「呪い」の話

「呪い」というと、皆様はどんなものを想像するだろうか。

頭にろうそくを巻き付けて「怨めしや~」と言いながら丑の刻参りをする女だろうか。
それとも日本中を恐怖に陥れた鈴木光司原作の映画「リング」の貞子だろうか。

ここで私が言う「呪い」とは、言い方を変えると「固定観念」や「固着観念」と呼ばれるものに似ているが、これらは自分が決めたルールを遵守しようとする働きのことを言ったりするのでちょっと違う。どちらかといえば”○○は□□でなければならない!”といった「思い込み」のことだ。



世の中の人はみな、多かれ少なかれ呪われていると思う。
あなたを呪う主は、多くの場合慕っている人物であったりあなたの父親・母親であったりする。

昨今ではLGBTを受け入れるか否かであらゆるSNSを賑わせている。
「男が化粧をするのは気持ち悪い」「女が女と結婚しても子供が産めないから意味がない」などという意見も多い。

こういった考えも「呪い」からくるものである。

幼少期に母親から「女の子なんだからスカートが好きでしょ?」とか、父親から「男だったら泣くな」とかいったことを(当然、悪意なく)言われてきた結果、大人になった今それらによって生まれた認知のゆがみを治せずに、他者に自分の考えを押し付ける人を見ると「ああ、この人も呪いに苦しんでいるんだな」と思う。



「呪い」はなにも幼少期にかかるものばかりではない。

私は自身のバンドを持っているのだが、そうなってくるとTwitterのフォロー・フォロワーはバンドマン・ミュージシャンばかりになってくる。
タイムラインを見ると「打ち上げに参加しないバンドマンはダメ」とか「ブッキングにこだわりのないブッカーはダメ」とか「ロックンローラーならエフェクターなんぞ使わずにマーシャルにシールドを挿せばいい」とか、たくさんの呪いの言葉がゴロゴロとツイートされている。

もちろんこの発言をした裏には様々な背景があって、本当に何も考えずに言ったことであったり、いろんな経験を積んだ上で自分の考えを固定するに至った経緯があるのは理解できる。
しかし注意したいのは、こういった言葉を真に受けすぎて自分自身の行動を制限してしまったり、自分自身を責めてしまって精神的に参ってしまったりすることである。




私は某専門学校で2年間音楽にまつわる授業を受けてきたが、アーティスト育成や実演練習の講義を受け持っていた某講師が多種多様な「呪いの言葉」を生徒に振りかけていた。

シンガーソングライター志望の生徒が全生徒の前で自身の曲を発表するときには、「オイオイ~歌詞見て歌うの?w シンガーソングライターなんだから自分の歌詞は覚えてなくちゃダメじゃない?」と言ってみたり、
各音楽企業から定期的に送られるバンドオーディションの期日が迫ると
「エッ、もしかして応募したやついないの?ミュージシャン目指してるならオーディションは受けなきゃダメでしょ~w」と言ってみたりしていた。



彼が言っていたことは正論であることが多い。太字でイヤミったらしく記述した言葉も実際のところ正論だと私も感じるし、悪いことは何も言っていない。否定のしようもない。

ただ、これらの考えは他人から「呪われた」ことで得るのと、自身の経験で掴み取るのとでは圧倒的な差がある。

なぜなら、他人から「呪われて」しまうと、自分自身を減点方式で見てしまうことになるからである。



先程の呪いの言葉を例にとってみてみると、
「シンガーソングライターは歌詞を見て歌ってはいけない」
と呪いをかけられると、これから先ずっと「早く歌詞を覚えなくてはいけない」と感じて精神的に苦痛を感じやすくなる。呪いの主が身近な人物だとなおさら「この日までに歌詞を覚えないとあの人に怒られる!」というように萎縮してしまい、本来楽しいはずの「歌うこと、演奏すること」が全く楽しくなくなってしまったりする。

逆に、「歌ってるときお客さんの反応をみたいな」とか「歌詞を覚えている曲を歌ったときと、歌詞を見ながら歌ったときだと全然声の出方が違うな」とか「譜面台を置いて歌詞を見ながら歌うとパフォーマンスに制限が出ちゃうな」などと、自分自身が感じたことで得た「歌詞は見ない方が良い」という結論を持つと自分自身を加点方式で見れるようになる。

このスタンスなら本番まで歌詞を覚えられなくて結局譜面台をステージに立てて演奏したとしても、「この曲のこの部分は覚えてたから歌詞から目を離して歌えたぞ!」と感じられたり、
頑張って覚えてきても「歌詞見ないで歌えた!やった~」と感じられたりする。
呪われていると、そもそも歌詞を覚えてくることでようやく0点なので苦しい期間がとても長くなりがちだ。



おかげで私も結構辛い時期があった。

自分ではかなり頑張ってるつもりでも全然歌詞を覚えられず、本番前にものすごくナーバスになってしまったものである。
そんな気持ちでステージに立つものだから当然音楽は楽しめないし、極度の緊張から開放されて、そのまた別の日に同じようにナーバスになって…というアップダウンを繰り返した結果、音楽自体が嫌になって専門学校に行かなくなってしまったことがあった。いろんな人に迷惑をかけてしまったと今になって反省している。



「呪い」の怖いところは、自分自身でそれの効力になかなか気づけないことだと思う。ここまで読んで頂いた方で共感して頂けた方は、これから人から言われた「○○は△△じゃないとね~」といったテンプレに当てはまる言葉を真に受けず、「これは”呪い”か?」と少しだけ考えてみることをオススメする。

皆様にかけられた呪いがすべて解き放たれることを祈る。


The Buildings上島翔

この記事が気に入ったら、サポートをしてみませんか?気軽にクリエイターを支援できます。

10
宮城県仙台市のギタリスト平5年8月生The Buildings,Burroughsに在籍

この記事が入っているマガジン

コメントを投稿するには、 ログイン または 会員登録 をする必要があります。