その “愛” はきっと伝わる

熱に浮かされたように、なにかに夢中になっている人の話を聞くのが好きだ。

たとえ、全く興味のない事柄でも、相手が興奮して話し出すと、身を乗り出して「それで、それで?」と合いの手を入れてしまう。

そんなにふうに、なにかに熱中している人は、いつだって輝いて見える。どんなことだって、そんな人たちが作り出す、盲目的ともいえる愛は、誰かの日常を照らすきっかけにもなる。

自分が楽しいから、好きだからやっているだけ。

それだけのことが、その人自身を楽しくし、まわりの人までも明るくする。

先日わたしの育った浅草・台東区の広報誌にエッセイとおすすめの店を載せてもらった。

見開き2ページで「かもめと街」の世界観をそのまま紙面に落とし込んでくれたのは、区の広報担当の方の意向だった。

サイトを見つけてくれたきっかけは、担当の方がたまたま旅行先の情報を探していたときだったそう。

初めて会って話を聞くと、わたしが愛を込めて書いた記事が、きちんと届いているのだということを実感した。

Twitterなどで、読者の方の感想をいただくことはあっても、読んでくれる人に直接会うことはそうそうない。だからこそ、直接顔を合わせて話を聞いて、表情から「届いてる」ということを実感できたのはとても良い経験だった。

書くことが日常的になると、「これを書いて誰に届くんだろうか。喜んでくれる人がいるんだろうか。」と、何もできなくなる時が定期的に訪れる。ちょっとずつ息ができなくなるような、心に重たい雨雲がたちこめるような。

でも、そう思ったときは思い出してほしい。

きっと、そのあなたの愛は、どこかの誰の暮らしに花を添えているということを。

その愛は巡り巡って、いつかどこかで大きな出来事につながることがあるかもしれないということも。

6年前、松本の街の手描き観光マップを配り歩いたこと。それがきっかけで長野県庁のプロジェクトに参加することができた。

2年前、「かもめと街」を始めたことで、大好きな街や人のことをめいっぱい伝えられる場所を作ることができた。

それは、なによりもわたし自身の大切な場所になり、思っても見なかった人生に変わり始めている。そんな愛を汲み取ってくれ、素晴らしい企画に携われたことは、弱いわたしの、なによりもの自信にもなった。

この先がどこに続くのか、わたしにも全くわからないけれど。

それでも、愛をこめたものは、きちんと誰かに届く。

その愛が届いたことを実感するのは、数年後かもしれない。それでも、きっとどこかの誰かの役に立っていて、思いがけないごほうびがもらえることだってあるのだ。

苦しまなくても、めげなくても、大丈夫。

きっと、あなたの愛に救われる人はたくさんいるから。

わたしは、そんな愛を持っている人たちがとても愛おしい。

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