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ファイア・イズ・アウト、リメイニング・ヒート 11



 ZOBEEEEEEAM!


 衝撃を受けて吹き飛ぶキャタリナの目前を黒線が走る。右から左へ広がるように、上に、下に、上に……空間を掻き混ぜた。空気中の塵が焼き切れるオゾン臭。


 CABOOOOM!


 キャタリナの目前を爆風が走る。左から右へ広がるように、紫色の毒々しい煙……目や鼻の粘膜を刺激する。「ゲホーッ! ゲホ、ゲホ!」

 宙に浮くキャタリナは接地寸前、ナックルダスターを嵌めた両手で強く床を叩き、身を起こす。「ゲホーッ! ゲホ、ゲホ!」これまでの狩りめいたイクサで幾度も行ってきた、技術も何もない強引な手法に、折れて癒着しきっていない肋骨が抗議の痛みと違和を訴えた。だがまだ動ける。キャタリナはそう判断する。

 キャタリナはバックステップで紫の気体から距離を離しながら状況を確認していく。左手、気体の奥に見えるのは、背部に背負っていたシリンダーがサタナキアの黒線により破損・爆発した変態ニンジャ。そして右手にはカラテを交わすフレイムキャリアーとアンバーンド。さらにその奥にはサタナキアら。

 状況から見てフレイムキャリアーとアンバーンド、二人のうちどちらかが自分をサタナキアの攻撃から逃れさせられたのであろう。

「……ミゼリコルティア=サン!」

 遠くで、アングバンドが叫んでいる。四方の壁、朱色の光が映し出す影絵めいた光景。ミゼリコルティアの左手首が落ちた。淀みなくステップを踏んでいたキャタリナが、雨止みめいて僅かずつペースを落とし、二つの戦場から大きく距離を取ると、とうとう脚を止めた。

 息が荒い。キャタリナは大きく息を吸い、数秒止め、大きく吐いた。また両腿を両の掌で叩き、それから己の両頬を叩いた。ヤンクのキアイ・プリセットルーティンめいたムーブ。……しかし、その呼吸の乱れは止むことが無い。

(((コワイ。腕を捥ぐとか……脚を切り落とすとか……コワイ……私は卑怯者で……殺人者で……コワイ、クソッ! カズヤ=サン……!)))


「ウゥーッ!」キャタリナは両の腿を両の掌で叩き、それから己の両頬を叩いた。

「イヤーッ!」「イヤーッ!」モスキートが倒れ、アンバーンドとフレイムキャリアーが一対一になる事で、形勢は明確にフレイムキャリアーに傾きつつあった。

「イヤーッ!」「グワーッ!?」カラテ応酬の中、フレイムキャリアーの爪先を警戒したアンバーンドの目前で手首がクルリと反転し、手の甲が顔面を打った!「イヤッ! イヤーッ!」「イヤーッ! イヤーッ!」フレイムキャリアーは更に手首を逆側に捻り、指先を揃えて顔面を裂く攻撃! これを一歩退いて回避するアンバーンドに追撃の前蹴り!

「グゥーッ!」フレイムキャリアーのロッキンホースめいたブーツのスパイク先端が脛を傷つける。 間合い管理、連携を前提したカラテの組み立て、打ち合えば打ち合う程にフレイムキャリアーのカラテ習熟度は上昇していく。

「今のは目から喉を狙っている間に逆の手が遊んでいたので良くない……」フレイムキャリアーはブツブツと呟く。カラテ習熟度の劇的上昇。それは厳密にはニュービーであるアンバーンドも同じである……だが煮え切らぬカラテを繰り出すアンバーンドを余所に、フレイムキャリアーはカラテ経験を積みつつ、更に自前の頭脳でカラテ学習速度をブーストさせていく!「イヤーッ!」そこにキャタリナが吶喊、アンバーンドをタックルで抱え込み、肩へと担ぎ上げた!「グワーッ!?」

 フレイムキャリアーは腕をダラリと垂らし、キャタリナが距離を離すのを見ていた。キャタリナはそのままタタミ二十枚を離れた。ニンジャの速度であっても"一歩で詰める"とは中々いかない距離であるキャタリナはアンバーンドを抱え上げたまま振り返り、向き合った。

「フレデリカ」「キリエ=サン」二人は一方が緊迫した口調で、一方は旧知に挨拶するように自然に呼び交わした。旧知。それは間違いない。そして遠い。

 二人はニンジャになって以降三ヵ月、一方はその生存を知らず……あるいは考えないようにし、一方はその狼藉をタタラ・ニンジャの悪意のフィルターを通して伝えられているのみ。キャタリナは気付かれないように細く息を吐き、言葉を投げる。

「フレデリカ……とにかく止めなさい! アンバーンド=サンを……殺すつもりでしょ?」「そうだよ」フレイムキャリアーはグルンと猛禽類めいて首を回した。あまりに平板な声。キャタリナは身震いする。(((そもそもこれがおかしいんだ)))

(((フレデリカはクレバーだけど激情家だった……キレて静かになるタイプじゃない。それとも……監禁のストレスっていうのは人をこうしちゃうものなの?)))

「キリエ=サンは負けたんでしょう。ケガもしてる。見ていたらいいよ」フレイムキャリアーの言葉は、単純にキャタリナを"疲れているだろうから"と労わるような、場違いな親切心が滲んでいた。キャタリナは眩暈を堪える。

「私が代わりにやったげる。今はもう、私の方が強いから」ノレンに張り手をしているような無為の感覚。キャタリナは空いた手で己の頬を張る。渇いた音が両者の間を流れた。「カズヤ=サンもこんな気分だったのかな……? ホント……」

 キャタリナはアンバーンドをゆっくりと降ろし、そしてその目を見た。アンバーンドは苦い物を含んだように口元を歪ませながら頷き、一歩下がった。キャタリナはゆっくり、フレイムキャリアーへと向けて歩を進める。跳ねる"キャタリナ"の歩法ではなく、単に歩いて。

「聞いて"フレデリカ"。私は……ニンジャを……モータルを……人間を! 殺した……」キャタリナは進み出ながら韜晦した。「そう」フレデリカは小首を傾げた。そして問うた。「楽しかった?」

 キャタリナは一度大きく息を吐き、叫びたくなり、逃げ出したくなる衝動を抑えつけ、あえて堂々と言った。「楽しかった!」

 キャタリナは己を叱咤して続ける。「自分を抑えつけるクソ共を、ルールを破ってブッ壊すのは楽しかった! マッポにも咎められないなんてサイコーだと思った!」キリエは、自分がいわゆる"いい手本"でない事は理解している。フレデリカもそう思っていただろう。カズヤにも。そして、それに甘えていたと言ってもいい。

 けれど今、自分が伝えなければならない。人に寄りかかって手を汚し、裏切られ、この手に残った感触を。「でも違う……他ならぬ私が見てる。だから私も、私を一緒に引きずり降ろそうとするんだ。そうやってどんどん、ズルズルと、闇へ、深い所へ、もっと暗い所へ……」

 キャタリナは己の心境を言語化するだけの語彙を持たない。だが、それ故にただただ真摯であった。カズヤという青年にも出来ない、暗闇からの懺悔、正しく先達からの忠告であった。「うん」果たして、フレイムキャリアーは頷いた。

「ワカルよ」キリエは知らず下がっていた目線を上げた。フレデリカは真っ直ぐこちらの目を見ている。その黄色偏光グラスを通した緑の目で。

「力で物事を通すと、優しさ・気遣い・尊重、そういったものがどんどん零れ落ちていくんだよね。そして零れ落ちたそういうものを求めて、更に力を振りかざす。悪質なクレーマーがエスカレートするのと一緒。ドゲザさせる事は出来ても、敬意を得る事は出来ない。うん、ワカル」

「フレデリカ……?」キャタリナは眉を顰めた。"フレデリカ"が難しい事を言うのは今に始まった事ではない。だが、内容まで理解できなくとも、理解できる事がある。(((会話が──成立していない?)))まるで熱のない一般論を語るような言い草。

 一方、彼女らより一回り、あるいは二回りも年上のアンバーンドは、フレイムキャリアーの見解に実際舌を巻いていた。この年齢で、このように世間を見ているのか。それは一体どのような知能と、どれだけの経験、そして諦観があれば可能なのか。だが……噛み合っていない。

 カロン、カロン、カランカラン……。

「でも、私は違うよ。キリエ=サン。カズヤ=サン。貴方達以上の力で、私が、貴方達を尊重する。優しさをあげる。私にできる事をする。大切な人との繋がりだけが、私達を照らす……」


 カロン、カロン、カランカラン……。


「ワカってるから……ダイジョブだから……」


 カロン、カロン、カランカラン……。


「フレデリカ……?」フレイムキャリアーの周囲に青い光が発生したかと思うと、黒色のショットシェル──弾殻が生じては、床に落ちる。いくつも。並列ベルトコンベアめいた速度で増産されていく。

 それらは中で雛が動く卵の如く、ひとつ、ふたつ揺れると、フレイムキャリアーの足元へと滑るように集まる。脚を登り、背を這い、捻じれ裂けた樹木のような両翼へと……吊るされてゆく。

「なんだ……あの熱の流れは……?」アンバーンドの熱を見る視線。心臓がペースアップし、血流が早まり、体温が上がる……それは感情の昂ぶりによる通常の作用に見える。途中までは。

 だがフレイムキャリアーの体内で起こるそれは、中心から発生する波が、器の縁より返す逆位相の波に打たれて消えるが如く、落ち着いていく。不自然に。そして鼓動の度に、弾殻がひとつ、ふたつ、零れ落ちていく。


 カロン、カロン、カランカラン……。


 アンバーンドは無意識に、パーカーニンジャ装束のポケットからメンポを取り出し、そして装着した。「……あの熱の元は、彼女の感情そのものっていう事なんじゃない?」キャタリナは目を見開いた。"激情家のフレデリカ"に起こった変化。──あの黒い殻がその内に宿す圧力そのもの!

「私がやるから……全部……邪魔するもの全部!」「フレデリカ! そんなジツ……もう戦っちゃダメ!」「イヤーッ!」フレイムキャリアーは腕を目前でクロスさせた。その爪は何にも触れていない、にも拘らず、吊るされた弾殻がふたつ、背後に青い線を二条、迸りながら発射された!

「イヤーッ!」タタミ二十枚離れたアンバーンドは側転回避! だが近付き、距離の短いキャタリナはナックルダスターで弾殻を迎撃……「ダメだ、キャタリナ=サン!」「グワーッ!」CABOOOM! キャタリナのカラテ衝撃により弾殻がカトン爆発!

「キリエ……サン……」そして虚空に再度光がいくつも閃き、弾殻が再生成される。カロン、カロン、カランカラン……。

「ブッダ……」アンバーンドは表情を歪めた。なんたる悪夢じみた悪循環か、仲間を傷つける事に動揺しようと、その心の動きはすぐさま均され、そして失われた感情こそが仲間を傷つける力となる!

「フレイムキャリアー=サン! やめるんだ!貴方はコントロールなんか出来ていない!」「イヤーッ!」「グワーッ!?」ALAS!? アンバーンドとの間にあったタタミ二十枚距離は一瞬で詰められ、フレイムキャリアーのエルボーがアンバーンドの腹部に喰い入る!

「ゴボーッ!イ……」アンバーンドは反吐を吐きながらも敵手を睨みつけようとしたが……いない。背後を振り向くも……いない。「イヤーッ!」「グワーッ!」ブッダ!? フレイムキャリアーは真上、アンバーンドの両肩にブーツのスパイクが喰い込む!

「フレデリカーッ!」キャタリナが爆破衝撃から復帰、衝動のままに一歩、二歩で踏み切り、ジャンプパンチでアンバーンド肩上のフレイムキャリアーを狙う! フレイムキャリアーはトン、とアンバーンドの肩を蹴ったかと思うと、慣性と重量を感じない異常軌道で即着地! 前蹴りを放つ!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」アンバーンドは前転で背面攻撃を避ける。そして回転しながら、フレイムキャリアーを見た。その翼。フレイムキャリアーは翼から弾殻を切り離さないまま、十ほどの弾殻からカトン噴射、その反作用を受け止めてジェットパックじみた高速機動を実現しているのだ!

「ほら……コントロール出来てる」そして火勢が弱まった弾殻を翼から切り離し、上空で受け身の取れないキャタリナへと……発射! 「グワーッ!」発射!「グワーッ!」発射!「グワーッ!」跳ね上げられ続ける! 無慈悲なエリアル連続攻撃! 地を駆ければ無双の脚力を持つキャタリナであっても、どこにも脚先が届かない空中に留め置かれては打つ手が無い!

「やめるんだ!」「アンタが言うの? それを」フレイムキャリアーはグルン、と非人間的動作で首を回し、アンバーンドを見た。「アンタは言い訳しないの? 首を差し出してゴメンナサイしないの?」

 アンバーンドはギリ、と奥歯を噛み、そして腕で空を切った。「エン・ジツ!」「何を……」「イヤーッ!」キャタリナの対地トビゲリ! フレイムキャリアーはこれをジェットパック機動にて回避し、すぐさま弾殻射出!

 だが地に足を着け、回避に専念するキャタリナを捉える事は出来ない!「オカシイな……どうやって抜け出たの?」フレイムキャリアーは首をコテン、と寝かせる。少女らしい動作であるが、フルフェイスメンポの威圧感により異様なアトモスフィアが漂う。

「知らねーよ」キャタリナはタッ、タッとフットワークを刻みながら答える。「僕……私のカトンです」アンバーンドが進み出て、キャタリナの前に出た。「フウン……」フレイムキャリアーはその目の超自然発光を強める。

「そっか。爆発前、それから爆発自体はどうこうできないと思ってたけど、爆発後の残留熱量を操作して、吹き飛ぶ気流を作ったんだ」アンバーンドは内心でフレイムキャリアーの理解度に戦慄し、それからメンポに触れる。(((ちゃんと隠れているだろうか。この感情は──)))

「キャタリナ=サン」「……オウ」アンバーンドはキャタリナへと語り掛ける。「私は……私は何も、言い訳できる立場にない。それでも、あなたも、彼女も……お互いをこれ以上傷つけるべきではないと思います」

「カズヤ=サンの真似かよ?」「……あなたもそうではありませんか?」「…………」キャタリナが前方のアンバーンドの膝裏を蹴った。「イタイ!」「……で、具体的にはどーすんだよ?」

「あの弾殻を全て引き剥がします。私をいくら傷つけても、彼女の心は動かない……」アンバーンドはピョンピョンと跳ねた後、静かに言う。「アナタがカギです」「…………」キャタリナは己の手のナックルダスターを外し、ポケットへと収めた。そして手を広げる。ハグを待ち構えるように。「しゃーねーなー! 人生の先輩っぽい所見せてやるよ!」

「……そうやって子供扱いして、癇癪扱いして、一時の気の迷いだと断じていればいいよ」フレイムキャリアーが捻じれた翼から、四方八方に青いジェットを迸らせる。一見してデタラメ、だが実際にはその作用と反作用は緻密かつ瞬時に計算され、仮定された中心点に凄まじい応力を集めながら、一センチたりとも動いてはいない。

 それはフレイムキャリアーというニンジャの、苛烈と冷静、爆裂と保持、破綻と整然のアンビバレントを象徴するかのように──。


「大好きだよ、キリエ=サン」


 



「ミゼリコルティア=サン!」アングバンドが叫ぶ。ミゼリコルティアはチラリと左手首の断端を見た。そしてサタナキアを。黒山羊頭の怪物は、ゴートホーンとカンガルー脚と黒触手で三脚じみて身体を固定している──動きが止まっている──その目は縦長瞳孔──黒い輝きはもう無い。「イヤーッ!」

 ミゼリコルティアは果敢にサタナキアの頭部にジャンプパンチを仕掛ける! 手首から先が切り離された左腕で!「アクター・ジツ!」ゴウランガ、ミゼリコルティアの手首から先がジツによる中空の重金属手甲で覆われていく! おお、カラテが……届く!

「フフ……」サタナキアが合成音声じみた喜色を漏らした。「大技の後は動けない……と、そう思いましたか?」そしてサタナキアは食虫植物めいて大口を開いた! その前歯は下顎にしか無い。だが山羊の前歯は草木を断裁する為に、ギロチンじみて鋭いのだ! ミゼリコルティアの攻撃は……ナムサン、止まらない!

「ホハーッ!」カツーン! おおブッダ! 左手首再切断! ミゼリコルティアが思わず声を漏らす!「フ……」「……何?」ミゼリコルティアは右手で黒山羊の鼻先を上からソフトに抑え、「イヤーッ!」強烈な膝蹴りを下顎に放った!「ウグーッ!?」口中に残されたアクター・ジツの重金属手甲が砕け、鋭利な断片となって柔らかな口腔と舌を蹂躙する!

「ボアーッ!」サタナキアが叫びと共に血を吐き散らしながらタイガークローでミゼリコルティアを攻撃! ミゼリコルティア右手を滑らせて鼻先を押し、更に下顎へと痛烈なケリ・シュート! 口中に残されたアクター・ジツの重金属手甲が更に砕け、鋭利な断片となって柔らかな口腔と舌を蹂躙する!「ウグーッ!」

 頭部への連続攻撃で見当を外し、サタナキアの攻撃は飛び離れるミゼリコルティアを捉えられない!「イヤーッ!」サタナキアは黒触手で全身を保持し、カンガルー脚で連続攻撃!「グワーッ!」ナムサン! ミゼリコルティアのアクター・ジツ甲冑のガードを砕き、吹き飛ばす!

 更に決断的追撃を加えようとしたサタナキアが、不意にそのコウモリめいた翼手で自らの前方を覆った。銃弾とロシア風スリケンがその上を滑る! ミゼリコルティアは片腕で辛うじてウケミを取り、両脚を勢いよく突き出してスタンド状態に戻った。

「継戦には問題ないという事ですね?」サボターが冷徹に問うた。ミゼリコルティア血の混じった唾を吐いた。「問題ねーよ。どっちみちアタシの両腕は──」「イヤーッ!」話す時間もあらばこそ、黒触手横薙ぎ攻撃!「「「イヤーッ!」」」三者三様の回避! 勢いを取り戻したサタナキアの猛攻が再開される!

「イヤッ!」ミゼリコルティアはバック転で距離を取ると、己の切り離された手首を軽く蹴り上げた。その鋭利な断面。零れる細かな歯車。サイバネ! ミゼリコルティアの両腕、肘から先は精巧な義手だ!「イヤーッ!」そしてシュート! だが頭部を狙ったその攻撃はコウモリめいた翼手にて軽く撫でる様に跳ね除けられた。

「さっきは不意打ちで一発ブチ込めたが……」「プロホーですね?」近くにいたサボターがミゼリコルティアの評価を引き継いだ。ミゼリコルティアは小さく頷き、そして少し遠くのアングバンドに問うた。「……プロホーってなんだ?」「知らねェよロシア語! 俺に聞くなッつの!」

 ミゼリコルティアは軽口で調子を取り戻しつつ、シリアスな思考を続ける。頭部には有効打が入る……だが、頭部以外には有効打が入らない。『唯一有効』、それはイクサにおいて突破口ではない。死地だ。

「どうしましたか?」サタナキアはいくらか散漫に攻撃を叩き込みながら三人のニンジャを嘲弄した。「頭に攻撃したいのでしょう? ホラ……」そうして黒山羊頭の怪物はその場で口を開いた。下顎のみのギロチンめいた前歯、そして磨り潰す怖ろしい奥歯、長い舌……そこにはもう傷痕は残っていない。

 ミゼリコルティアは舌打ちした。その回復速度にではない。要塞はしばしば正門正面が最もきやすい。それ故に攻め手は兵力をそこに集中させざるを得ず、また当然それを予期した反撃を受ける。これぞイクサのアイロニー!

「イヤーッ!」「イヤーッ!」「ザッケンナコラーッ!」あからさまな挑発、示威行為、あるいは罠! だが攻めざるを得ないのだ! スリケンとロシア風スリケンと銃弾が口中に飛び込み……「フフ……」サタナキアはカツッ!カツッ!と前歯を二回打ち鳴らし、タイミングをずらして投擲されたスリケンとロシア風スリケンを順に噛み砕き、閉じた歯で弾丸を弾いた!

「なんなんだよ、アイツはよ……!」アングバンドは歯噛みする。「サボター=サン!」ミゼリコルティアの呼びかけが響き、続いて何らかの投擲! サボターは人差し指と中指でそれを挟み取った。

 クナイ・ダートである! キャタリナが生成し、そして黒線回避の際にニンジャ基本武器だ。投擲物として使われるクナイ・ダートだが、その切れ味は鋭利、刃物としても十分使用可能だ!

 ミゼリコルティアはキャタリナが生成した二本のうち、残る一本を足先で蹴り上げ、器用に逆手でキャッチした。「刃物がありゃあ多少はマシだろ。……頭以外の有効打を見極める」

「オーチン・ハラショー。ナイフ専門家ではありませんが」サボターはまず右の順手にて構え、手を前後に入れ替える動きで左右を行き来させ、左逆手、右逆手、左順手へとメビウスめいたナイフワークを行った。

「アングバンド=サンの分はねーが、我慢してくれよな」「オイオイ、俺にクナイ・ダートなんか使えっかよ」アングバンドは笑い、袖口にチャカ・ガンを収納すると、スーツの内側から柄尻に「鉄」と焼き印された木鞘を取り出した。

「それで、どうなるってンだよ……」アングバンドはごく小さい声で呟いた。そして、その鞘を払った。現れたのは濡れたような刃の輝き。殺人クエストをこなし、ソンケイを稼ぐ事で手にできる、レッサーヤクザの憧れの的。ドスダガーだ!

「そうかよ」ミゼリコルティアは手首から先が切断された左腕をブンブンと振って身体の重心を確かめた。


 そして次の瞬間、合図も無く同時、三人のニンジャは駆け出した。


 黒山羊頭の怪物は笑みを深める。







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