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ついに父のリハビリ通所初日

一昨日の夕方四時からケアマネさんと通所リハビリ施設の職員二人と父と私、そして、母も交えて契約を終えることができた

母バージョン(先週水曜日同じ契約をして翌日から通所済み)では、要支援ということで※を参照→地域包括支援センターのケアマネさんが来て下さり、3回目で契約となったが、そのケアマネさんからの父の今度は私設の施設職員であるケアマネさんを紹介してもらっての契約までは、2回で完結する仕組みのようだった
 ※解説 要支援の人には市役所内の地域包括支援センターのケアーマネージャーという方が担当するが要介護は、老人施設の中にいるケアーマネージャーを頼り、自らその施設に連絡してお願いするシステムだと、のちに学んだ


 父母が要支援と要介護と介護審査結果で手続きを頼む担当者が違うなんて、知らなかったし、母は父と同じところには、行きたくないねん💢と、いうので必然的にそれぞれの施設との契約が必要なので、うちは、介護申請から入れると6回、二時間ずつの面談と契約が終わったことになる

 どこかで私には、そんなことはする日が来ないと信じていた気がする。

 そんな根拠はどこにもないのに。実家からスープの冷めない距離は、3人弟妹の中で姉の私だけなのに。


 だから母の介護申請の結果判明で要支援2にも私だって驚いたのに、それからあれよあれよの展開

 始まりは、六月末の突然の母の単なる一週間の眼科入院
 一日一日の仰天エピソードで父母の老いを一気に感じた。

 まさに途中で降りることのできないジェットコースターに私は乗ってしまった

 突然、電話してきて愚痴ったり、勝手口を叩いて、いきなり開けたら手には、庭の花を手で引きちぎったのを持ってきたり、枯れかけた野菜を無造作に持ってきて、うちの隣の人にも聞こえるのに、まわりをかえりみずに、父の愚痴を吐き始めたり、私の言葉は否定するし、じゃあ、私の夫のことも聞いて、と話し始めると、
「始まったね。ほんなら帰るわ。眠れなくなるから💢」と怒って帰っていく母。

 その性質が自己愛パーソナリティだと知ったのも数年前のこと
 奇しくも夫も全く同じタイプのダブルブッキング😂

 最近、そういえば、その愚痴りに来る回数は、パタリと途絶えて、LINEのみとなった。

 1度目の母退院後、全て解決のつもりだったのに、今度は逆に父が軽トラでやってきて、私の家や隣町の弟の家にまで聞いて愚痴りにくる展開にも父の老いと異変ととれた。

 極めつけは母の初回の入院際の車内での母の言葉

 「退院してきたら爺は、デーサービスに預ける!そうしないと私が狂う」

 病院の駐車場に到着するまでその母のワンマントークショーは、終わらなかった

 それから入院までの母の行動も普通じゃないお婆ちゃんだとも思い知った

 まるで看護師さんの話が全く理解できてない何かしらの病を抱えてる人にしか見えなかったからだ

 半世紀以上、寄り添ってくれた母の面影がもうそこにはなくて。

 私は母の言葉に耳栓をした。

 2回目の眼科の入院、オペ後、即刻、コロナで退去命令のあの日から私が父を自宅に9泊、妹が実家でコロナの母の術後送迎を引き受けてくれた隔離生活

 長かった

 前向きすぎる父は、口を開くと叱られる

 それなので自分と同じくらいのレベルの人と出会いたいのだ

 そして、誰かしら家に来た時に発する父の不確実でテキトーな内容の自信満々なトークに鳥肌が立つ母が出した答えが別々のところに行く、

 そして、爺ちゃんには送迎車で朝から夕方までなるべく遠いところへ行ってほしい。

 週二回の整骨院も思いの外、早く連れて帰ると泣きそうな顔をして怒り出した母

 そして、一言
早い!💢

 私も頑張って仕事前にこれでも婆ちゃんのこと一人にする為にやってるんだよ!何度となく私も言ったことがある

 すると、爺ちゃんは、家にいないと困るねん!高いところのものも私だけなら取られへんし、草刈りとか、なんでも言ったことは、してくれるからね!整体に連れてもらわなくても爺は、元気やねん!

 何を言っても
ありがとう😊
 なんて回答はもらえない

 それが自己愛‼️

 そんな母から昨日の仕事帰りのスマホの画面には父のリハビリ通所帰りの感想!

 知ってる人、たくさんいて、爺ちゃん、楽しかったらしいわ!

 その文字を見たら少し体も軽くなって、頑張った自分のことも褒めてあげよう!なんて思ったのだった‼️

※写真は一昨日、帰ると言えば実家庭の広大な畑から自作の野菜を要らないと言っても鎌を持って刈り取って袋に入れて持たせてくれる老父

 目に焼き付けて日々、感謝。そして、これからは、私が恩返しするよ!


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