「死にたい」は、必ずしも「自殺したい」じゃない

誤解を恐れず言うと、私は今でも、できるならすぐにでも死にたいと考えています。
けれども、自殺には反対派です。

ひとつは、「死にたい=メンヘラ」、このレッテルに納得がいっていないからです。
もし自分が“そういう病気”だと認めてしまったら、陰口を叩かれるのではないか、評価下がって仕事を任せてもらえなくなってしまうんじゃないか、など、周りの人間からどんな風に見られてしまうのか恐ろしくてたまりません。未だに理解が得られにくい病気だし、腫れ物に触るようにされれば、それもまた自分を追い詰めてくる気がする、と思うと、恐怖でいっぱいになります。

けれども、自殺を図って救命救急センターに搬送されてくる人のうち、実に9割以上が、何かしら精神系の疾患を抱えているのだそうです。

同センターに搬送されてくる患者のうち1−2割は自殺企図者が占め、実にその9割以上が、なんらかの精神科の疾患を抱えているという。ーHealthcareBiz

どんなに複雑な理由があったとしても、「あぁ、病んでるから自殺したのね」で終わりにされたりやしませんか? 

もうひとつは、世間様に迷惑をかけずに死ぬ方法など一つもないことを、学んで知ってしまったからです。
それこそ他人様になんて言われるやら、どうせ死んだ後のことなんだからいいじゃんと思わないでもないのですが、ただでさえ生き恥晒しているのに死んでもなお揶揄されるなんて…。
自殺の方法については、いろいろ調査しました。けれど、世間様と他人様の目が病的に気になる私は、

①なるべく世間様や他人様に迷惑をかけない
②苦しくない
③確実に死ねる

の3つを満たさなければ、羞恥心のあまり死ぬことすらもできないわけです。

『完全自殺マニュアル』も、もちろん購入し熟読済みです。1993年に発売されたこの本は、当時100万部以上を売り上げる大ベストセラーになったそうです。
しかし、調べれば調べるほど、①~③を完遂できる自殺はひとつもないことが分かったのは絶望的でした。『完全自殺マニュアル』は、読めば絶対に死ねなくなってしまう、大どんでん返し本ですから。

周りに迷惑をかける死に方なんて、ダサすぎて無理。かと言って、生きているのも本当に嫌。

同じ理由で自傷行為もできません。例えば手首の切り傷など、もし他人様から指摘されたらどうしよう…「心配して」って言っているみたいで、それもダサすぎて苦しい。返す言葉も見当たらない、それならしない。
希死念慮と羞恥心のジレンマこそが、苦しくてたまらない原因なのです。

死んだ後もなお、他人からどんな風に見えてしまうかを気にしてしまうなんて、それこそ病的な気もしますが、「死にたい」は、「消えたい」が最も近いのかもしれません。


「死にたい」って、言っちゃいけない につづく

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鴨島 妙実

死ぬことについて100日間本気で考えてみた

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