「だんす・おん・ざ・ばんぱいあ&ぬこーず」(2)

 ぽってん。
 
 そんな感じでぬいぐるみのひとつが落っこちてきた。
「…………」
 頑迷な雰囲気の老人は、じろりとそのぬいぐるみを見やったが、また、何事も無かったかのように視線を手に持った分厚い古書に戻し、ページをめくる。
 きょときょとと、ネコ耳ロボットを模したらしいぬいぐるみは周囲を見回したが、首をひねった。
 無理もない話である。
 彼は「地下」に向かって落ちた筈なのである。
 だというのにここには「空」があり、庭があり、建物があった…………それもバロック建築の古色蒼然とした建物が。
 しばらく首をひねって考え、それからとてとてと、額に「6」とマジックインキで書き込まれたぬいぐるみは老人の側まであやってきて、おずおず、という感じでどこからともなくプラカードを取り出した。
 そこには「まことにあいしみませんが」と下手な文字で書かれている。
 老人がじろり、と横目でそれを見ると、
「ここはどこでございましょか?」とプラカードをひっくり返した。
「…………」
 老人は口をぎゅっと結んで黙ろうか、という顔になったが、やがて思い直したのか短く、
「東京にあるバンパイアバンドの地下だ。別名をクレイドルという」
 喋りすぎた、という顔で、老人はまた口を閉ざし、視線を本に向ける。
 ぬいぐるみは丁寧にぺこりと頭をさげ「ありあとござい(ま)した」とプラカードをかかげ、テコトコと歩き始める。
 ある特定の人物でなければバンドの上層部ですら知らぬこの場所に、ひとり佇み管理する老人はとがめる出もなく、通報するでもなく、ただ漫然と本を読んでいたが、飽きることなく周囲を見学していく「6」と額に書かれたぬいぐるみをしばらく放置していた。
 やがて、こっくりとうなずき、何事か納得したかのように手をそっと打って、それが不意にかき消えても、気にすることなく読書を続けた。

 闇の中、唐突に追跡劇は始まった。
 アキラたちが角を曲がった瞬間、いくつもの気配が四散するのを察知、明らかに人でも吸血鬼でも無いその「完璧に近いほどに消された」気配をかろうじて感じ取れたのはアキラたち八人がベイオウルフの中でも精鋭だったからに他ならない。
 互いに打ち合わせをする必要さえなかった。
 それぞれの「組」に別れ、気配を追う。
 気配は恐ろしくかすかな上に、もの凄いスピードで城の中を駆け巡っていく。
 一瞬立ち止まるが、また動き出すと風のように。
(なんだ、こいつら)
 吸血鬼と違って、人狼は完全に闇を見通す目を持っているわけではない。
 暗闇において寄って立つところは嗅覚と第六感である。
 マッチ一本、火花ひとつの照明が一瞬でもあれば相手の正体を見破れるのだが、今はただ追うしかない。
 同時にアキラは周囲の気配を探ってもいたが、この連中が陽動というわけではないようだ。
(まるで、イタチか何かみたいだ)
 サバイバル訓練で一度、やむを得ず雪イタチ(ウルヴァリン)を追った記憶を思い出す。
 あの動物はすばしっこく、頭が良く…………追い詰めるとかなりどう猛だった。
「アキラ、どうする?」
 少年の側に並んで疾走していた褐色の肌の美少年、アンジーことアンヘル・アーベナントが尋ねる。
「二秒」
 それ以上の追跡は不要、むしろミナ姫の所へ馳せ参じるのを優先するという意味だ。
 もう十五秒も追跡を続けている。
 広大とはいえ限りのある城内で、人狼が八人がかりで追いかけ、まだ誰も捕獲にも攻撃にも成功していない事実は、放置したほうが最善ではないかという可能性も逡巡していた。
 が、二秒後。
 急に「相手」は立ち止まった。
「いまだ!」
 アンジーの手から、アキラの手から投擲用の短剣が飛ぶ。
 ある意味においては弾丸よりも早く、攻撃力の高いそれは、あっさりと火花を残してはじかれた。
「!」
 一瞬だが、闇の中に相手の姿が浮かぶ。
 それが信じられないまま、アキラは二撃目を繰り出していた。
(見間違いだ)
 おそらく横に居るアンジーも同じ思いだったに違いない。
 それはどう見てもハンチング帽をかぶり、唐桟のお仕着せに鼻かけ眼鏡をつけた二頭身のぬいぐるみだったのである。
 しかも、武器をはじいたのは逆手に握った包丁……のような何か……で。
 そして駆け抜けた。
 ふたりの間を。
「!」
 予想も出来なかった疾さ。
 が、相手は何もせずに元来た道を駆け戻る。
「!」
 アキラは追跡を打ち切った。
 直感的にあの影が、ミナの元へ近づいていくのだと感じたのである。
「急げ、アンジー!」
 それだけを空中に残し、アキラは己の全力を出すことにした。
 体毛が逆立ち、針金のように太くなり、骨が変形し、筋肉が膨張する。
 ほお骨から鼻の先にかけてはへし折られるような音を立てながらすぼみつつ前へ。
 だが腕は前足へとは変化せず、人のままに。
 かぎ爪の生えた手を伸ばす。
 まずは補足。
 幸い、相手は頭の後ろに風呂敷包みのようなものを背負っているから、そこに引っかければ…………。
 無いことに、この場に及んでもなお、アキラは相手に敵意を感じることが出来ず、なんとなく「生き物」に対しているような気がしてもいたのだ。
 が、その前に、ふっとその姿が消えた。
「え?」
 思わず立ち止まるアキラだが、確かにその姿は廊下の途中で消え去っていた。
 煙のように。
「アキラ」
 アンジーが声をかける。
 迷っていたのは一瞬、すぐにアキラはミナのいる中央管制室へと走り出した。

 残りのベイオウルフズの前からも「影」は姿を消した。
 ただ一体を除いて。
 その「影」を最初に追っていたのはカミーユとヒュンテである。
 無数にある会議室の一角へ追い詰めた、と思った途端に反撃が始まった。
 盲目のカミーユの弓をかわし、ヒュンテの槍の柄を叩き折って戦いとなった。
 恐ろしく小柄な「影」はベイオウルフふたりの攻撃をことごとくかわし、攻撃をしかけてくる。
「どうした!」
 こちらは目標をアキラ同様「消失」したレムスたちが合流、さらに戦闘に加わった。
 が、勝てない。
 ベイオウルフ精鋭ほぼ総掛かりで、しかも…………気がつくと
「増えてる!」
 ベイオウルフの中ではアキラ以上に若いシンヴァが叫んだ。
「みっつだ!」
 しかもこちらは刃を持っているらしく、刃と刃が打ち合う音が響いて、火花が散った。
「なんだ、こいつら!」
「わからん、だが強い!」
 レムスの声に応えたゴートの言葉にも妙な焦りがある。
 強い、確かに強い、だが、向こう側はこちらのとどめを何故か狙ってこないのだ。
 無限に己の動きを真似続ける影を相手にしているような徒労感。
「こいつら…………陽動か?」
 一瞬、攻撃の手を止めて、レムス。
「いや…………違う。試しにこのまま様子をみよう」
 意外なことを言い出したのはカミーユだった。
「彼らにはどうも敵意も害意も感じられない」
「んなあほな!」
「…………」
 寡黙なヒュンテが何か口を動かし、しぶしぶ、といった感じてレムスが頷いた。
「分かった…………おい、お前ら、もうこっちからは攻撃しないぞ」
 闇の中、部屋の片隅、ひとつの気配がなおもなにやら攻撃する気配を見せたが、なんとものんきな「ぱしゃん」というか「ぴしゃ」という感じの紙が打ち合わされるような間抜けな音がふたつ重なり、こちらに頭をさげる気配がした。
「どうやら、これ以上向こうもやる気がないみたいだな」
 ゴートが結論を出し、持っていたライトを点灯した。
 一瞬だけ、闇の中に相手が浮かび上がる。
 弁髪の二頭身のぬいぐるみ。その両脇で大阪名物ハリセンを持って立っていたのは、茶筅髷風の頭部をしたサムライ型のぬいぐるみである。
 片方は眼帯をし、片方は両目があったが、どのタイプにも鼻と口がない。
 両目のあるタイプが「おさわがせいたしもうした」とプラカードを掲げたかと思うと、ふっと、まるで映画のコマが飛んだかのように消え去った。
「…………おい」
 ぽつん、とレムスが言った。
「今の、見たか」
「…………」
「見た」
「ああ、一応」
「ポケ○ンだ! 新しいポケ○ンだよアレ!」
 シンヴァだけが目を輝かせて言うが、ゴードがその口を塞ぐ。
「お前は黙ってろ」
 なおもふがふがと暴れる少年を放置したまま、「大人」な狼男たちは額を寄せ合う。
「たぶん、見た、と思う」
「…………なあ、これってそのままボスに報告して、信じてもらえるかな?」
「…………」
 誰も答えられるものは居なかった。

 中央管制室。
 お茶の香り漂う中、ミナ姫、アントニアは向かい合い、壁際に静かに摩耶が佇む…………ヴェラが動いてお茶を入れていた。
 不意に、背後に妙な気配を感じてミナが振り向くと、床上一メートルほどの高さに光り輝く小さなリングが現れ、それが広がると………中から何かが降ってきた。
「あ、お前!」
 調査を終えたぬいぐるみたちは、次々と空中に現れ、アントニアの床の上に積み重なる。
 その中の一体を指さして、ミナが声を上げる。
「?」という表情で(というか彼らに表情は本来無いのだが、そんな感じで)顔をあげたのは額に「6」の番号を振られているぬいぐるみだ。
「この前、妾の前に現れよった奴じゃな!」
「まあまあ」
 お茶の用意をしていたヴェラが驚いた顔になる。
 ただでさえ、空中からぬいぐるみが降ってわいて出て、ひょいひょいと着地した後「ちょうさしゅうりょー」とかプラカードに掲げてアントニアの所へちょこまか馳せ参じるのを見て目を丸くしていたのである。
「では、この子たちが以前姫様が見た幻の?」
「いや、まあつまり幻ではないがそういう存在じゃ」
「なるほど、ネコ耳で『うにゃー』を教えてくださった方たちなんですね」
 しゃがみ込んで、ヴェラはぬいぐるみたち一体一体の腕を取って「それはそれは」と挨拶を始めた。
「姫様のお相手をしてくださってありがとうございました」
 丁寧きわまる挨拶にぬいぐるみたちは手に手にプラカードを持って「いえいえ、こちらこそろくがおせわになりまい(し)た」と頭をさげる。
 何とも珍妙だが心温まる風景である。
「こやつらはアシストロイドといいましてな、我らが友にして仲間でございます」
 とアントニアが一体一体の頭を「良い子良い子」しながら説明した。
「なんと、ではこれはアントニア、お主が作ったのか?」
「いえいえ。私にとっての神様…………いえ、姉とも友とも慕う大事なお方からの預かりものです」
 晴れがましい顔でアントニアは答えた。
「かれら」を預かることの意味が、その表情だけで分かる。
「あずかりもの…………?」
 ミナは首を傾げた。
「ひい、ふう、みぃ…………ぬ? 『へいほん』と『1』が足りぬがどうした?」
 勘定したアントニアがそう尋ねた途端、左右をサムライ型アシストロイドに捕まれた格好で弁髪のアシストロイドが空中から現れて落っこちてきた。
「おお、帰ってきたか『へいほん』…………どうした?」
 絨毯の上に落っこちたと同時に、「へいほん」はじたばたとひっくり返して手足をばたつかせ「もうすこしでかてたのである、ちばちゃんときんちゃんがいじわるなのであるあるじよ」とダダとも言い訳ともつかない言葉を扇子に書いた。
「何と戦っておったかお前は。戦闘は避けよといつも申して居るではないか」
 腰に手を当ててかがみ込んで「へいほん」に説教をするアントニアはだだっ子の弟を叱る姉のようだ。
 主であるアントニアの言葉に「でもでも」とカンフー使いのアシストロイドは抗議した。
 再び開かれた扇子には「われはせんとうたいぷなのである、かつのである、かてたのである、くやしいのである」とまあ、これも三歳児なみのダダであろう。
「しかし、よう停めてくれたな、『チバちゃん』に『錦ちゃん』」
 アントニアはダダをこね続ける自分専用を放置し、あわやのところで回収してくれた二体のサムライ型アシストロイドの頭をなでた。
「こやつ、乱暴者すぎていつもこうじゃ…………お前たちのお陰でいつも助かっておる」
 そう言うと、照れたように二体のアシストロイドは頭を掻いて「いやあそれほどではごらざぬ」とプラカードを掲げた。
「しかし、随分と大所帯じゃな」
「まあ、不測の事態で旅に出ておりますから」
 とアントニアは苦笑いする。
「ですが、上手くいけばそれもこの世界で終えられると思います」
 きっぱりと言い切った。
 慌ただしく、ミナのメイドたちとアキラが飛び込んできたのはその数秒後のことである。

「平行世界だぁ?」
 東京吸血鬼租界に唯一ある日本政府の行政機関…………警視庁行政特区分署の中、浜誠児警部補は呆れた声を出した。
 がらんとした、廃墟のようなビルの中でたき火が燃えている。
「すまんね、電気が来なくなってるんで、調理方法がこれしかない」
 というのが理由である。
「平行世界に、宇宙人ねえ」
「驚くほどのことじゃないと思いますよ」
 苦笑いして眼鏡の少年…………嘉和騎央はあぶられてジュウジュウ言い始めたウィンナーを皿にとって側にいる少女…………ネコ耳少女のエリスとスレンダーな身体をワンピースに包んだ双葉アオイへ渡した。
 エリスはのんびりしているが、双葉アオイは緊張した面持ちだ。
 この世界が「吸血鬼」で満ちていると聞いた瞬間から、彼女にとってここは「敵地」だと判断されているらしい。
「ここには吸血鬼の人たちが普通に生活しているんでしょう?」
「まあ、でもなあ…………同じ地球産なだけ、吸血鬼のほうがリアリティがある…………かな?」
 首をかしげ、浜は自分の発言の奇妙さに気づいて笑った。
「ま、確かに言われてみればそのとおり、不思議じゃねえわな。第一、その猫耳とパワードスーツ、それにアレを見れば、たいていは納得するよ」
 そういって、ちらりと浜は、本来なら中央ロビーとして機能するはずの部屋の片隅に転がっているショットガンを見やった。
 イタリア製SPAS12ショットガンは、銃身の半ばから機関部の半ばあたりまでを大きくえぐられている。
「しかし、いい腕だな、お前」
 そういわれて「いやてめ(れ)るぜ」と浜の隣で頭を掻いたのはサングラス、コート、口にはマッチ棒型センサーというネコ耳アシストロイドの「ゆんふぁ」だ。
 子供たちの悲鳴を聞きつけて駆けつけてきた浜が、騎央たちを敵と認識して発砲しようとした瞬間、突然現れた「ゆんふぁ」が持っていた反物質ランチャー(といっても外見は銀玉鉄砲そのものだが)を撃った結果があれである。
 さらに腰の銃に手を伸ばした浜を、子供たちが停めてくれて幸い誤解は解けたのであるが。
「しかし、色々と複雑なんですね」
 ぽつん、とエリスが言う。
「こちらの世界も私たちキャーティアが来ることで大騒ぎになってはいるんですが、ここほどシリアスな状況はまだ…………」
「まあ、宇宙人は逆に天から降りてくるから、まだ敬意の払いようもあるってもんだが、吸血鬼は化け物ってイメージだからなぁ、普通の人間にとっては」
 オレは違うぞ、という意味を込めて、浜はそばに居た子供たちの頭を撫でた。
「でも、なんでまた平行世界のお前さんたちがここへ?」
「ちょっとした事故なんです」
 エリスは説明した。
「本来は、私たちの本星と地球との距離を縮めるための星間短縮門{星間短縮門:スターハイウェイ}を作る筈だったんですが、調査計画の最中にうっかりその…………えーと」
 それからばつが悪そうな顔になって黙り込む。
「ひょっとして、どっかのお調子者が間違ったボタンを勝手に押して…………とか言うんじゃあるまいな?」
 怪訝そうな浜の言葉に、思わず全員が頷いた。
「んなアホな話が…………まあ、あるからお前さんたちがここにいるわけか」
 なんとも言えない顔になって浜は次のソーセージを串に刺して火にかざした。
 ちょいちょい、とその肘を「ゆんふぁ」がつつく。
「なんだ?『おれにもやらせろ?』 まあ、いいか」
 そういって百円ショップで購入した適当なバーベキュー串に刺さったソーセージを「ゆんふぁ」に渡すと、サングラスのアシストロイドは楽しそうにそれを火にかざし始めた。
 ジジとクララはそれをじいっと見ている。
 正確には「ゆんふぁ」に興味があって仕方がないのだろう。
「ねえ、ねえ、君、ポケモ○なの?」
 その問いかけに「ゆんふぁ」は「いや、おれはただのあしすとろいどだ」と「はーどぼいるど」な答えを返した。
 さらに焼けたソーセージを差し出し「くうか?」と聞いた。
「うん!」
 子供たちに否やはない…………たとえ吸血鬼で、血とスティグマ以外には味などなかろうとも。
 だから「ゆんふぁ」が「うまいか?」と尋ねても、
「わからないけど、美味しいと思うよ!」
 という素直な答えが返ってきた。
「?」
 首を傾げる「ゆんふぁ」と一同に、少し寂しげに浜は笑った。
「こいつらは、吸血鬼になった時点で味覚がないんだ。飯を食うことは出来る、でもそれはこいつら本来の栄養にはならないのさ」
「…………」
「永遠に生きるための代償のひとつだ。本当に『美味い』と感じられるのは血液か、スティグマとか呼ばれてるその代用品だけだ」
「…………そうですか。もったいない話ですね」
 寂しげにエリスは呟いた。
「こんなに美味しいのに…………でも、私たちには血の味がわからないから、それはそれで仕方がないかもしれません」
 エリスの言葉に騎央と「ゆんふぁ」も頷いた。
「…………」
 ちょっと驚いた顔で浜はふたりと一体を見つめた。
「お前さんたち、変わってるねえ」
「浜…………警部は、吸血鬼じゃないんですか?」
 ようやく双葉アオイが口を開いた。
「ああ、おれはまあ『一応』人間だ」
「怖く、無いんですか?」
「怖い、ねえ?…………そういやあんまり考えたことも無かったな」
 ぽりぽり、と頬を掻きながら浜は男らしい快活な笑みを浮かべた。
「怖いっていえばただの人間だろうが、吸血鬼だろうが、代わり映えはしないさ。自分が就職できなくて不幸だからダイナマイトを身体に巻き付けて人混みの真ん中で自爆する人間と、自分の不幸を他人にまき散らしたくないからと、自分で自分の牙を引っこ抜く吸血鬼と、どっちがまともか、って言われればオレは後者をとるね」
「…………」
 大人の「詭弁」を見る目つきの少女に、怒るでも、苛つくでもなく、静かに浜は言った。
「この子たちもそういう『牙なし』さ。親族が血に狂ったあげくに血を吸われて、無理矢理吸血鬼にされても、人の心を残して、自分で自分の牙を引き抜いて、吸血鬼からも追われるような……そういう連中だ」
 やさしく、あんなの頭を撫でると、少女はもうウトウトしていて、浜に寄り添うようにして寝息を立て始めた。
「本当…………なの?」
 アオイは不審げに起きて「ゆんふぁ」の焼いたソーセージを食べているジジたちに尋ねる。
「うん!」
 そう言って少年は唇の端を広げた。
「ほあ、きわわらいれしょ?」
 確かに、言うとおりその犬歯は二本とも無かった。
「あたしもー!」
 そう言ってクララも同じようにする。
 同じような空洞があった。
「…………痛く、無かった?」
「痛かったけど、それでいい、って思ったから我慢した」
 うん、と褐色の肌の少年は誇らしげに胸を張った。
「…………ごめんなさい」
 ぺこり、とアオイは頭をさげた。
「私、吸血鬼だからってあなたたちを怖がってた」
 かちり、とその手元で音がして、腰掛けた油缶の後ろで密かに握りしめられていたM36の撃鉄が元に戻される。
「まあ、一般人にとっては吸血鬼だらけってのはそれだけで地獄のど真ん中みたいに思えるだろうし、事実、そういう面もあるからね」
 浜は気にしなさんな、と手を振って少女の謝罪を終わらせた。
 そっと、騎央とエリスが両隣から、アオイの肩に手を置いて、ようやく少女はため息をついた。

「…………で、それを押したのがこの『へいほん』というわけでしてな」
 アキラたちも含めた「ベイオウルフズ」が飛び込んできた途端、戦意満々で構えを取ろうとした「へいほん」の頭をこづいて止めさせ、アントニアは事情説明を終えた。
「なるほど…………」
 くすくすとミナが笑い、それが発端となって一同の笑いとなった。
 アントニアも摩耶も苦笑するしかない。
 あとは打ち解けての会話となる。
 やがて笑いが収まるのを待って、アントニアは続きを話し始めた。
「しかし、それから色々と大変でして。一度は元の世界に戻れたのですが、やはり平行世界とのつながりにおいて微調整が必要と言うことで、その直接因子になった我々がもう一度戻らねばならないと言うことで…………本来はその一回で終わる筈だったのですが」
 とアントニアは言葉を切り、ため息をついた。
「微調整の際に生じた『ゆがみ』というか一種の特異点を分解せねばならなかったのですが、それに失敗しましてな」
 溜息が出た。
「別の世界の明治時代の北海道で、向こうの世界の人たちの協力も得て良いところまで追い詰めたのですが、あと一歩というところで」
「で、それがこの世界に?」
「はい」
 素直にアントニアは頷いた。
「しかし…………どうしてもご自分でやらなければならないのですか?」
 ヴェラが問う。
 この美女にしてみれば自分の使える少女と同じような境遇にあるアントニアが、自ら戦ってケリを着けることに対し、やはり思うところがあるようだった。
「はい」
 きっぱりとアントニアは頷き、「お嬢様の御意志でございますれば」と摩耶も首肯した。
 それをみて、ますますミナの笑みが深まったのを、アキラは不思議そうな顔で眺めた。
「では、このバンドの原子炉の熱が急に奪われ、電力が失われたのは……」
「はい、恐らく『ゆがみ』がこちらに出現するために力をため込んでいるからかと」
「確率はどれくらいじゃ?」
「ほぼ確実。何故ならば」
 じっとアントニアはミナを見つめた。
「奴らは常にその世界の行く末の要たる人物の半径十キロ圏内に出現しますので」
「そなたは妾をそう思うのか」
「はい」
「何故{何故:なにゆえ}じゃ?」
「王は王を知りまする」
 その言葉に、その場にいたアシストロイドと摩耶を除く全員がはっとアントニアを見つめた。
 この少女は自分とミナ姫を「同じ」だと言い切ったのだ。
 まさに傲岸不遜、増上慢も甚だしい話だ。
「そして私も旅をして、多少なりとも人を見る目は出来ております」
 ミナ姫とどこか似て、そして完全に否なる少女は言い切った。
「少なくとも今、この世界の中心はあなた、ミナ姫様と、私は見ました」
「よい目をしているな、アントニア」
 完爾と笑ってミナは言い放った。
「良かろう、そなたたちにバンドは総力をあげて協力する!」

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