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JTBD法を学ぶ: When coffee & kale compete

今日は、Jobs To Be Done(JTBD)法という新規事業を立ち上げる、あるいは革新的な製品を開発するなど、いわゆるイノベーションを起こすための考え方、手法についてお話ししたいと思います。

この手法に関して、イノベーションのジレンマの著者でハーバードビジネススクールのクリステンセン教授が、書籍や講演などで興味深い、またとてもわかりやすい事例を紹介しています。(有名な話なのでご存知かもしれません。)

アメリカのファーストフード企業が、ミルクシェイクの売り上げアップを狙ったマーケティング活動をプロのマーケッターを使って行うのですが、顧客のプロファイルを整理して分析し、製品の味や内容量、重さ、パッケージなど、製品をいくら改良しても売上は全く変わらない。そこで別のチームが、顧客の状況を一日中観察してみると、ミルクシェイクが売れているのは朝の時間帯に集中していることを突き止めます。そこで翌日、ミルクシェイクを購入した人にインタビューをしてみると、実は顧客は、長い車通勤の時間が退屈で、退屈な時間に長い時間飲み続けられ、適度に腹持ちも良く、食べ物とは違って片手で持てるという理由でミルクシェイクを買っていることがわかります。
この事例から、「顧客は製品そのものを見て製品を買っているのではなく、顧客がかたづけなければならない用事(Jobs to be done)を処理するために製品を採用している。」ということが導かれるというわけです。

技術や製品至上主義、プロダクトアウト的なアプローチではなく、顧客サイドの“やりたいこと”、“やらなければならないこと”にフォーカスしなければいけない、という考え方なのですが、言われてみると誰もが納得するし、顧客価値向上だとか、顧客視点という言葉はすでに日本企業の中でも広く使われていて、そうしなければならないと理解しつつも、実行するとなるとそう簡単にはいかないというのが現実ではないでしょうか。現在、クライアントといっしょにJTBDの考え方を導入していこうとチャレンジしていますが、どうしても製品視点に戻ってしまって、頭の切り替えができないケースが多くみられます。やはり長年染みついた考え方はそうは簡単に直せないのかもしれませんが、繰り返し成功事例、失敗事例から要点を学んでいくことで、組織としての考え方から変わっていくことができます。

JTBD法は、アメリカやヨーロッパでは活用範囲が広がっているようですが、この手法もいろいろな流派が派生していて、決め手になるものはなかなかありません。Jobs To Be Doneという直接的なタイトルの書籍は2冊ほど出ていますが、それぞれ考え方をどう実践していくかというところで違いがあります。
Anthony UlwickのJOBS TO BE DONEは、対象製品の中核的機能ジョブを中心に顧客のジョブを定義したあと、ジョブに対して期待される成果、アウトカムを定義し、すべてのアウトカムに対する重要度と充足度に関して顧客からヒアリングをすることで機会スコアを算出することによって、イノベーションのポテンシャルを探すフレームワークを提供しています。
JTBD法として最初に普及したのは、このフレームワークのようなのですが、個人的な感想としては、顧客が製品の機能や使い方などをどう見ているかということが中心で、そういう意味では顧客視点なのですが、製品が前提になっていて既存製品から離れにくいフレームワークで、新しいものを生み出すというよりは、既存製品の改良、改善などに向いている方法かもしれません。

そんな中で出会ったのが、Alan Klementというアメリカの起業家で、JTBD法の実践者が書いた“When coffee & kale compete”という本です。
この本はKindleでも買えますが、実はいろんなページ(Alan自身のページなどでも)からPDFが無料でダウンロードできます。日本語訳はまだ出ていないので、英語が苦にならなければ、ぜひダウンロードして読んでみてください。
たくさんの事例を中心に、いくつかの興味深いメッセージが含まれています。
この本には、JTBD法によるフレームワーク的なものは一切書かれていません。JTBDの本質をしっかりと理解して、基本は顧客と真摯に向き合って、大事なことは顧客に対して適切な質問をし、コミュニケーションをとることで、本当のJobsにたどり着いて顧客が必ず受け入れるイノベーション、製品を導くことだと教えてくれます。

JTBD法ではJobsをどう捉えるかがひとつのカギなのですが、この本の事例でフォーカスしているのは、JTBDは、決してタスクや機能、行為そのもの、あるいは現状への不満ということではなく、新しい自分、進化したい自分ということだと述べられています。この考えは、前述Ulwickの方法とはだいぶ違います。

顧客は彼らの生活を良くしよう(日本語にすると伝わりにくいかもしれないので:make their lives better)としながら奮闘(struggle)している。このstruggleこそがJTBDだということです。また、顧客ニーズということではなく、顧客は彼らが属するシステムの中で進化したい(make progress)だけなのだということを事例とともに説明しています。

いくつかの事例の中で、ひとつだけここで紹介させていただくと、インドの家電メーカーGodrej(ゴドレジ)が、インド国内の低所得者向けに破壊的イノベーションを狙って開発したチョットクール(ChotuKool)という超低価格冷蔵庫が大失敗した事例です。
これまで冷蔵庫を使ったことがない人たち、つまり未開拓のマーケットに、所得事情や電力インフラ事情も考慮して、コンプレッサーの要らないバッテリー駆動可能な冷蔵庫を発売し、10億人と言われる低所得マーケットで数百万台の売り上げを狙った企画だったのですが、結果は2年間で15,000台という実績、しかも配送インフラのないインドでの販売のため、企業が配送料などを負担したため大赤字となり、この企画からの撤退を余儀なくされたということです。
ここでの学びは、JTBDの考えを理解していないと、競合を見誤るということです。この事例では、製品としての競合は存在せず、所得に見合う価格でありさえすれば売れるはずという見込みだったのですが、顧客の立場から見た実際の競合は、毎日必要な食材を毎日買うこと、ミルクを腐らせないために加熱する習慣、そして、インドで3千年も使われている2重ポットという冷蔵方法だったわけです。

この本のタイトル”When coffee & kale compete”は、そのまま訳すと「コーヒーと野菜ジュースが競合するとき」ということなのですが、つまり、製品としてはまったく異なるものでも、顧客のJTBDを考えると、違う種類のものでも競合になりうる、というメッセージを含んだタイトルだと思います。
製品軸でしか考えられない人たちは、競合他社だけを競争相手と捉えて企業活動をしていますが、本当の競合はJTBDに対するソリューションとして考えると、正しい見方ができるということです。

この本の中でのもう一つのメッセージは、イノベーションはゼロサムゲームだということです。つまり誰かが新しい勝者になれば、必ず敗者がいるということ。ひとつのJTBDに対して勝者は一人だけだということです。強い参入障壁に守られた強者が、慢心して堕落した事例としてKodakの失敗が取り上げられています。
これも競合の事例と同じように、強者はその製品だけを考えると、新規参入者は簡単には入ってこれないとタカをくくるのですが、JTBDで考えると全く違う方法、ソリューションで顧客のJTBDを満たすことでマーケットそのものをひっくり返してしまうという教訓です。
理屈を言われると理解した気になりますが、製品指向に陥ってしまうことはなかなか変えられないかもしれません。

2つの失敗事例を取り上げましたが、本の中で残りの事例は、JTBDの本質を理解した起業家たちが、顧客と向き合い、適切なコミュニケーションをすることで顧客の本当に望むことにたどり着いて成功していく例が多数紹介されています。

JTBDは、まだ日本ではそれほど普及していません。日本人発の書籍も私が知る限りではまだ出ていないようです。
これから日本企業がグローバルで戦っていくために、このJTBDの考え方は必ず役に立つと考えています。今、いくつかの企業と実践を始めています。関心がある方はぜひともご連絡ください。

イノベーションを考えるとき、JTBD以外にも実はもう一つ重要なことがあります。
それは、イノベーションのエコシステムということです。Ron Adnerという人が書いた”WIDE LENS“という本は、イノベーションのエコシステムについてわかりやすく教えてくれます。(この本は日本語版があります。)
なぜ、アップルが勝ち続けられるか、ということがこのエコシステムに依るものだということがわかってきます。
次回は、イノベーションのエコシステムとJTBDの考え方をつなげてエコシステムを設計していくお話しをしたいと(機会があれば)思っています。

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