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内橋可奈子の俳句note

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日々の俳句と、身辺雑記。
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20190522 躑躅(つつじ)

粗筋も曖昧皐月躑躅吸う

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恋人の家の近くにはラブホテルがあって、その屋上の庭になっているようなところから、縁から垂れ下がるほどに躑躅が咲いている。1年前、わたしたちが付き合い始めて間もない頃に、躑躅はちょうど満開だった。

「あの躑躅が見える部屋に、入ってみたいんだよなあ」彼はそう言って、わざといやらしい笑みを浮かべて、わたしの顔を見た。「泊まらなくてもいいし、休憩だけでも」わたしもちょ

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20190510 甘い

地団駄を踏んで躑躅を甘くする

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女の子が、わたしの首に腕を回して、ぎゅっ、と後ろから抱きついてきた。いつものわたしなら、そういうことは受け入れずに、それとなく離すようにしている。

みんなはもう小学生で、必要以上に密着するコミュニケーションとは別の方法も、覚えていったほうがいいと思っている。それに何より、わたし自身がちょっと戸惑いを感じてしまうから、できるだけ離れる。ひとがひとと接すると

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20190507 伸びる

伸びている皮膚に天道虫が来る

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今日は大型連休が明けて1日目だけれど、わたしの働く小学校は、代休日となっている。小学校の学童保育は、朝から夕方まで開所している。

学童保育で先生として働くわたしは、いつもよりなんだかテンションの低いこどもたちを、とくべつ盛り立てることもないかと思い、のんびり過ごしていた。

会話もいつもよりぼんやりしている。ある男の子とも、お互いあんまり話題がなくて、昨

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20190506 令和

抓られて笑って泣いて平成過ぐ

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時代が変わるその時、わたしはだいすきなひととお布団にくるまっていた。恋人はわたしじゃなくて、「令和まであと何時間何分」みたいなカウントダウンをするテレビ番組をずっと見ている。わたしはそんなの見たくなくって、そんなのに興味を示している彼に背中を向けて、ずいぶんと見慣れた天井をじっと見ている。

わたしはそうして興味がないふりをしながらも、みんなが特別だと言っ

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099 脆いものにすがる/表現

わたしたちは、表現という夢をかたりあいたいから、一緒にいるんでしょう?そう問いかける日が、来ませんように。

表現なんていう、脆い、ものに頼って生きているわたしたち。そんな、脆い、ものを共有しようと一緒にいるんだ。愚かで、だけど愛おしいと、思っているのだけれどな。ねえ、あなたはどう思う?

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20190312 椅子

座ってて鼻歌歌えるかなあ春

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新しく来年学童保育に入ってくる、新一年生の面談をしている。わたしと、目の前に椅子をふたつ置いて、保護者のひとと、こどもと、座ってもらう。

こどもはそわそわしている。後ろを向いちゃう子、足をぶらんぶらんさせちゃう子、いろいろいる。姿勢を正して、まっすぐ座れている子もいて、わたし思わず、おお、とおののく。「幼稚園が、厳しくって」とお父さんが表情を崩した。

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20190312 マスク

同じマスク同じ絵を見て笑ってる

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マスクを借りた。花粉症じゃないはずなのだけど、なんだか鼻がむずむずするので、貸して、って言った。今度返すね、って言ってみたら、そんなのいいよ、って言ってくれる。

家族ではないあなたと、同じマスクをして美術館へ行く。わたしたちは同じ部屋で過ごして、今日ここにふたりで来ているのだという、幸せを、噛みしめる(噛み締めているのは、たぶんわたしだけだろうけれど)

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20190311 本

捲る指張り付くいつもの春が来る

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こどもたちに本の読み聞かせをするときに、ひとつだけ心がけていることがある。みんなと一緒に物語の世界を冒険する気持ちでよむということ。

わたしの読み聞かせはぜんぜんうまくない。声も低いし、滑舌がいいわけでもない。だけど、物語をわくわくしながら読むだけで、こどもたちの距離がぐっと近づいてくるのを感じた。

だから、わたしがいいな、たのしかったな、という本を

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20190310 春霞

春霞犬が立ってるすべり台

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わたしは、ひとの顔が本当に覚えられない。何度か会ったひとでも、覚えているんです、覚えているのだけど…密かに不安になりながら、声をかけていることがある。

一度会ったら、名前と、その雰囲気はだいたい覚える。うまく言えないのだけど、雰囲気なんだ。どういう顔だったか似顔絵に書いてみて、と言われても特徴をあげることはできない。もちろん、何度もあって、とても親しくなった

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20190305 懐炉

懐炉あり焔のような秘密あり

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もうすぐ本格的に春なのだけど、わたしはまだ毎日のようにあなたから懐炉をもらっている。あなたとは、小学2年生の男の子であるきみのことだ。

冬もずっと半袖で、元気に走り回っていた。よくみれば、腕は真っ白で、頰はとても紅い。わたしは知っている。あなたがとても我慢をしていることを。寒くっても、上着なんか着なくても、元気な自分を創っていることを知っている。

そんな

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20190304 鳥の巣

鳥の巣の元で閑かに箒掃く

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こどもたちはすごいなあ、と思う。みんな、本当にいろんなことができる。

将棋でおとなを負かしてしまう。ともだちの顔をとりどりの色で描く。クラスで上演する演劇の台本を書く。サッカーがとてもうまい。野球選手の特徴をたくさん言える。おとなが困っていることを察して手伝ってくれる。誰も気がつかない小さな紙くずを拾ってくれる。

これから生まれる妹の名前をつける。とてもき

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20190221 摘草

草摘めば教えてくれる忘れても

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インフルエンザで仕事を休んでいたけれど、今日から復帰。土日を挟んで、水曜日まで5日間学校を休んでいた。ひさしぶりに学校へ行くのは、先生としてでも、ちょっと緊張する。

校門を入ったら、ちょうど1年生の体育が終わったところで、ばらばらとこどもたちが帰ってきていた。わたしはみんなを眺めていたけれど、ひさしぶりで、ちょっと引っ込み思案のような気持ちになって、小さ

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20190220 珈琲

珈琲に桜映してしんとする

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春に東京へ遊びに行く計画を立てている。母と二人で行く。行きたいことややりたいことがたくさんあって、頭がいっぱいになる。東京に住んでいた頃に好きだった馴染みの街にも行きたいし、まだ知らない街へも行きたい。見たいものもたくさんあるし、食べたいものもたくさんあるのだ。またそれは、わたしだけじゃなくて、母もだから大変だ。どうしよう!

いろいろ迷うけれど、珈琲を飲みに

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20190218 軍手

早梅の腕に軍手の片方を

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※俳句、ちょっと手直ししました。

(軍手の話じゃ、ないんだけどね。)

わたしの手袋は、ベージュの毛糸で編まれていて、中はブラックのフリースで覆われている。とても暖かくてお気に入りなのだけれど、ちょっと見た目がごつい。

外でこどもたちと遊んでいると、元気な女の子たちが寄ってきて、わたしの手袋を指して「軍手!」と言う。「ちがうちがう、手袋だし」と否定するのだけ

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