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【番外編】 留置所を梯子した話

たまにはお店には関係ない話を。
去年は会社を辞めたり、お店を始めたり、そんで閑古鳥がけたたましく鳴いてたり、まあ色んなことがありました。中でも一番ヘビーだったのが、飲み友達が立て続けに逮捕されてしまって留置所面会に行ったこと。しかも一日に二軒も梯子したの。

罪状は伏せておきますが、実刑はついてないので大したことはしてない。酔って殴ったとかそんな感じ。いや、これを大したことしてないとは言ってはいけないな。でもなんで千住大橋の人はあんなにも血の気が多いのか。二人とも悪い人ではないとは先に弁解しておく。でも「悪い人ではないんだけど」と枕言葉が付く人間は「大して良い人でもない」というのもまた世の真理よね、といつも思ってしまう。

居酒屋で会えば話す程度のただの飲み友達。ラインは繋がってるけど、差しで遊びには行ったりしないというレベル。
でも「捕まったらしいよ」と別の飲み友達から聞いて、もうびっくりしてびっくりして。私は幾度となく彼らにお酒をご馳走になっていてその恩も感じていたし,何より良い歳した男たちが着替えも持たずに留置所にぶち込まれて切ない思いをしているんだろうなと心配になって差し入れをしに行ったのだ。結果的には執行猶予で済んだから良かったけど、もう会えなくなったらどうしようという不安もあった。

一人目は三十代後半のAちゃん。千住警察署内の留置所に収容。こっちはそんなに心配してなかったの。彼女がいるから。下着とかも差し入れあるだろうしね。

だからね、暇つぶしになるだろうと思ってご本を差し入れしてあげた。「コボちゃん傑作選」と鬼頭莫宏の「姫さまのヘルメット 鬼頭莫宏短編集1987-2022」ってやつ。
鬼頭莫宏に関しては完全に個人的な趣味です。鬱漫画として有名だもんね。特に「ぼくらの」が有名なんだけど、あらすじが酷い。選ばれた少年少女がロボット?を操縦して敵に挑むんだけど、負ければ地球が滅びる、勝ったら地球は滅びないけど自分が死ぬというどちらにしても最悪な戦いを一人ずつこなさなきゃいけないという話。そんでこの短編集も似たようなテイストなの。そんなものを選ぶなんて本当に魔が刺してしまった。ちなみに「なるたる」も大好き。

話を戻すけど私は千住警察署にはよくお世話になってる。っつってもケータイを落とすことが多くて、その都度取りに行ってるだけなんだけど。
その度にあそこはなんとも言えない湿っぽさに覆われていると感じている。オフホワイトの壁、年代ものの給水機、桐島聡のポスター。学校とか役場みたいな古い公共施設特有の重い雰囲気が漂うのはなんでなんだろう。警察官の紺色の制服からも重苦しさを感じてしまう。

そういいながらも千住警察署はありがたいことに受付窓口が設置されている。警察官の方も「どうしました?」と積極的に聞いてきてくれる。だから私はできるだけの笑顔を作って爽やかに答えた。「留置所に面会に来ました」と。相手は少し困惑した表情を浮かべて案内してくれた。

用紙に面会相手の名前を書き込む。ああ、飲み友達という縁の浅さよ。普段はあだ名で呼び合ってるから名前が漢字で書けない。情けなさを感じていたら、「留置の面会が立て込んでまして」と遅くなる旨を案内されたんだけど、そんな立て込みも世の中には存在するんだなぁと感心した。

無機質に置かれたパイプ椅子に二十分ほど座っていたら名前を呼ばれ、二階に向かうように促されてエレベーターに乗り込んだ。
留置室の前で面会相手の名前、自分の名前や住所、差し入れするものを用紙に書き込むと、差し入れを警察官がチェックしてくれた。
「本のカバーが凶器になることもあるので」と訳のわからない説明をされながら本のカバーを外していたのがやけに印象的だった。

促されて入るとAちゃんがいた。相変わらずの
仏頂面で。仏頂面ながらも「なんだ、お前かよ〜」と安堵していた。私もかなえと普段名乗ってはいるが、両親の考えてくれた堅苦しい本名がある。名乗ったこともないので誰も知らない。知らない奴が来た!とさぞかし緊張したであろう。ざまあみそ漬け。

アクリルの窓が私たちを分断する。アクリルの向こう側に行ってしまったAちゃん。私が踏み入れられない世界に彼はいる、と強く実感した。
Aちゃんは色んなことを話してくれた。仕事をクビになったこと、面会には来てくれてるけど彼女が心配なこと、すぐに出られそうなこと、暇でしょうがない事。

でも元気そうで良かった。いや、良くないのかもしれないけど、生きていればなんとでもなる。逮捕されるということは実際衝撃だったであろう。生きる気力を失うこともあるかもしれない。踏み潰したところで潰れない人たちだってのはわかってはいたが、うっかり心配しちゃう。元気そうで良かった。

後日談になるがAちゃんには「なんであんなもの読ませたんだ」と鬼頭莫宏の本について言われたことがあった。「いいのいいの。あれ読んで色々考えなさい」とも思ったんだけど、本当に魔が刺しました。ごめんネ!

次に向かったのは西新井。西新井に昼間来るのは初めてかもしれない。一階がアジアンダイニング、二階がガルバという物件があって「なんだこの桃源郷は」と感心した。「食べて祈って恋をして」という名前の映画が昔あったが、奇遇にも西新井大師も近い。すごい街だよ、西新井。

二人目は四十代後半のE君
私、こっちの方が心配だったの。差し入れしてくれる彼女もいないだろうし。さぞかしへこんでいるんだろうなと。だもんでよ、私は北千住のドンキでパンツとTシャツを買って差し入れしにいったのだ。

西新井警察署は建物が新しく、待合室も広く、病院のような清潔感があった。しかしエレベーターで向かった留置室の廊下は薄暗い。
しかも差し入れのパンツにストップがかかった。「ほら、ゴムが伸びるでしょ。自殺しちゃう人もいるから」と担当の警察官に買ったばかりのパンツのウエストゴムをビロンビロンと引っ張られ、「え,嘘でしょ。人の新品のパンツのゴム、そんなに伸ばすことある?西新井の警察官のモラルってこんなものなの?」という衝撃を受けた。本当は頭にきたので「てんめえ!」と怒りたかったがミイラ取りがミイラになるわけにもいかないので我慢しました。そんなわけでパンツの差し入れはNGとなり、ゴムの伸び切ったパンツだけが手元に残った。

面会室に入ると仏頂面のE君が「なんだ、お前かよ」と安堵していた。なんで同じ反応をするんだろうか、この人たちは。
そしてE君は久しぶりに飼い主に会った犬のようにはしゃいでいた。よっぽど退屈だったんだろうな。アクリルの向こう側から一生懸命語り掛けてくる。

「元気だから皆には心配するなって言っといて!仕事もなんとかなるから!大丈夫だから!いやぁ、下手こいたわ!」「小学生みたいなブリーフ支給されてよ!格好悪いのなんのって!」「中でおかまの人に会ったから今度紹介するよ!」とハイテンションで捲し立てられた。きっと暇だったんだろうな。決壊したダムから放たれる水のような勢いで彼の言葉が降ってきた。元気そうでなによりだよ、本当に。

そして私も実は留置所でしてみたいことがあった。E君に「手を置いて」とアクリルの窓に手をつくようお願いした。そして私も重ねるようにアクリルの窓に手をついた。
アリシアキーズ

E君はきょとんとしていたが、無理もない。
アリシアキーズがデビュー当時に放った名曲「fallin'」のミュージックビデオを再現したかっただけなのだ。
ビデオの中ではアリシアキーズが刑務所に収監された彼氏に会いに行く。二人は面会室で受話器越しに語り合いあい、アクリルの窓越しに手を重ね合わせる所でシーンが終わる。

長年の夢だったとかそういうわけではないが、やってみたいことの一つではあった。あぁ、私も頭がおかしい生き物なんだわ。認めよう。でもそれが実現できて本当に嬉しかった。

それから数日後、E君から手紙が届いた。西新井警察署の住所で。
小学生みたいな下手くそな字で「この間はありがとう。かなえが本当に女に見えたよ」と馬鹿みたいなことがつらつらと綴られていて、胸が熱くなった。東村アキコの「主に泣いてます」の中で「馬鹿が書いた文章は胸打つな」というセリフが出てくるが、まさにそれだと思った。早く出ておいで。そしたらまた皆で一緒に乾杯しよう。

あれから何ヶ月も経つがたまにE君とは立ち飲み屋で会っている。誕生日の際にはご祝儀まで頂いてしまった。酔うと「かなえは面会来てくれたもんな!」「あのTシャツ、今でも現場で着てる!」と言ってくれるが所々、治安の悪いワードが出てくるので本当にやめて頂きたい。善良な市民は面会なんてしない。

当時は二人とも大変そうだった。今でも大変なのかもしれない。失った信用をこつこつとまた積み上げている最中。でも私は私でお店が大変だし、皆それぞれ大変だ。楽に生きてる人なんてなかなかいない。
たまに集まってグラスを重ね合わせて乾杯する。そんな時だけは全て忘れて楽しく酔っ払う。
お酒だけが救いの人生というのも寂しいけど、酒に救われる夜があっても悪くはない。私たちはいつまでもいつまでもこうやって集まって乾杯し続けていくんだろう。


そんなわけで、本日もjuice bar rocket夜の部、17時からOPENします。酔って忘れたいことがある人は飲みに来てね!

JUICE BAR ROCKET
東京都足立区千住1-1-10

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