うつろ船

チーチーパッパチーパッパ

 甲

 「私は海軍でした。海軍陸戦隊でした。南京に入城して私たちはもう疲れはてました。隊長もまずは休もう、治安維持は専門の陸軍にまかせる。と言いました。合理的判断です。
 なにしろ元々船乗りです、それがにわか仕立てで畑違いの陸兵をやるのですから陸軍さんほどには頑張れない。内地では海軍陸戦隊の武勇ぶりが派手に報道されたそうですが・・・。その日はみんなで.天幕を張ってひたすら休養です。
 翌朝戦友が「おい凄いことになっているぞ。河に行ってみろ」と言うので揚子江のほうに行ってみました。
 揚子江の河べりにはおびただしい数の中国人の死体がありました。河べりに死体がいくえにも重なって倒れている。河の中にも死体がすき間なく浮かんでいる。上流から下流へはてしなく死者があゝ。最初は人間とも思えず欺瞞用の人形を処分したのかとも思いましたがすさまじい死臭がそれを打ち消しました。
 おそらく陸軍が敗残兵を処分したのだろうこれがいくさなのだろうと思いました。しかし若い夫婦なのか恋人同士なのか若い男女がしっかりと抱き合って死んでいる。このような人たちも敵なのか。私は陸軍のやることに疑いを持つようになりました。
 おそらく真夜中になにかあったのだろう。私たちは海軍なので陸軍と離れた場所に天幕を張って眠っていたので、深夜に陸軍が何をやったのかわからないことだったのです」
 「個人の感想です」

 「皆さんこの写真を見なさい。中国の人が手を後ろ手にして縛られていますね。そして地面に座らされています。その人の後ろに日本軍の将校が日本刀を持って立っていますね。将校はすでに刀を上段にかまえています。皆さん!この直後に日本軍の将校はこの中国人の首を斬りおとしたのです向こうのほうに別の日本兵が両手を腰にかまえて笑っていますね。こいつはこれから始まる殺人を見たくて喜色満面なのです。こんなことが許されていいのでしょうか!」
 「写真はイメージです」
 「誰ですか!?さっきからいちいち余計なことを言う人は!」

 チーチーパッパチーパッパ。

 乙

 「陸軍で輜重兵をやっていました。わかりませんか、輸送部隊です。南京の郊外で米の買い付けに行きました。中国の農民たちは、みんな親切で礼儀正しい人たちでした。私たちを見てにこにこと笑って迎えてくれました。またお茶や干した果物などでもてなしてくれます。米は売り渋るかと思いましたが、割と適正な価格で売ってくれました。どうも彼らは国民党軍からよほど搾取されていていたようでした。ですから私たちが進出してきたことはありがたいことだったようです。その後何度か往来しましたが彼らはいつも友好的でした。ですから、私はあの虐殺行為などということは本当は無かったと思います。虐殺どころか私は二年ほど中国にいましたが、人間の死体なんて一度も見たことがありません。日本に復員してからですね、死体を見てうろたえたのは」
 「個人の感想です」

 「みなさん、この写真をご覧なさい。日本兵に引率されてたくさんの中国の人たちが石橋を渡っていますね。兵隊さんも中国の人たちも、いい笑顔をしていますね。これは日本軍が南京に入城してから二日目に撮られた映像です。日本軍が国民党軍を撃退したので、みんなこれで安心して生活ができると喜んでいるのです」
 「写真はイメージです」
 「誰ですか!?さっきからいちいち余計なことを言う人は!」

 チーチーパッパチーパッパ。

 これはフィクションです。
 甲も乙も私の創作です。歴史の真相なんて、そう簡単に分かる物ではありません。また、当時から戦争は高度の心理戦、情報戦の時代に入っていました。
 都合のいい話なんて簡単に造れるものです。逆の話だって同様に簡単に造れます。また当時の体験者の証言も、個人差があります。戦場は広大ですし、軍人の職種もさまざまです。どうしたって差違が生じます。
 写真だってそうです。私は元写真部だったのですが、都合のいい写真、都合の悪い写真どちらも簡単に撮れます。
 口触りのいいお菓子、口触りのいいお話には、もしかして毒が。

 私は中国に行ったことがありません。

 私はこのお話を部屋から一歩も外に出ないで書きました。

 ♪チーチーパッパチーパッパ
 モグラの学校の先生は
 無知を振り振り
 チーパッパ
 まだまだ足りない
 チーパッパ
 チーチーパッパチーパッパ

 平和を欲するなら戦争を理解せよ
                 ―リデル・ハート卿―

  



 

 
 

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