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ゼロからモノを作る

多くの人にとって、まったく何もない状態から何かモノを作るというのは、とても難しいことかもしれません。
一般の人にとっては当然なのですが、製造業の開発現場でも実は状況は似たようなものかもしれないのです。

アメリカのボストンにある中規模の製造業企業を訪問したとき、そこで全社規模で大改革を行った話を聞きました。
品質問題の多発、ヒット商品が出ない、後戻り設計が多すぎる、顧客が喜ぶものが何だかわからないなど、多くの悩みを抱えていたのを、トヨタの開発手法(リーン製品開発)を学び、自分たちに合ったやり方に変化させながら、会社をいい方向に変えていったのだそうです。

まだ道半ばですと、開発部門長の方は笑いながら仰っていましたが、開発期間を40%低減させ、収益も大幅に改善されているとのことで、部門長だけでなく皆の顔が生き生きしていたのがとても印象的でした。

その改革のひとつに、新入社員の教育があるというので、その話を詳しく聞きました。

研修として新入社員全員に、ソーラーカー(モデル)を作らせるのだそうです。

与えられる課題は、「他のソーラーカーよりも速く走るものを作ること。」で、モーターとソーラーパネルは決まったものが与えられ、それ以外は自由に作っていいのだそうです。

設計の仕方とかは一切教えないそうです。ひとつだけ与えられるヒントは、今、わかっていることと、わかっていないことを整理すること、そしてわかっていないことを、どうやってわかることに変えるかを考えながら進めなさい、ということだけだそうです。

この研修によって、何を教えようとしているのでしょうか。

部門長さんは言いました。技術開発は、知識を積み上げていく仕事だと。だから、どうやって自身の無知を知り、知識を積みあげていくかということ、そして何も知らない所から、何かを作ることを体験し、その喜びを理解してもらうことなのだそうです。

多くの大規模メーカーでは、主力事業が全社の収益を支えているため、主力製品の開発に力を注ぎます。
長年やってきた主力製品を改良し、改善することで競合メーカーと競争して、シェアを拡大、あるいは守ろうとします。

先人の人たちが、ゼロから築き上げてきた技術を積み上げて作られた製品が会社を支えているのですが、どうも、ゼロから築き上げてきた過程が会社に、というか、後輩たちにうまく伝わっていないようです。

この部品はなぜこのような設計になっているのですか?

この製品機能の原理はどういうことですか?

という質問を現場の若手技術者に聞いても、「わかりません。先輩に聞いてください。」となります。
そこで、中堅クラスの人を捕まえて同じ質問をすると、なんだか答えをはぐらかされてしまいます。知らないことを聞かれて、自分の無知さを暴かれたくないという対応をするのかもしれません。

そして、定年間際のベテランに聞いてみると、さて、丁寧な説明が返ってきます。(ことが多い。)

ここにひとつの気づきがあります。そう、わからないことは、わかる人に聞けば教えてくれるのです。
でも、わかっている人が、知識があるかどうかがわからない人に、あえて能動的に教えることがないのかもしれません。

さて、若手技術者と中堅クラスは、何かを間違えてしまったのでしょうか?

きっと、毎日の仕事が山のようにあって、部分的な仕事を任され、それをきちんとこなすことが評価基準であったため、何の躊躇いもなくこの状況になっているのかと思われます。

「ゼロからモノを作る」意識は、最初に作っておくべきなのでしょうね。
先人の人たちが積み上げてきた知識やノウハウを、自分でもなぞって見れるというのが、本物の技術者なのだとこのストーリーを書いていて再認識します。

起業する、新規事業を立ち上げる、何か新しいものにチャレンジする、そんなときには「ゼロから出発」を当然のように意識しますが、既存事業を守る立場でも個人として、そして会社としてもチャレンジし続けるために、「ゼロから作り上げる」意識、そして、知識を積み上げるという意識を持ち続けたいものです。

前述の会社は、テラダイン・べンソスという製品検査装置などを製造、販売している会社です。
意外ですが、トヨタの生産方式はあまりにも有名ですが、トヨタの開発方法(リーン製品開発)は日本では長い間、あまり知られていませんでした。

1980年代に、ミシガン大学のアレン・ウォードという人がトヨタで学び、アメリカに持ち帰って体系化したものが、アメリカで広まっていきました。

テラダインの開発部門長である、Bob Melvinが(前述の開発部門長)、トヨタから学んだリーン製品開発をテラダイン流にアレンジし、それを"Knowledge Base Development"という本の中で紹介しています。

”知っていることを知っている”のは当たり前、”知らないことを知らない”のは愚者の天国、つまり無知は罪っていうこと、そして、”知らないことを知る”こと、そして”知らない知識を知るに変えていくこと”が、モノ作りだけでなく、何かにチャレンジするときに非常に大事だと再認識したいものです。



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