パーカー姿のニンジャがゆっくりと合掌し……アイサツを返した。「ドーモ、はじめまして。キャタリナ=サン。アンバーンドです」「アンバーンド。ハハ。そう。お前」キャタリナがアンバーンドを見据え、その視界に四人全員を捉えた。

 アイサツをされれば返さねばならない。古事記にもそう書かれている。「ドーモ、キャタリナ=サン。アングバンドです」「ドーモ、ミゼリコルティアです」

「どういう……事だ?!」コックハートが狼狽した。アンバーンドは……手足から熱が失せ……臓腑が煮えるような感覚を味わった。恥。それがアンバーンドの過半を占める心情で、まさにアンバーンド本人がその事に戸惑っていた。

 冤罪への恐れでもなく、罪を暴かれた恐怖からでもなく……まるで不手際を指摘されたような心地。「違う、僕は……」一歩、二歩、退がると大扉に触れ、背中の汗を冷やした。

「アイサツ」キャタリナは向き合わず、横顔のままアンバーンドに視線を……色のない熱線にも似た熾烈な視線を向けながら、言った。「大事だよ」

 最後に残った一人がオジギし、絞り出すような声でアイサツする。「……ドーモ、キリエ=サン」「違うよ」キャタリナは言った。「違う違う違う違う違う……」「……ドーモ、キャタリナ=サン。コックハートです」

 カコッ……何気なく、一歩を踏み出すキャタリナ。爪先立ちで一歩。……大きく開いたヨガめいたパンツの裾から覗くランニングシューズの先端には、U字の鉄が嵌まっている……まるで蹄鉄のように。

 ただ一つの足音が響いただけだ。だが中間は常人の目から消え去り、瞬間移動めいてタタミ一枚を移動したように見えただろう。 ミゼリコルティアとアングバンドはカラテとチャカ・ガンを構えた。

 鉄の爪先が地面を打つ。カコッ……。どこか柔らかみのある硬質音。歩き出す右脚と同時に右手が前に出る奇妙な歩法。それは踵を地面に着けずに歩行する限り、腕と足を逆方向に振るよりも脚の可動域を大きく、歩幅を広げる歩法である。

 ただ歩くだけ。それだけで、バレエで水面を跳ねる様を表現するかのように、地を飛ぶ。そして……一歩ずつ歩幅が……同じ単位時間内で、飛距離が伸びていく。それは言い換えれば加速していくという事。一歩ずつ加速していく。カツーン。加速。一歩ずつ加速する、カツーン、加速。カツーン! 加速!

「ヤベェぞ!」アトモスフィアに呑まれ、悠長に速度を計っている場合ではなかった。BRAM BRAM!「イヤーッ!」チャカ・ガンの銃弾とミゼリコルティアのスリケンが、瞬時に歩を打った場所から到達予測箇所を見極め偏差射撃、偏差投擲……を、キャタリナは背後に置き去る!

「ねぇ、」アンバーンドの右。「なんで」アンバーンドの左。「アンタは」アンバーンドの正面。「カズヤ=サンと一緒にいるのさ」入り込まれている。懐に。既に。

 激烈な殺意に、未だ微睡むアンバーンドのニンジャ本能が引き出され、ワーカー仕様パーカー化学繊維がドロリと溶け、カトンエネルギーと空気中の重金属粒子が結合。艶消しメタリックじみた硬質感を得て再形成。小板鎧めいて全身の動きを阻害しない、ニンジャ装束となった。 

「イ……」「イヤーッ!」三人が背後のアンバーンドを振り返った。そこには卑劣武器ナックルダスターを装着したキャタリナが拳を振り抜いた姿勢で存在した。「……グワーッ!」遅れて正面円柱エレベーターから激突音! アンバーンドはナックルダスター打撃を受け吹き飛ばされていた! 既に!

「イヤーッ!」ミゼリコルティアの背面回し蹴り!「イヤーッ!」キャタリナはバック転から鉄扉を蹴り、ミサイルのように飛翔! 円柱エレベーターからずり落ちる途上のアンバーンドにトビゲリで決断的カイシャクの構えだ! アブナイ!

 アンバーンドは円柱に衝突後、咄嗟に左手足をウケミじみて勢いつけて柱に打ち付ける動作と同時、右手足を円柱から引き剥がす動作! 円柱の側面を転がるようにトビゲリ回避! ワザマエ! カオーン! 円柱エレベーターにU字の刻印! カーン! カーン! 続いて弾痕が穿たれるが、キャタリナはいない! すでに回転しながら飛び降り、エレベーター周囲を走り始めている。

 そう、走り始めている……当然歩くよりも早く加速……加速……! まだまだ加速! スゴク加速! 等比級数的加速! 残像が連なり……砂埃を巻き上げ、叩きつけられ、カタナの刃紋を持つサークルの如く!

 柱から斜めに転げ落ちたアンバーンドが着地の際「イヤーッ!」円柱を取り巻くサークルが縮まり、撥ね飛ばす!「グワーッ!」「イヤーッ!」カトリセンコじみてサークルが広がり、空中のアンバーンドを撥ね飛ばす!「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「グワーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」ゴウランガ! なんたる速度に裏打ちされた強引な連続轢殺攻撃!

 四度目のサークル轢殺攻撃軌道上にミゼリコルティアが割込みスリケンを投げ放つ! カトリセンコのように中心から円心状に広がったなら、外側に行く程見かけの速度が落ちるは道理! キャタリナは……ALAS! 走行中にブリッジ!

 ブリッジ姿勢のままタタミ五枚分を滑り、瞬時呆気に取られるミゼリコルティアの横を通り過ぎ復帰、一歩、二歩、あくまでアンバーンドへの執拗なジャンプパンチ!「イヤーッ!」「イヤーッ!」だが十分な加速度が乗っていないこの攻撃は捌かれる!「イヤーッ!」背後からのミゼリコルティアが跳躍からの対地トビゲリ! 爆ぜる土、横に飛び除くキャタリナ。そこにミゼリコルティアのスリケン、アンバーンドのダート、そしてアングバンドの銃弾!

「イヤーッ!」CLING! アステリスクの軌道で襲い来る攻撃の内、真っ直ぐ追うラインの銃弾をキャタリナはナックルダスターで弾き、残りは強引な加速で振り切る! 土埃を残して、キャタリナは円状空間の端に寄せられた重機の林へと飛び込んだ。

 ザザコ……ザザ……ザザコ……ザ……。不規則な音を……2時方向から、6時方向から、10時方向から……響かせる。集まった三人は自然肩を寄せ……三方向を見据える。2時方向を。6時方向を。10時方向を。

「アンバーンド=サン、ダメージは?」ミゼリコルティアが尋ねた。アンバーンドは口の中の血を呑み下しながら答える。「連続でスクーターに撥ねられたような気分ですけど……動けます」「ニンジャもトラックに撥ねられりゃ実際死ぬぜ? ……カラダニキヲツケテネ」アングバンドがタフに振舞うべく、冗談めかした口調で言った。

「大丈夫です。抵抗できず吹き飛んだのが却ってよかったみたいで……」「それをモノにしろ」ミゼリコルティアは低い声で言った。「モノにしろってのは、常にラグドールめいて無抵抗でいろって意味じゃねぇぞ。抵抗が必要だから抵抗し、抵抗しないのが必要だから抵抗しない。そういうムーブを身に着けろ。学べ。でなきゃ死ぬ」「………………ハイ」

「キリエ!」コックハートは三人から離れた所で、キャタリナの残像を見つけては駆け寄り、不在を見つけては周りを探す事を繰り返していた。明らかに孤立しているが、言葉の通りキャタリナはコックハートをいの一番に……少なくも爆発四散させる気はない様だ。無論、三人の意識の何パーセントかがコックハートへの攻撃兆候を探り続けている、というのもあるかもしれないが……。

 コックハートの呼びかけに応えは無く、ただ高速で回り続ける足音の圧力と、それぞれの呼吸音だけが……。ウォオー…………自己責任ドスエ……クレーン遠隔操作中……クレーンの下に入る事自己責任ドスエ……ウォオー……。

 どうやってこの地下空間に入れたのか不明級にオオキイなクレーン車が起動し、作業者への免責アナウンスを流しながら、そのアームを闇の頂点に向けて突き出していく。ウォオー……。ノーボーダーのハッキング!

「…………」無人で動き出した重機を、キャタリナが如何に考えたかは定かではない。だが気を取られたのは他のニンジャも同じ! 重機の林から飛び出し、一直線にアンバーンドを狙う! その時!

 円柱空間を震わす極大音声放送!「「「オッホホホホ! 遠くからドーモ、キャタリナ=サン。ノーボーダーです!」」」グィン! 急旋回したクレーンアームが高所壁面から伸びた鋼材を根元から千切り飛ばし、軌道上に鋼材落下! ブルズアイ!「……!」反射的にそちらに目を向けた三人の視線と、放送に気を取られ、ウカツなジャンプで鋼材を避け空中のキャタリナの視線が交差する。「マズッ……」

「チェラッコラーッ!」「イヤーッ!」「イヤーッ!」「……イヤーッ!」キャタリナは空中で体を捻り、連続で空中ストンピングじみたムーブを繰り出した! ダートと銃弾の何発かを弾く……。「……グワーッ!」だが当然、全てを避け切れるものではない! スリケンが左脇腹に、チャカ・ガンの一発が右の肋骨に撃ち込まれた! 被弾!

「ハッハーッ!」キャタリナは……対飛翔物ムーブを継続! そのまま地面にキックを打ち付け、地雷爆発じみた土埃! ボッ! ボッ! それを裂いて飛ぶ飛翔物を置き去りにまた重機の林に跳び込み、逃れた。

 アングバンドがリロードしながら呟く。「……マガジン一本分撃ち込んでも死ぬ気が微塵もしなかったから普通に撃ってたけど、ハハ、やっぱ効かネェーのな。とんでもねぇぜ」「……マズいな」ミゼリコルティアもまた、有効打を入れたにも拘らず、それ以前より緊張して見えた。

 ミゼリコルティアは思考を整理がてら、イクサの定石に不慣れなアンバーンドに聞かせるようにその危険を言葉にする。「……スピード特化型は、たいてい外付けで動力を貼りつけてる。だからまぁ、その外付け動力を制御不能にするか、転ばせて床や壁にキスさせれば死ぬ。あと真正面から攻撃しても衝突力倍点で割と死ぬ」ヒュー。アングバンドが口笛を吹いた。

「ッカラテだねぇ」「そう、カラテだ」ミゼリコルティアは頷いた。「スピード特化……じゃねぇ。スピード特化並みのスピードが出せる・・・・・・・・・・・・・・・・・奴。……飛行機は羽を捥げば墜とせるが、キャタピラで空を走る戦車は……厄介だ」

「ルートを……限定する?」アンバーンドが呟いた。三人の間に沈黙が降りた。「キリエ! 聞くんだ!」声と同時、同時に三人は走り出す。アームを伸ばすクレーン車の方へ!

「「「イヤーッ!」」」小型のビルジングを軽々飛び越す高度でジャンプ! クレーンアームを目指す……だが!「行かすワケないよねぇ!」弧を描く動線を下から貫くように一直線に、キャタリナがアンバーンドに対空トビゲリ……「何?」アンバーンドはそれを予知していたかのように両の手でこれを完全にガード! 空中で運動エネルギーを喪失し、両者は同時に……墜ちていく!

 ナムサン、アンバーンドは自身が狙われるのを予知していた。故にこれは誘いだ!「私の火は……周りに誰もいない方がやりやすい」キャタリナの目に嚇怒と……恐怖が宿った。「ヤメロ!」蹴り足を掴まれ落下するままのキャタリナは狼狽する!「エン・ジツ!」「グ、グワーッ!」ナックルダスターを嵌めた手が焼け付き、空中でブザマに手を打ち振る! だが……だが、それで腕のダメージは無くなった。

「……何?」振り落とされたナックルダスターが赤熱しながら地へ落ちていく。手を見る。軽く火傷はしているが、戦闘不能級のダメージでは全くない。「聞いてください、カズヤ=サンは……」キャタリナは蹴り足を曲げ、引き寄せるように強引にアンバーンドに接近!「イヤーッ!」「グワーッ!」ビンタだ!

「……イヤーッ!」「グワーッ!」ビンタだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ビンタだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ビンタだ!「イヤーッ!」「グワーッ!」ビンタだ!「聞……グワーッ!」ビンタだ!アンバーンドは舌を噛み、痛みに悶える!「イヤーッ!」激昂のままに繰り出されるビンタ!「イヤーッ!」「ンアーッ!?」

 落下の先、背が地面に触れたアンバーンドが、ホールドしたコックハートの足首に横方向の力を与えて放り出した! 空中で激しく回転し、地面に叩きつけられる……寸前!「キリエ=サン!」地面に体が着く前に背後からホールドを受け、両足が地面に着かず焦るキャタリナ。いや……この声は。「キリエ=サン……。もう止すんだ」

 キャタリナの両脇から肩をホールドするのはコックハート。落下地点予測は実際キャッチャーフライを受け止めるように容易であった。「イヤーッ! イヤーッ!」ブォン、ブォン……怖ろしい勢いで背後のコックハートの脛を蹴ろうとするキャタリナだが、コックハートは慣れた様子で蹴られそうな脚を蹴りと似た動作で後ろに曲げ、巧みに回避する。

「止すんだ……」荒く息を吐くキャタリナを宥めるようにコックハートが語り掛ける。「アンバーンド=サンがルカを……知らなかった。だが、彼は理由もなくそのような事をする人間ではない。そのように思ったからここまで同道してきたのだ」コックハートは土塗れで立ち上がるアンバーンドに目線を向ける。厳しくも、信頼と覚悟のある目だった。

 目線を受け止めるアンバーンドの……顔色は悪い。だが、逃げるわけでも居直るわけでもない。「ハ……イ」アンバーンドは強く目を閉じた。冷たい汗が目に入り込み、ひどく痛む。ニューロンに去来する光景。

──黒いドヒョウの内側、朱色の禍々しい光が、黒く成り果てた人体のパーツを照らす。大腿骨。肋骨。煙を立てるインプラント金属。光に照らされて尚黒いそれらのカタマリは、光を吸収するようなマットな質感と、溶け落ちた炭素特有の照りを持っていて、夜の死骸のように──。

「私は……ここに来る直前……きっと人を焼いた」アンバーンドは言葉にする事でより露わになる業を前に、震える拳を握り込んだ。……そして、ともすれば自慢話じみて語ろうとする衝動の頭を抑えた。必死に。

「前後の記憶は欠落……している。しています。私が……? いえ。いえ、どのような理由があっても……」「ハハッ……」キャタリナが力無い笑いで、アンバーンドの告解を遮った。「懐かしいな。私らはよくこうやって……やりすぎては……カズヤ=サンに止められてた……」「キリエ=サン?」

「そう。懐かしい。ほんの数ヵ月前の事なのにもう……懐かしいんだよ。私は……もう……」キャタリナは自身をホールドしている腕を上から更にホールドし、両脚を同時に上げ「イィィヤァアーッ!」「ヌゥーッ!?」思い切り振り下ろした! 強靭な脚と背筋から繰り出された運動エネルギーが、シーソーじみてコックハートを空中に、自らの踵を地面に突き立てさせた!

「イヤーッ!」そしてそのままブリッジするように……ナムサン! 背面側に相手の背中を打ち付ける変則パワーボム!「グワーッ!?」背中から地面に叩きつけられたコックハートは視界が白黒し、肺の息を全て吐き出した。だが離さない! キャタリナもまた離さない!

「イ……」二回目の変則パワーボムを加えようとした矢先、銃弾とスリケンが飛来! キャタリナはコックハートを背負ったまま(ゴウランガ!)ステップし、それを躱した。伸ばされたクレーンアームに飛び移った後、アームの半ばに陣取ったミゼリコルティアとアングバンドは交渉を……交渉決裂を見て取り、攻撃を加えたのだ。「……そっか。アイツらもいたね」

 上からの支援攻撃を見て取ったキャタリナは右足を斜め前に、左足を後ろから弧を描いて滑らせつつ右足を斜め前に弧を描いて滑らせつつ左足を後ろから弧を描いて……ナ、ナムサン! コックハートを背負ったままハンマー投げ投擲前動作めいて回転! 目まぐるしく前後を入れ替える事で、支援射撃はフレンドリーファイアのリスク重点!

「ヌゥーッ!?」明滅する視界で何が起こっているか分からず、三半規管にダメージを負い続けるコックハート!「……イヤーッ!」アンバーンドがアンダースロー姿勢でクナイ・ダート投擲! イチかバチかの暴挙か!?

 否、違う! コックハートはキャタリナにより持ち上げられている……言い換えれば地面から浮いている、故に地面スレスレに投擲すればキャタリナの足首だけを狙える算段だ!これは上方から狙う二人には不可能な攻撃!なんたる状況判断か!「イヤーッ!」ゴウランガ! 姿勢の変化で遠心力を制御し、横歩きに回避するキャタリナ。「グワーッ!」苦しむコックハート!

 アンバーンドは苦い表情を見せた。このままダート投擲を続けれいればいずれ当てる事は出来る。だが……。「「「行きなさーい!」」」ノーボーダーの大音量放送! そしてキャタリナとコックハート向けリモート発進するはフォークリフト! ブッダ!? 諸共に串刺しにする気か!?

 否、違う! ノーボーダーはアンバーンドの策をカメラ越しに読み取ったのだ! 突進中にフォーク位置を限界まで下げ、キャタリナの足首を狙う構え! 続いて二台目のフォークリフトが発進! 続いて三台目のフォークリフトが発進! なんたるコントロール技術か! 不完全な権限で三台のフォークリフトを同時制御、三方向同時攻撃をかけた!

 キャタリナが僅かに迷いを見せ回転速度を落とした時、坂巻く遠心力は……いかなるインガオホーか、コックハートの右腕をすっぽ抜けさせた! キャタリナはニンジャ判断力を駆使! そのまま背中で滑らせ、アルゼンチンバックブリーカーじみた姿勢でコックハートを首の後ろ、横向きに抱えたかと思うと……「イヤーッ!」ゴ、ゴウランガ!背後に投げ落とした!

「グワーッ!」激しく回転しながら地面に叩きつけられるコックハート! その衝撃ダメージは甚大! 彼に進路を塞がれたフォークリフトのうちの一台が突進を止め、地面スレスレに投げ放たれたクナイ・ダートをもついでにのように踏み砕くと、キャタリナは停止機体の側面を抜け、そのまま重機の話の中へと分け入っていく。


「あれが厄介だな」斜め六十度に突き上げられたクレーンアームの上、シリンダーの継ぎ目に足をかけ、ミゼリコルティアが呟いた。「……何度でも仕切り直し、好きなタイミングでアンブッシュめいたファースト・アタックを仕掛けられる」彼女は何度か煙草を取り出そうとし、その度自制していた。

「吸っていいんじゃねェの? 煙草。吸いたきゃ」アングバンドもまた、突き出した巻き上げ機構に足をかけ、油断なく二丁のチャカ・ガンを地上に向け構えながら言った。「重点目的はコックハート=サンとアンバーンド=サンだろ」「いや、なんつーか……潮目が変わった感じがする。これは勘だが……」

「ッそうかよ……」アングバンドはクレーンアームの根元に銃口を向け、静かに引き金を絞る準備をする。だが……"ルートを限定されていた"のはその時、どちらの方であったのか。

 彼女は伸ばされたクレーンアーム、その半ば……アングバンドとミゼリコルティアの真下に当たる位置にいた。否、真下から……一歩だけ横にズレる。「なんで私が爪先立ちで走るかワカル?」彼女は誰に聞かせるでもなく呟いた。彼女は今、爪先から踵までを地面に着けていた。普通の立ち姿だ。何も異常な事ではない。それが彼女、キャタリナでさえなかったのなら。

 彼女は次の一歩を踏もうとするかのように、足に力を籠め……踏み出そうとした。浮き上がった足が再び地を踏むことはなかった。刹那……アングバンドとミゼリコルティアの真横に、キャタリナは存在した。「踵からつま先に力を籠めると……ニンジャテコの原理っつーの? カタパルトめいて垂直に飛び出しちまうからさ」

「イヤーッ!」「イヤーッ!」ミゼリコルティアは反応した。それは彼女のニンジャ反応速度、ニンジャ第六感をしても説明のつけ難い、ほとんど奇跡的な察知・対応であった。キャタリナの空中アンブッシュサイドキックにミゼリコルティアのサイドキックが正面衝突する!

 衝突したキックにり空中にカラテ斥力が生じ、その余波でクレーンアームが僅かに傾いだ。「……ンアーッ!」僅差で押し負け、空中に放り出されたのは……ナムサン! ミゼリコルティア!

「ミゼリコルティア=サン!」アングバンドがチャカ・ガンを構えたままの手を差し出した……咄嗟のウカツ! これでは手を掴めない! だが、ミゼリコルティアはその手ではなく二の腕を、両手で挟むようにし、そのままスルスルと交互に動かし、空中に張り渡された縄でも渡るように、器用にアーム上に復帰した。おお、ワザマエ!

 最終的に抱きつくような姿勢から「サンキュ」と一言声をかけられ、俄かに浮足立つものを感じたアングバンドだが、そのような気分はゼロコンマ3秒で押し流されていく。ミゼリコルティア=サンがカラテで押し負けた。こちらは不安定な足場とは言え、あちらが空中で繰り出した蹴りに……その意味は重い。

 外付けの動力によるものではない、脚力による速度……当然、その脚力から繰り出される足技は──。

 キャタリナはアームの縁を掴み、そして、ヒョイと片腕の力だけで登った。クレーンアームの何も足がかりが無い箇所に、左爪先はアーム上面、右爪先はアーム側面にかけ……以てナナメにその姿勢をロックしてみせた。距離は……水平距離にしてタタミ一枚。一触即発という言葉すら生温い、カラテ致死圏。

「やっぱアンタらから先に潰したりしちゃったりしよっかなって思ってさ」ポニーテールのニンジャはごく軽く口にした。「いいだろ。潰れてちょうだいよ」「ガキ。舐めるな」「十年早ェ」傭兵とヤクザのニンジャは揃って嗤った。カラテが……始まる。

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