あと80日②/A子は100日後に死ぬ

理由の分からないモヤモヤは、睡眠の最大の敵である。
モヤモヤは濃度を変えつつ、いつもしっかりと自分の胸の中に、重さを伴って存在している。
O先生のことを思い出したら、モヤモヤがどんどん濃く、重くなって、眠るところではなくなってしまった。

朝の5時。相変わらず眠れない。寝ようとすると眠れないのだ。

モヤモヤが邪魔をしていることは明白だったので、O先生に会って、聞きたいことがある旨をメールした。
今や作家の仕事は2割程度しかしていないというO先生だったが、返信はいつも早い。今回も、こんな早朝にも関わらず、すぐに返信が来た。(24時間関係なく生きている我々としては、夜や朝に、早いも遅いもないが)
メールによれば、逗子に行けば今日会えるとのことだった。もちろん、行くことにした。

逗子までは、今や湘南新宿ライン1本で行くことができる。しかし本数が少ないので、急いで支度をし、東京駅へ向かった。昼前には到着できそうだった。

「やぁ、久しぶりだね。元気だったかい?」

逗子駅を出ると、O先生が車で迎えに来てくれていた。サングラスをしていたので、最初分からなかったが、襟付きのシャツと風貌でO先生と認識した。
白い車を運転しているのは、O先生の奥さんだ。わざわざ車から降りてきて、「はじめまして」とあいさつをしてくれた。奥さんオススメのカフェに連れて行ってくれるという。海岸線を走る車の中、後ろの席に乗り込んだ私に、ハンドルを握る奥さんは逗子の良いところをたくさん話してくれた。

「じゃあ私、2時間くらい買い物行ってくるねー!」

てっきり一緒にランチをするのかと思いきや、奥さんは買い物に行くのだという。
奥さんオススメの、海の見えるカフェにはテラス席もあったが、O先生は潮風が苦手だと言い(ならばなぜ海の近くに住むのだろうか?) 室内の席に座った。

1年前と変わったこと。いくつか番組の台本を書いていること、ゲストが決まるかどうかいつも不安だということ、コラムを書いていること、などなど、近況を報告した。
O先生は、商品やサービスのプロデュースをしたり、書籍を書いたり、他にも、絵やシャンソンをたしなむ等しているという。2割の作家業の、他の8割が多彩ですごいと思った。自由で、羨ましかった。

「先生、前にお会いした時に、自分のために文章を書けっておっしゃったんですけど、」

“フレッシュ野菜のサラダ”が運ばれてきたので、話が切れてしまった。O先生が食べ始めたので、私も合わせて、フォークでサラダを口に運んだ。

「それで、書いているのかい?」

「えっ」

その先の質問を、サラダと一緒に飲み込んでしまっていたので、次ぐ言葉を忘れてしまった。
返答に困っていると、O先生が続けた。

「君は、お金を稼ぐために書いているのかい?」

「えっ?」

「以前、そう言っていなかったかな?」

「はぁ、お金を稼ぐには、仕事しないとっていう感じです。それは今もですけど。」

「そうか。」

O先生はワインを頼んだ。

「君も、飲むかな?」

「あっすみません、実は私、お酒飲めなくて…」

「そうか。私だけ、いいかな?」

「あっはい、もちろんです」

O先生は、ワインが飲みたかったから妻に運転をお願いしたのだと言った。
お酒が全く分からない私はどんなしぐさがオシャレなのかは分からなかったけれど、ワイングラスを傾けるO先生はオシャレだと思った。

「前に先生が言ってた、自分のために文章書くって、あれどういうことですか? 何回考えても、お金になる気がしないんですけど。」

「ふむ。君は、お金にならなければ書かないのかな?」

「えっいや、他に私がお金に変えられるスキルって無いんで…」

「スキルって、例えばどういうの?」

「資格持ってるとか、ちゃんと会社員できるとか、英語しゃべれるとか…」

思いつくものを並べたが、O先生は右の腕で頬杖をつきながら、じっと目を見てきた。反らしたいと思ったが、反らした視線をどこにやっていいか分からず、そのまま見返すしかなかった。

「君は、5年後10年後のことを、考えたことがあるかな? いや、そんな先じゃなくていいな、1年後とか、半年後とかだよ。」

「・・・」

「誰かのためだとか、そういうのでなくていいんだよ。 何かモノを残せば、残るんだ。もちろん、永遠じゃないけれど、モノとしてもしばらく残るだろうし、誰かの記憶にも、もしかしたら残るだろう? 君は、生きているんだけれど、それを分かっているかな?」

O先生の話は、抽象度が高くて難しかった。具体的を1として、抽象的を10としたら、先生の話は、1から8あたりに飛んで、それから5を経由して10の話をしているような印象だ。必死に理解しようと努めたら、コップの水の減るペースが異様に早くなった。

放送作家は、どんな辛いことも、身を挺して我慢し頑張り続ければ、それなりに稼げる。(売れっ子作家になるかどうかはさておき)
構造的には大企業と同じであることは、この数年でぼんやりと理解しつつあったが、じゃあその中で、自分はどうしたいのか、どうありたいのか、究極的には、それがなければ搾取されるだけなのは、一般の社会の仕組みと何ら変わりはない。

「君は、放送作家か?」

「・・・分からないです。」

「そうだね。じゃあ、そうじゃない自分は何をしていたいかな?」

「・・・」

無い、から、出ない。

買い物を終えた奥さんがお店に入ってきた。キレイで華やかで、かといってそれを鼻にかけている印象は全くない。居るだけで周りを明るい雰囲気にする、仲人のNに似ていると思ったが、Nよりは控えめで奥ゆかしい。O先生が、奥さんをとても大切に思っていることがよく伝わってきた。

お店を後にし、再び逗子駅まで車で送ってもらった。

「先生、今日はありがとうございました。」

「いやいや、遠くまで来てくれて、ありがとう。」

奥さんがおみやげに…と、食パン1斤の入った袋をくれた。なにやら地元で有名なパン屋さんのものらしい。

「僕もね、放送作家じゃないんだよ。」

「ええっ! だってあんなにいろんな、ゴールデン番組たっくさんやってたじゃないですか!」

「ははは。」

笑ったO先生は、胸ポケットにしまっていたサングラスをかけ直し、車の助手席に乗った。

「またおいで。逗子はいいところでしょう?」

「・・・先生、海嫌いなのに?」

「ははは、潮風が得意じゃないだけだよ。」

置いていた手をハンドルから放し、「そーなの!?」 と、奥さんがビックリしていた。O先生は「海は好きなんだ」と返し、奥さんは「なぁんだ。」と胸をなでおろしていた。
理解の追い付かない会話を最後に、車は発進した。

車の影が見えなくなるまで見送ったら、O先生が好きだという海を見てみたいと思い、電車には乗らずに海へ向かって歩いた。

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ええっ!? サポートしてくださったんですか!? ありがとうございます! 大切に溜めておくので、いつか一緒に、美味しい珈琲を飲みに行きましょう!

ええっ!? 「スキ」してくれたんですか!? 嬉しいっ!
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鴨島 妙実

A子は100日後に死ぬ

新卒で入社した会社を、若気の至りで辞めて以降、いろいろな仕事を転々とし、気づいたら放送作家をしていたA子が主人公の日記風小説。 A子のtwitter→@Aco_ha_eeco(https://twitter.com/Aco_ha_eeco)
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