隠したものを、剥がす

おかしいくらいに毎日死にたいのに、その原因が分からない時は、うまいこと言葉にも表せないもどかしさが、より一層しんどくさせます。自分でもよく分からないのだから、もちろんアウトプットだってできません。
カウンセラーの先生との面談は、分からないけど普通の顔して生きていくために塗り固めたもの、を1枚ずつ1枚ずつ、出血しながら剥がしていくような作業でした。(つまりしんどい…)

面談を重ねて、分かったことがあります。
まずはどうしてこんなに死にたいのか。ひとことで言ってしまえば「圧倒的な自信の無さ」です。その原因が幼少期の家庭環境にあることも、学習して知りました。厳しい家庭で、常に他人と比較されたり、褒められることがなかったりすると、子どもの自己肯定感は著しく低下してしまうのだそうです。

ところが厄介なのは、原因が分かったところで自分に自信がつくわけではない、ということです。
何をやってもちっとも自信がつかないことは、ものすごくよく自覚をしていました。自分を肯定できないのだから、そもそも自信がつくことなどないし、ここで自己啓発やコーチングに走ってしまうのは、もはや自信無い人あるあるではないでしょうか。
「ネガティブに考えてしまう自分はダメなんだ」とか、「他の人はこんなに変われているのに、自分はちっともできていないなんて、きっとまだまだ努力が足りないんだ」とか。
そうしてまた別の自己啓発に大枚はたいて参加しまくったにもかかわらず、自信がつくどころか、死にたい気持ちばかりがどんどん大きくなる、全くの逆効果だったようです。

自信をつけたい、でもつかない、すると不安。不安が怖い。不安など感じなくしたい!
その対処法としてやっていたのが、「とにかく毎日を忙しくすること」でした。
「死にたい」などと余計なことを考える隙を無くすため、
分刻みで予定を入れまくる、飲みに行く、遊びに行く、出かける、お金が必要、稼ぐために次々と仕事を入れる、セミナーに参加する、またお金を使う、「稼がないと…」、「稼げない自分ヤバイ」…このループです。

安定を保障されていない自営業になってしまったこともあって、目の前に来た仕事にはとにかく食いついていたし、そのくせ稼げなくなる不安に勝てないので、どんなに理不尽なことを言われていても、絶対におかしいことを言われていても「できない自分が悪いんだ」なんて、正常な判断もできていなかったなぁと、今では思います。

けれど、いつも何かに追い詰められているような状況は、ふと気を抜いた瞬間に、死にたい気持ちを増幅させるので、決していいことではありません。こればかりはもう衝動的なので、自殺否定派の私ですら、駅のホームや歩道橋で“よろしくないこと”を考えたことは数知れず。
予定を詰め込みまくる癖は昔から変わっていませんが、気力と体力とエセポジティブで乗り切れたのは20代まで。30歳以降は、どんどん強くなる「死にたい気持ち」とスケジュールと戦う、そんな日々でした。


ゆるやかな自殺 につづく

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鴨島 妙実

死ぬことについて100日間本気で考えてみた

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