20190522 躑躅(つつじ)

粗筋も曖昧皐月躑躅吸う

***

恋人の家の近くにはラブホテルがあって、その屋上の庭になっているようなところから、縁から垂れ下がるほどに躑躅が咲いている。1年前、わたしたちが付き合い始めて間もない頃に、躑躅はちょうど満開だった。

「あの躑躅が見える部屋に、入ってみたいんだよなあ」彼はそう言って、わざといやらしい笑みを浮かべて、わたしの顔を見た。「泊まらなくてもいいし、休憩だけでも」わたしもちょっとにやにやして笑っていたと思う。わたしもその躑躅を見てみたい。

彼の家に行くにはそのホテルの前を通るのだけど、わたしたちは、それを冗談ぽくはぐらかしてばかりいて、躑躅の時期をすっかり過ぎてしまった。

それから一年が経った。また躑躅が満開。わたしは躑躅をつい見上げてしまったけれど、何も言わず黙ってしまった。そうしたら彼が、わたしの手を握って、にやっと笑った。「聞くだけ、聞いてみよう」え、とわたしは呆気に取られる。

彼はジャージで、わたしも部屋着のワンピース。散歩中だったので、ふたりとも財布はポケット。そんなラフな格好で、曇りガラスの自動扉を開ける。

ロビーはとても質素だった。サービスタイムなんとか、と書かれた安っぽいポスターを入れたパネルがイーゼルに立てかけてあって、その横に台があって電話機が置いてある。彼は受話器をとって、しばらくダイヤル音を聞く。

「あの、屋上の躑躅が見える、部屋って空いていますか」彼は聞く。「あ、そうですか、わかりました」畳み掛けるように彼は話して電話を切った。わたしたちが望む答えは得られなかったのだろう。

「躑躅が見える部屋というのはなくって、まあ見えるかもしれないけれど、窓からよく見えます、ってほどじゃあないらしい」彼の声は誰もいないロビーに反響する。「ふうん」わたしたちは手を繋いで、自動扉を開けて外へ出る。

「躑躅、なんとなく植えているだけなんだろうな。別に、お客に見せるためじゃなくて、周りに向けて。景観が良いだろう、ていうくらいのことで」「残念ですね」わたしはざんねん、と呟いて見て、自分が本当に残念に思っていることに気がついた。わたしだって躑躅を部屋から見たかったし、躑躅が見える部屋で抱き合いたかった。

「でも、こんなこと聞いたの、わたしたちがきっとはじめてでしょうね」「そうだろうな。だって、つつじですか⁈って、聞き返されたもの」わたしたちはそんなことを言い合って、夕暮れの街を、手を繋いだ手を振りながら歩いた。


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