ネコミミ女房(沖縄創作バカし話)

 遠い遠い昔の話。三山時代が終わって、琉球王朝が立って、暫くしてからのこと。

 那覇の浜辺に妙なおなごが打ち上げられておった。

 通りかかったのはこの近くの村の役人の子でチマーという。

 子と言ってももうすぐ20。科挙(中国における役人の試験。琉球の役人は皆これに合格しなければならなかった)を受けるも浪人二回、仕方が無いので「中国に行ってきました」という言い訳もかねて白磁の壺を土産に帰っては来たが、もうそろそろ野に下るか、一族に借金してでももう一度最後の科挙を受けに行くか、思案投げ首で浜辺を歩いていたら、見つけてしまったのだ。

 見慣れぬ、唐様の着物を着けたおなごは、ぺったりとうつぶせになって浜辺に倒れておった。

 台風の翌日であったから、その時洋上で嵐に巻き込まれて沈んだ船でもあったのだろう、とチマーは思った。

「なんとまあ、可哀想に」

 そう思ってしまったのが運の尽き。

 チマーがおなごの死骸を拝み、さてひっくり返してとりあえず両手を組ませようかと手を伸ばした途端、妙な物がおなごの尻と頭に生えているのに気がついた。

 ネコの耳と尻尾。

 そして砂に埋もれていた髪の毛は金髪じゃった。

「……何故だろう、いやな予感がする」

 そう言ってチマーは立ち去ろうとしたが、その手首をいきなり死骸が掴んだ。

「ぎゃー!」

 思わず振り払おうとしたが、ネコミミ尻尾のおなごはざらざらと砂の中から立ち上がる。

「どうせ助けようとしたなら最後までやりなさいよ」

 流暢な唐の言葉でそう告げた。

「いやあの、でもどう見てもお前様は人では無いし」

 科挙に落ちてもそこはそれ、唐の言葉を喋ることぐらいは出来るからチマーは震える声でそう答えた。

「人種差別反対、美少女はたとえどんなパーツがついていても助けるべき」

 おなごはどう考えても時代考証的にはむちゃくちゃな単語を並べ立て、しっかりとチマーの手首を掴んで離さない。

「さあ、ここで捕まえたが100年目、私に飯を食わせろ、服を着替えさせろ風呂に入れさせろ、さもなくば天地が裂けて雷鳴轟き、お前の両手の指は全て3ヶ月に一回は逆むけになって、10歩歩くごとに弁慶の泣き所に何かがぶつかり続ける呪いをかけてやるぞよ」

 何しろ猫の耳と尻尾の生えたおなごの言う言葉だ。

 逆らえるはずはない。

 しかたなくチマーはおなごに手を掴まれたまま自分の家に連れて行った。

 おなごはまず飯を喰らった。

 家族五人が食べられる釜いっぱいの米飯を平らげ、正月につぶしたばかりの豚の塩漬け(スーチカー)を全て食い尽くした。

「ああ、どうしよう、親父殿とお袋様に知られたら殺されてしまう」

「大丈夫大丈夫、代金は支払うから」

 そういうとネコミミ娘は懐から金塊を取りだしてチマーの前に積み上げた。

「拾ったら翌日には土塊(つちくれ)に化けてたりするんだろう」

「バカ言っちゃいけないわよ」

 ネコミミ娘はそう言って口を尖らせた。

「恩には恩で報いるのよ」

「おお化け物(マジムン)のくせに礼儀正しい奴」

「あたしは妖怪変化じゃないの、仙人なのよ」

「うそだ。仙人様がそんなにいぎたないわけがない」

「物知らない子ねえ。その様子じゃ奥さんもいないんでしょ」

「うっ」

 論理は飛躍しているが、事実なだけにチマーは黙ってしまった。

「おお、図星? まあいいわ。とりあえずもっとご飯とおかずを買っておいで」

 気がつくとネコミミ娘はチマーの古女房のように命じてた。

「あれ? なんで俺はあいつの言うままに買い物に来てるのだろう? まあ、金を出してくれるし、外見はアレだが悪いヤツではなさそうだ」

 首を捻りながらチマーは港の商人に頼んで金塊を銭に変え、市場に米とおかず、あとスーチカーに昆布などを買いに行った。

「これこれ、そこなお若い人(ニーセー)」

 と、不意にチマーに声をかける老婆がいる。

 白い衣服は間違いなく琉球名物の霊能者「ユタ」だ。

 顔は真っ黒に汚れ、大小の瘤で膨れあがり、髪の毛も前髪がざんばらなのでよく見えないが眼光は鋭く、声には知性の響きがあった。

「お前に変な気配を感じるよ、私は嘉和村のナビーという」

「おお、噂に高いユタの!」

 琉球では俗に「男の女郎買い、女のユタ買い」という。

 今で言えば浪人生で半ばニートのチマーからすれば、ユタはさほど遠い存在ではない。
 二浪して意気消沈して戻ってきたときは母が「何かこの子に取り憑いているかも」とユタの所を何件か回ったことがあったのだ。
 結局、そのユタ通いも、家がだんだん没落してそれどころではなくなってきたのだが。

 そこも含めてチマーにはちと辛い。

「お若い人、あなたは妙なモノを背中に背負っているね? 何か最近持って帰らなかったか?」

「いやもう、今朝方かくかくしかじか」

 とチマーは金髪碧眼ネコミミ尻尾付きの話をした。

「ふむ……」

 と老婆は首を捻り、

「それかもしれんが、ちとわからぬ、ともあれ今すぐお前さんの家に行こう」

 そういってチマーの家の場所を聞いた。

「ぬ……それはかなり今年きつい方角にあるねえ。祖先拝み(グソーウガミ)はしたかい?」

「今年はまだです。父母が両方とも宜野湾の本家(ムートゥヤー)に行ってしまって」

「ひょっとして、本家の大親が倒れてないかね?」

「はい、倒れております」

「それもこれも含めてあんたらの門中(ムンチュー)には厄災の相がでてるねえ、でも同時にそれを早く終わらせる相もでているよ?」

「え? そうなんですか、それは早くなんとかせねば」

「だが一歩間違えればあんたらの門中は滅びるよ?」

「…………」

 ともあれ、チマーはそのユタを連れてトコトコと家に戻った。

「あれ、お帰り」

 奥の仏間でごろりと横になっていたネコミミ尻尾付きが起き上がって笑った。

「あんた、面白い壺持ってるねえ」

 そういって親指で背後の床の間に飾った三線と中国の壺を指さして笑うのへ、

「あれまあ、なんという魔物(マジムン)!」

 とナビーが血相を変える。

「あれ、琉球の導術士かね。婆さんが多いって言うのは本当なんだねえ」

 にしゃしゃーと笑うネコミミの魔物(?)にユタのナビーはサトウキビの杖をかざした。

「あら、トウキビの杖?」

 面白そうに笑うネコミミの化け物の前で、ナビーはサトウキビの杖の4分の1ほどをつかんで引き抜いた。

 中にはどきっとするような鋭い刀が仕込まれている。

「え?」

「おのれマジムン、よくもこの琉球の地を汚そうとしおったな? 私がこの手で葬り去ってくれるわ、この刀は源頼光の腰にあった風天山という名刀、振れば悪霊は勿論、マジムンさえも両断する業物、さあこの刀の錆びになれ!」

「いやまって、ちょっと、第一源頼光って時代考証的にOKなん? それと直刀で『風』なんて銘は聞いた事が……」

「問答無用!」

 ずんばらりん、と白い着物をなびかせてナビーは老婆とは思えぬ勢いで斬りつける。

「ぎゃー! 床の間に飾ってあった三線の名器が!」

 チマーの叫び声が響く。

「ぎゃー! 床柱が!」

「ぎゃー! 仏壇が!」

「ぎゃー! 位牌(トートーメー)が!」

「おのれ、何というしぶとい奴」

「あんたも一体本当に婆さんなの?」

「悪党と話はせぬ、悪・即・斬!」

「いやいや、あたし魔物でしょ?あんたの定義じゃ」

「問答無用!」

「そうれ、畳返し!」

「ぎゃー! 貴重な畳がぁ!(※当時は板の間が主流)」

 四畳半分の畳が全て真っ二つになる中、ネコミミ娘は人差し指と中指を立てて「剣指」を作り、それを勢いよく突きだした。

 指の間に吸い込まれるように刀が挟まる。

「ぬ!」

 ナビーが驚いた顔をした。

 それもそのはず、ネコミミ娘の指の間に挟まった刀はまるで岩に突き刺してしまったかのように微動だにしなくなったのである。

「おのれ妖怪変化」

「さっきまでちゃんと琉球風にマジムン呼ばわりしてたのに?」

「五月蠅い!」

 そう言うと、さらにナビーは護符を懐から取りだしてネコミミ娘の額に貼り付けようとした。

 ぼうわっ、と音を立てて護符がネコミミ娘に触れる前に燃え上がる。

「なに?」

「では…………疾(ジェイ)!」

 ネコミミ娘の気合い声と共にナビーはぐるりと一回転して土間におっこちた。

 それでも背中からではなく、直前に両手両脚をつけてまるでネコのように着地したのはさすがである。

「あー、わかった、あんたその顔は本物じゃないね?」

 ひょいと刀を板の間に放り出しながらネコミミ娘。

「おおかたその稼業を始める前に、母親が男に弄ばれて棄てられるのを見て、早く年寄りにナリタイという一種のエイディプス・コンプレックスが……」

 などと時代考証的にいかがなものかということを口にするのに賢明にも耳を貸さず、

「カシマサン!(うるさい!)」

 そう言ってユタのナビーは土間の隅に積み上げてあった薪をつぎつぎに投げつけた。

「よっ、はっ、とっ」

 ひょいひょいとネコミミ娘はそれを避けていく。

 だが、やがて1本の薪がその足下をかすめた。

「わ、っとととととおっ!」

 思わず足をもつれさせ、スッ転んだネコミミ娘の脳天にナビーの持った薪ざっぽうが炸裂した。

「きゅう……」

 さしものネコミミ娘も白目を剥いて転がった。

「さぁ、あとはこいつの腹を裂き、逆さにガジュマルの木に吊してしまえば、これまであなたの家に立ちこめていた災いや悪縁、悪運は全て去りましょう」

「そ、そんな残酷な! それに……あの、そいつを生け贄にするんですか?」

「いえ、こ奴が元凶です」

「こいつ、今朝浜辺に打ち上げられていたんですけれど……」

「……」

「…………し、しかしあなたとあなたの家に立ちこめる異様な気配は確かにこ奴から……あれ?」

「どうしたんですか?」

「いえ、確かにこ奴のいる方角から……」

 チマーは最初にナビーがこの家にやって来てネコミミ娘を襲った時の位置を思い出す。

 そして「あんた、面白い物持ってるねえ」といって親指で指さしたものを。

「ばーれーたーかー」

 どろろ、と黒い煙が床の間から立ち上った。

 その中から「てけりり・てけり・りり!」としか表現出来ない金属を擦り合わせるような鳴き声をあげつつ、「形容しがたいなにか」が顔をだした。

「ぎゃー!」

「しっかり!」

 思わず正気を失って倒れそうになるチマーの背中をナビーが叩いた。

 その瞬間に力強い風のようなものがチマーの身体を駆け抜ける。どうやら「魂(マブイ)」を落とさないで済んだようだ。

「なななななんですかあれは! 聊斎志異(※りょうさいしい・中国にある「耳袋」のモデルになった怪異奇譚集)にだってあんなのは!」

「船乗りから聞いたことがあります、遠く北の大地にああいう不定形の『名状しがたきもの』がいるという噂は! おのれ魔物! ふんっ!」

 ナビーは先ほどネコミミ娘が放り出した刀を取ってかざした。

 切っ先から閃光が迸り、そのうねうねと蠢く汚穢(おわい)のようなものを斬り裂いた。

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