切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て。

おはようございます。

タイトルは漫画『幽☆遊☆白書』にて蔵馬が言った有名なセリフです。

最近では、残念なことに、定期的にキュレーションサイトのパクリ問題が出てきますよね。

ネットに記事をアップする人にとっては、自分の頑張って書いた文章を簡単にコピーやリライトされて、しかも訪問者を奪ってくるのでこういうサイトは悪の存在となっています。

ただこれは記事に限らず、個人的な考えですが、ネットに何かをアップした時点で、誰かにイミテーション(模倣)されるのはかなりの程度仕方ないのかなと思っています。

パクリを容認したいわけではなく、今のインターネットやSNSの仕組み上、真似される可能性をゼロにするのは不可能だからです。

法整備といえど、すぐに立法が動いてくれるとは限りませんし、そんな時間があるなら新しくまた独自作品を作っていく方が有意義かなと思うからです。

では現実的にどういう方法で対処するのかという問題になってきます。

方法はいくつかありますし、ジャンルによってできることも違ってきますが、個人的には、鞍馬が言った「切り札は先に見せるな、見せるならさらに奥の手を持て。」という意識があればいいのかなと思っています。

例えば、「レベル50」の時の作品を世に出し、それが誰かに「レベル55」の作品として真似されて出されたとします。

自分が世に出して誰かに真似されるまでには時間の経過があるので、仮に半年後に真似をされたとして、そのときに自分が「レベル60」の作品を出せるようになっていれば、さらに市場を奪い返すことができます。

これは自分の知識や技術を常にアップデートしていれば可能です。

厳密には、「最初『レベル60』の実力があったらまずは『レベル50』の力をだせ」と鞍馬は言いたいのかもしれませんが、出し惜しみするのは機会損失が生まれるので、時間経過による自分の成長度を切り札として持つという考え方です。

そういえば、メンタリストDaiGoさんも、「自分はいくらパクられてもいい。その頃には自分の知識はアップデートされていて負けないから」と過去おっしゃられていました。

「すべての創造は模倣から出発する」という格言もありますが、全く同じ作品ではない限り、100%否定することは難しいのかなとも思いますし、何より、

「より進化しつづける人だけが生き残る」かつ「世の作品がどんどん進化して世界が楽しくなる」となるので、他人に真似されたことに対して時間をかけるより、自分の能力の向上に時間をかけた方がいいのかな、と。

何が言いたいのかというと、

もうすぐ『猿の惑星: 聖戦記』というSF映画が公開になりますが、これも実は20世紀に公開された『猿の惑星シリーズ』のリライト(リブート)作品です。

シーザーという猿の成長が描かれている個人的に大好きな映画シリーズなので、昔の猿の惑星を見たことがある人も、初めて観る人もぜひ観にいってもらいたいなと思っています。

ちなみに3部作の第3作目なので、過去の2作品を観ておいた方がいいです。1作目は吹き替えではなく「字幕」で観た方がいいです。よかったらどうぞ。

猿の惑星はこの順番で見よ。映画シリーズ全9作品のあらすじと時系列を一覧解説【聖戦記】

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かみいち

がんばります。
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