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「だんす・おん・ざ・ばんぱいあ&ぬこーず」(1)

 これより公開致しますのは、今からざっと10年近く前、「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド」の六巻がでてアニメ化が決定したときにお祝いとして書き始めたモノです。
 環望先生とはその前から一個人としてまず私がファンであり、デビュー後に親しくしていただいていたということもありますが、この作品を書く前、同人誌で環先生が「あそびにいくヨ!」の話を描いて頂いた(アシストロイドを地球側で量産する話が舞い込む、というもの)&ミナ姫と「6」が共演する話を描いて頂いたことに対する恩返しでした。

当時は「あそびにいくヨ!」は12巻前後、「ヴァンパイアバンド」が6巻(現在の愛蔵版でいえば3巻あたり)の頃ですので、ヴァンパイアバンド側のキャラクターの「裏」やキャラクターの把握が甘いのはお許しを。

 実を言うと当時(2010年)、先にアニメ化されていた「ヴァンパイアバンド」の後番組にそのまま「あそびにいくヨ!」がなる可能性があり、「同じMFだからヴァンパイアバンドの最終回が終わった後ミナ姫がアシストロイドにひょいとバトンタッチするアイキャッチで〆られたらいいよね」という話もありました(結局叶いませんでしたが)。
 ではせめて……と考えて書いたのがこれです。
 当初はこれをヴァンパイアバンドを掲載していた雑誌の付録として着けるというアイディアもありましたので、大体原稿用紙で40枚ぐらいで最初考えていたんですが、「こういうのは勢い!」と書いていくうち、あれよあれよと大きくなってしまい、さらに「ヴァンパイアバンド」本編がそこから一気に急展開をはじめ…結果、未完のママとなっております。
 正確には起承転結でいえば「起」「承」と「結」は出来上がったのですが「転」になる部分が「※メモ」という形で内容だけと言うことになっています。
 今回の公開に当たって、これを書き足そうか、とも思ったのですが、今現在だと、ヴァンパイアバンド側を大きく書き直す必要が生じますし、そうなると書いていたときの熱量が失われる可能性も高いため、これはこのままのほうがいい、ということで最低限の誤字脱字を改めるのみと致しました。
 大分荒っぽいファンフィクション(FF)ではありますが、どうぞお楽しみ頂ければ幸いです。
 そして再び不死鳥のように飛び上がった「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド」の続編「ダンス イン ザ ヴァンパイアバンド A.S.O(エイジ・オブ・スカーレットオーダー)」をお買い上げいただければ幸いです。

……その、えーと、もしもお財布に余裕がありましたらついでに「あそびにいくヨ!」及び神野オキナの他の作品のほうも何卒よろしくお願いいたします……m(__)m


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「だんす・おん・ざ・ばんぱいあ&ぬこーず」(1)

 珍しく時間が出来たので、ミナの部屋には「牙無し」の子供たち三人が来ていた。
「ネコちゃん、じゃと?」
 ミナが首を傾げた。
「うん、そうなの。最近図書室に住んでるの」
「図書室?」
 あんなが言った。
「ちがうよ、浜おじさんのこーばんの横のプレハブだよ」
「おっきいネコのお耳としっぽがあって、いっつもジャージ着けてて、よくコンビニのおにぎり食べてるよ」
「ちがうよ、あたしとあったときはエプロンのひらひらしたドレスだったよ?」
「着替えぐらいあるよ、ネコちゃんだもの」
「んでねんでね、物知りなんだよ。この前なんか一緒にクイズ番組見てたら全部答え言えてたし」
「ふむ」
 図書室、といえばこの「バンド」の中ではただ一カ所、とある人物の定宿というか、生息場所というか、セットというか、とにかく「聖域」的な場所である。
 この子供たち(といっても実際はかなりの年齢の吸血鬼たちだが)が入れるのは特例中の特例で、気難しい「管理者」がそんな存在を許すとは思えない。
「姿も消せるし、オモチャとか直してくれるし、絵だって上手なんだよ?」
「ふむ…………?_」
聞いていくうちに、ミナの首がだんだん傾いていく。
「でねー、でねー」
 子供たちの「ネコちゃん」話は長く続き、結局その日の面会時間はそれで終わってしまった。
 子供たちは慌ただしく去り、にこやかにミナはそれを見送った。
 ドアが閉まり、ミナは机に戻る。
「『ネコちゃん』のぅ…………」
 ぽけっと呟きながら、ミナは本日の業務に戻った。
「イマジナリィ・フレンドというやつではないでしょうか?」
 子供たちの為に並べられていたティーセットを片付けながらヴェラが微笑む。
「空想の友達という奴か………」
 ミナは溜息をつく。
「…それにしては妙に所帯臭い存在だの」
「イマジナリィ・フレンドは基本、その子供たちからもっとも近くて遠い存在ですから、コンビニのご飯を好んだり、だらけてテレビを見てたり、妙にオタクっぽいのもそのせいではないでしょうか」
「なるほど、ならば納得もいくな」
 じゃが、と羽根ペンを弄びながらミナは少し首を傾げた。
「じゃが、あんなまで…………」
「あんなはまだ精神的に子供ですから」
 なるほど、ヴェラの言うことは筋が通っている。
「ネコ耳しっぽ付きか…………その辺が気になる」
「姫様が以前お会いになったという…………」
「うむ、二頭身のちんちくりんでな…………しかし、今となってはあれもまた、妾の疲労が生んだ妄想ではないかと思えてくる」
 憮然とした顔でミナ。
 実を言うと少し前、彼女の元に「うごく二頭身のネコのぬいぐるみ」が現れ、彼女は「それ」の指導の下、「ある恥ずかしい行為」をしてしまい、それをアキラに見つかるという「大失態」を演じていたのである。
 くすくすとヴェラが珍しく小さな笑い声をあげた。
「そのときの姫様のネコ耳姿、是非拝見いたしとうございました」
「言うな!」
 さすがにミナの顔が紅くなる。
「あれからしばらくアキラに呆れられて…………まったく、思い出すのも腹立たしい!」
 口をへの字に曲げて腕組みした途端、周囲が真っ暗になった。
「!」
 主従の間に緊張が走る。
 数秒待ったが、非常用電源に切り替わることもなければ、復旧もない。
 バンドの電源はすべて、地下深くにある核融合炉によって賄われている。
 二重三重の安全装置とそれを精密に運用する人材の運用により、よほどの事態がなければ、停電などあるはずがない。
 机の上のインタフォンにミナが触れる前にブザーが鳴った。
「何があった」
『分かりません』
 バンドの原子炉管理官の声は切迫していた。
『原因不明です。炉心は正常に機能していますが、そこからの熱がまるでどこかに吸い取られているかのように消えているんです』
「予備電力は?」
『これも不明です、経路のどこかで消滅しています、今バンドは各建物、各区域に設けられた最終予備電源で機能していますが、それも五時間が限度です』
「…………わかった、とにかく復旧のための調査と原因の究明に急げ」
『はい、姫様!』
 インタフォンから指を離し、ミナはじっと考える。
 吸血鬼{吸血鬼:ヴァンパイア}である彼女にとって闇は目くらましにならない。
 本来が闇の生き物なのだから。
 問題は別の所にあった。
 光が失われたことではない。
 動力が失われ…………いや、どこかに「消えて」いることが問題だった。
 単なる破壊工作や、故障ではない。
 ツーテイルの髪を微動だにさせず、少女は思考の網を張り巡らせ、状況の推測を開始していた。
 その間にヴェラは壁にあるインターフォンとヘッドセット型の通信機を使い姫に与えるべき情報を収集し、取捨選択していく。
「姫様、各セクション、今のところ以上はありません。異常な行動を示すものの存在も確認出来ず…………ただ」
「ただ?」
「感受性の高い者たちが『ゆがみ』が起こっているような気がするという報告が」
「ゆがみ?」
「具体的にどういうわけかはわかりませんが、どこかが『ふつうではない力でゆがめられているような気がしている』と」
「何人じゃ?」
「メイドたちも含めて十名以上………長寿者{長寿者:エルダー}たちからも来ています」
 長寿者とは、「ヴァンパイアになって五〇〇年以上経過した者」たちのことだ。
 それだけにバランス感覚で世渡りをするのが上手く、このバンドにおいてはどちらとも着かぬ存在であると意思表示していることが多いが、概ねミナ寄りな心情を持っていてくれている。
「長生きしている連中からも、となればただごとではあるまい」
 目を細め、表情を消したミナは吸血鬼の女王たる冷厳さの塊だ。
「何かが『来る』やもしれぬ…………警戒態勢、最高レベルじゃ。市民に外出の禁止を伝えよ」
「…………よろしいのですか?」
「妾の直感が告げておる」
「御意」
 ヴェラはそれ以上の疑問を口にしなかった。
 絶対の服従、それこそが彼女の捧げるもの。

「…………っと」
 ひらり、と少女はスカートの裾を僅かに翻しただけで着地に成功した。
「しかし暗いのぅ、停電か? それとも廃墟に来たか?」
 その言葉に呼応するようにライトが光る。
「大丈夫ですか、お嬢様?」
 そのすぐそ横に音もなく舞い降りたのは頬に傷のある美女だった。
 しかも、メイド服。
 光源はその手に握られた中型のマグライトであった。
 順手ではなく、逆手に握っている辺りがかなり物騒である。
 もう片方の手にはベレッタのM93Rが折り畳み銃床をのばした状態で構えられていた。
「うむ、大丈夫じゃ摩耶。これぐらいで無様な着地を決める私ではない!」
 偉そうに胸を張ったのは、十二、三歳ほどの少女だ。
 ショートヘアで、理知的な額が将来の美貌はおろか、現在においてもかわいらしさを補強している。
 その背後でどたばた、というみっともない音がした。
「なんじゃ、『へいほん』に『6』、みっともないのぅ」
 後ろを振り向いた少女がやんちゃな弟の失敗を見守る姉のような苦笑いをするのも道理、そこには二頭身のかわいらしいぬいぐるみが数体、折り重なって倒れていた。
 上に重なっている四体までは同じような真っ赤なボディにネコの耳、しっぽ、そして空豆のような顔にふたつの大きな目、どてっと広がる足を持っていたが、最後の二体のうち、一体はネコの耳は被っているハンチング帽に隠れて見えず、さらに身体は唐桟のお仕着せ、鼻にかけるタイプの古い眼鏡がちょこんと顔の真ん中に乗っかっていて、前掛けに○に「定」の文字が白抜きで描かれている。
 最後の一体もまた、ネコの耳は前に折りたたまれていて、一見すると無いように見える。その上、弁髪に黄色いカンフースーツをつけ、ややつり目気味の造形をした二頭身のぬいぐるみ…………らしいものだった。
 ぬいぐるみ「らしい」、というにはわけがあって、彼らはそれぞれ勝手に動いて折り重なった状態から脱したからである。
「みな、無事か?」
 優しく尋ねる少女の言葉に、全員がこっくりと頷いて「だいじょぶでし」と書かれたプラカードを掲げた。
 ハンチング帽のぬいぐるみは「あんじょうでおます」と書いたプラカードを掲げ、唯一、弁髪にカンフースーツのぬいぐるみだけがぱっと扇子をひろげて「めんぼくないあるじよ」と表示した。
 これがどうやらカンフースーツの縫いぐるみだけの意思表示の方法であるらしい。
「さて、着いたはよいが、標的が何処に現れるか、じゃな…………この世界の住人にも出来れば警告を発しておきたいし」
「はい、お嬢様」
「GPSは使えそうか?」
「今周波数を調整してはおりますが…………微妙に周波数が違う、というより、この建物の中事態、電波を遮断する装置が稼働中のようですね」
「うむ…………ではお前たち、四方に散って状況を調べよ、出来ればエリス様たちもお探しするように……あとこの世界のいちか殿もな」
 少女の命令に一斉に二頭身の子猫たちは頷いたが、弁髪のぬいぐるみだけは「われはあるじをまもるのである、のこるのである」とかわいらしい事を書いた。
「駄目じゃ、今は一刻を争う。私の位置は分かるであろう? 何かあったらすぐに来い、それまではみなと一緒に探すのじゃ。よいな?」
 じーっと「へいほん」と呼ばれたぬいぐるみは少女を見上げたが、ハンチングのぬいぐるみがその弁髪をぐいっとひっぱり「ときはかねなりでっせ」と書いたプラカードを掲げてずりずりと引きずっていった。
 ちなみに途中で「へいほん」と呼ばれたぬいぐるみは扇子をひっくり返し「あーれー」と意思表示した……妙に芸が細かい。
「…………しかし、どういたしましょう? 先ほどから私、妙な気配を感じておりますが」
 傷のあるメイドが囁くように言った。
「まるで…………物の怪の巣の中に飛び込んだような」
 目つきが鋭くなっている。
 が、彼女の主はあっけらからんと、
「じゃが、悪い予感も気配もせぬ。まあ、我らは我らで歩き回って調べようではないか。まずここがどこか分からなければ動きようもない。のう摩耶?」
「はい、アントニア様」
「それに」
 ぬふふ、と笑いながら少女{少女:アントニア}はどこからともなく、妙なものを取り出した。
 黒いスーツケースである。
「これも是非試してみたいでな。いちか殿謹製の新型システム、キャーティアの方たちのテクノロジーと合わさるとどうなるか」
「そういうお転婆なことはおやめくださいませ、モルフェノスの御党首ともあろうお方が…………私のこれだけで十分でございますよ」
 摩耶もまた、どこからとも無く奇妙な四角い機械を取り出した。
 中央に大きなレンズがはめ込まれた、カメラのような機械であるが、それにしてはデザインが色々とおかしい。
「まあ、確かに面白い理論ではございますが、お嬢様自らが、というのは困ります」
 ため息混じりで言う摩耶に対して、
「何を言うか、これはこれ、私のけじめじゃ。もともとの原因は私が『へいほん』から目を離したことから生じたことであるぞ?」
「まあ、確かにそうではございますが……」

「血の一族」がヴァンパイアならばそれに仕えるのが「地の一族」、人狼{人狼:ヴェイオウルフ}たちだ。
 日の光を浴びて、命とあらば地の果てまでも駆け抜け、太陽の心臓さええぐり抜く者。
 その中に、一人の少年の姿があった。
 鏑木アキラという。
 野性味と繊細さを併せ持った、孤独な狼そのものの風貌をもつ少年は珍しく焦っていた。
 あまりにも唐突な事態で、彼にとっての最優先保護対象…………いや、人生そのものにおける最も重要な人物のそばを離れていたのだ。
 離れている、とはいえ、ベイオウルフの会議室からミナ姫の部屋までは500メートルもない。
 人狼の足でいけばほぼ一分もかからない距離である。
 だが、その距離がもどかしい。
 すべての明かりが消えた闇の中を、風のように走る。
 何も考えない。焦りも不安も己の動きを鈍くし、判断を誤らせるからだ。
 機械のように受け入れ、行動し、あきらめない。
 それがこういう時のアキラのすべてになっている。
 そして、角を曲がった瞬間「相手」に遭遇した。

 星の空の下。
 海の風の中で、たまたまの休暇を楽しんでいたふたりはその「音」を聞いた。
「非常呼集、だね」
 ユヅルの声に、ななみは頷いた。
 バンド全体の放送の直前、ある特定の周波数で「呼集」の命令が流れる。
 それを聞き取れるのはごく一部の…………ミナ姫直属のヴァンパイアのみであり、傍系ながらユヅルもそれに連なるが故、聞き取れる。
 ふたりはどちらともなく、息を合わせたようにくるりと踵を返し、走り始めた。
 バンドが緊急事態を発令したとき、外にいた者たちがミナ姫の居る居城へ戻れる通路が開いているのは三分間。
 一八〇秒経過するとすべての入り口は閉まり、また、居城の中に居ても、その時点で先へは行けなくなる。
 これは以前からの教訓…………特に「バイド・パイパー」出現以来…………で得られた「システム」だ。
 ちなみに、発令の段階でミナ姫の半径百メートル以内の進入路はすべて封鎖され、あとは残った者が鉄壁の守りを行う。
 かろうじて年上の少女と、少年のコンビは最初のゲートをくぐり抜け、第三階層と呼ばれる部分に到達することが出来た。
 人外の吸血鬼の脚力は、こういうことを可能とする。
「ななみお姉ちゃん、急いで!」
「分かってる!」
 スニーカーのユヅルと違い、パンプスのななみは靴底が滑ったが為に僅かに遅れた。
 車のように横滑りしながらも態勢を立て直し、走り出そうとする。
 隔壁が閉まり始めていた。
 せめてあとひと区画、いやふた区画はいける。
 少しでも近く姫様のそばへ。
 それは遺伝子に刻み込まれた宿痾。
 が、それはいきなり阻まれた。
「わ!」
 ユヅルが何かに足を取られたのだ。
 当然、すぐ後ろを走っていたななみも足を取られる。
 もつれ合いながら、ふたりはそれでも何とか隔壁の向こう側へ。
 ごろごろと転がったあげく、ふたりは完全に閉鎖された次の隔壁にぶつかる形で停止した。
「ど、どうしたのユヅル、怪我はない?」
「あ、うん、だ大丈夫…………だけど…………」
 ユヅルは、自分の足下を阻んだものを転がる寸前思わず抱き留めるようにしていた。
 それは未だに少年の腕の中にあり…………。
 ひょこ、とミトンをはめたような手がプラカードをかかげた。
 プラカードにはミミズがのたくったような下手な字で「すみまし(せ)ん」と書いてある。
 頭に三角形の「耳」を模したらしいふたつのパーツ、空豆のような顔、鼻と口は無く、丸い目がふたつ。首輪には鈴、意外と細身の胴体に、大きな頭とのバランスを取るためか、どたっと広がる足。
 二頭身の、子猫のロボット型ぬいぐるみ…………そうとしか言いようがない。
「…………」
 ななみも意外な「障害物」の正体にぽかんとしていたが、やがてそのぬいぐるみはひょいとユヅルの手から離れて地面に降り立つとくるりとプラカードをひっくり返した。
 そこには「ここ、どこでしか?」と書いてある。
 ちなみに、額には「1」という番号がマジックインキらしいもので書き込まれていた。
「動いてる…………」
 ぽかんとしたユヅルの言葉に、思わずななみも頷いた。

 警報発令を、子供たちは帰り道で聞いた。
「聞いた?」
 ジジの言葉に、
「うん、急がなくっちゃ」
 とクララとあんなが頷く。
 彼ら「牙無し」の住む住民地区までは、幸い近い。
 急いで走れば大丈夫…………と思って、少年少女たちが走り始めた。
 幼いとはいえ吸血鬼である。
 風のように速い。
 その疾走が止んだ。
「まって!」
 停めたのは一同の中でもっとも最年長のあんなだ。
「おかしいわ、前に何か居る!」
 足を止めたのは、彼らが使おうとした「近道」の奥だった。
 うめき声のような、うなり声のようなものが聞こえてくる。
 子供たちは思わず後じさった。

 巨大な顎。

 子供たちの目に映ったのはそれだった。
 それも捕食目的のために整合性が持たされた生物のそれではなく、ひたすら破壊し、傷つけ血しぶきをまき散らす事にのみ特化した異形の牙が、でたらめに植え付けられ飛び出したもの。
 しかも、顎のあとに続く筈の頭部も目も、それには存在しなかった。
 ひたすら筋肉を寄り合わせたような長い首のようなもの、闇の奥は分からない。
 いつも大きな本を抱えているあんなが逃げ遅れた。
 足を滑らせ、仰向けに転ぶ少女の足からすっぽりと下半身を加えようと、「顎」が大きく開いた。
 粘液がしぶいて、周囲に飛び散る中、最初の牙の先端がその肌に触れる…………寸前。
「このおおっ!」
 半分狂乱したような声が響いて、拳がその顎をぶん殴った。
 拳の先端部分に半球状の、数式が渦を巻いたようなエネルギーの輝きがまとわりついているのを、吸血鬼である子供たちはかろうじて目にすることが出来た。
 一瞬遅れてあんなの身体が紅いラバーとも、布とも着かないもので覆われた腕に包まれた。
 あんなの後頭部でむにゅりと大きな柔らかいものが潰れる。
「飛びますよ!」
 言葉が終わらぬうちに、あんなは遙か後方へと飛んでいた。
 飛んでいるのはあんなだけではない。他の子供たちも、だ。
 数百メートルを一気に飛ぶと、あんなを抱いていた腕はそっと彼女を地面におろしてくれた。
「大丈夫ですか?」
 尋ねた相手は…………すっぽりと頭部を覆うボディスーツに身を包んだ女性…………だった。
 あんなを抱きかかえて飛んだのは紅く、ジジとクララたちを抱えて飛んだのは紫。
 ただし、こちらはかなり胸がささやかだった。
「あ、はい! ありがとうございます!」
 あんなの声に皆が我に返り、次々とお礼を言う。
「エリス、子供たちをお願い」
「はい! アオイさん!」
 アオイと呼ばれた胸のささやかな紫色のスーツの女性はまたジャンプして元の場所に戻る。
 そこでは、黒に黄色いラインの入ったボディスーツの…………こちらはおそらく男性…………が何かを殴っている背中が見えた。

「子供に、何するんだあああっ!」
 黒いスーツの拳は次々と「顎」に命中し、やがてその拳は左右ひとつに纏められてキツく握りしめられた。
「このおっ!」
 手首の周囲に力場のリングが発生し、それが収束されて撃ち込まれると「顎」の先端部分は消し飛んだ。
 のたうち回りながら、「顎」の本体が路地からまろびでてくる。
 その姿はコウモリの翼と七面鳥の身体にトカゲの鱗を貼り付けたような姿だった
「騎央君!」
 空中で紫のスーツが声をかけた。
「双葉さん、頼む!」
 そう言って、ふたりは同時に両手を握りしめ、本体へと向けた。
 今度はさっきよりも大きなリングがそれぞれに発生し、やがて融合してひとつの大きな輪になったかと思うと急に縮んだ。
 その中心から「力」が撃ち込まれて本体がふくれあがり、爆発四散する。
 血しぶきも、肉片も無かった。
「ただの情報体だってのに、人を襲うなんて…………まったくもう」
 黒いスーツの中身は、ため息をつきながら肩を落とした。
 声からすると少年らしい。
「仕方がないわ…………でも、騎央君、凄かったわ…………怖くなかったの?」
 紫のスーツが声をかける。こちらもあまり年齢は変わらないようだった。
「うん、子供たちが襲われてるのみてたら…………かーっとなっちゃって。あ、そうだ、子供たちは大丈夫?」
「はーい、大丈夫ですよお!」
 ぴょんぴょん、と紅いスーツのほうが飛び跳ねる。
「良かった…………」
 言うと、黒いスーツのほうは首元に手をあてた。
 一瞬で頭部を覆っていたヘルメット部分が消滅し、眼鏡をかけた、どことなく人の良さがにじみ出る顔立ちがあらわになる。
「君たち、怪我はなかった?」
「あ、はい、ありがとうございます!」
 あんなたちは再び頭をさげた。
「よかった」
 にっこりと少年は笑う。
「でも、こんな夜遅くまで遊んでいるのは良くないよ…………えーと今、この世界って何時ぐらい?」
「時差的にはさっきの世界と大差がない筈だから…………深夜の二時ぐらいの筈よ」
「じゃあ、駄目じゃないか…………って、そういえば沖縄でも夏じゃあたりまえだものなあ」
 何かを思い出したらしく、苦笑する少年。
 突如として現れた謎の三人組に、お礼は言ったものの、逆に好奇心に駆られてうずうずしている子供たちへ、はた、と思い出したように手を打って紅いスーツのほうが首元に手をやって頭部装甲を解除した。
 前髪に金色のメッシュを入れた紅い髪がたなびく。
 そして、ひょこひょこ、とネコの耳が頭頂部で動いた。
 かがみ込んで、子供たちに尋ねる。
「あの、そういえばすみませんけれど、ここはどこでしょうか?」
「あー!」
 クララとジジがその頭部を指さして声をあげた。
「ねこちゃんといっしょだー!」
「え?」
 紅い髪のネコ耳少女が首をかしげた。
 そして、自分のネコの耳に手をあてる。
「あなたたち、いちかさんを知ってるんですか?」
 その背後で、暴徒さえ凍り付くと言われる独特の金属音がした。
 散弾銃の装填音。
「動くな!」

 とりあえず、このバンドの情報すべてが集中する中央情報室へとミナとヴェラ主従は移動することとなった。
 足音は無い。
 この真っ暗な中見れば、それは恐ろしいほどに美しい亡霊にも思える姿だったかもしれない。
 曲がり角を曲がる。
 瞬間、ヴェラの身体がミナを抱えて後ろへ飛ぶ。
 その身体をぎりぎりかすめて鉄輪をいくつもはめた櫂型木刀が闇を疾りぬける。
 音速を超えた時に生じる衝撃波が、壁を切り裂いて、光を失ったシャンデリアを真っ二つに切り落とした。
「なるほど、やはり妖怪変化の巣でしたか」
 顔に傷のあるメイド服の女が下からの逆袈裟斬りの格好から正眼に構え直しつつ言った。
 M93Rはすでにどこかへ仕舞われていた……彼女を知るものが見たら驚愕間違い無しの「本気」モードである。
「我が城のメイドでは無いようですね」
 ヴェラがミナをかばうように立ちながら言う。
 いつの間にか袖の中から鞘を払った状態の細薄剣{細薄剣:フルーレ}が一本滑り出していて、すでに攻撃の構えになっている。
「左様、私の名は摩耶」
「私の名は、ヴェラとお呼びいただきましょう」
 ふたりの姿が消滅した。
 無限にして、一瞬の時間。
 瞬きをひとつ、終えない間に決着はついていた。
 ヴェラのフルーレの切っ先は摩耶と名乗ったメイドの喉へ、摩耶の木刀はヴェラの脳天ぎりぎりで停められている。
 どちらも、驚いたことにびっしょりと汗をかき、息が上がっている。
「止めよ、摩耶」
 停戦の声は摩耶の背後…………アントニアのほうからかけられた。
「ここでは我らのほうが侵入者じゃぞ。無礼であろう」
 諭すような声は、いつも窘められてばかりいる印象の少女の者とは思えないほどしっかりした思考の裏打ちがあった。
「そちらのお方に申し上げる、侍女のご無礼、お許し願いたい」
 そして、優雅に一礼し、告げた。
「私はアントニア・リリモニ・ノフェンデラス・パパノーガス・アレクロテレス・クノーシス・モルフェノス」
 ルーマニア語での自己紹介だった。
「この世界は初めての旅人、こちらは摩耶、私の従者にして姉であり母代わりの者、摩耶にございます」
 二秒ほどの沈黙の後、ミナは不思議な笑みを浮かべ、ルーマニア語で答えた。
 まるで、久方ぶりに友人に出会うような。
「…………ご丁寧な挨拶、痛み入る。ヴェラ、そなたも剣を引け」
「はい、姫様」
 視線を外さず、ふたりの美女は互いの武器を同時に引いた。
 そのままそれぞれの主の背後まで下がり、武器を背に回して控える。
「では私も名乗ろう」
 吸血鬼の女王は、不思議に暖かい目でまっすぐに不意の来訪者主従に名乗った。
「妾の名はミナ・ツェペッシュ。この東京吸血鬼租界{東京吸血鬼租界:トーキョー・ヴァンパイアバンド}の女王じゃ」
 そして、不意に日本語に切り替えて、こう早口で言った。
「ところでお主たち、お茶でもどうじゃ?」
 間髪入れず、アントニアは頷いた。
「お受けいたしましょう…………実はお願いしたいこともございますから、ミナ陛下」
「ミナでよい。おぬしもアントニアでよかろう?」
「はい」
 にっこりとアントニア。
 こちらは摩耶がよこで思わず顔を上げるほどに驚いた。
 アントニアは普段は決して、当人が言い出さない限り、名前を呼び捨てにすることを許さないのである。


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