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歩いていける香港の天国・谷埔

新界で食べ物の仕事を始めて、農村や食べ物関係の事で友達に誘われる事が増えた。農業友達から南涌のfarm to tableの私房菜に誘われたり、食品コンサルをしている人から鹿勁にある海鮮の美味しいレストランを紹介されたりする。

南涌も鹿勁も私の住む大埔區よりさらに奥の北區の東側で、香港と中国の禁區の街・沙頭角の対岸に位置している。にもかかわらず南涌や鹿勁、また更に奥に位置する荔枝窩が話題に上がりやすいのは、近年農業の実験場だったりして農家さんには親しみのある場所だからだろう。一方鹿勁の向こうにある村・谷埔が私の周りで話題に上がりにくいのは谷埔が特に農業プロジェクトを持たず、原住民以外は船も使えずてくてく歩いていくしかないまあまあ不便な場所にあるからだと思う。(とはいえ新界大好きクラブの人はみんな谷埔が大好きである)

南涌、鹿勁、谷埔、荔枝窩は沙頭角圏に属する。対岸の沙頭角碼頭と村は船で繋がっている

谷埔は街としての発展がなく明末期から400年にわたってその場所が守られてきたという点だけでも非常に大きな価値がある。この100年の間に他の村と同じく海外へ移民した村人が多く、小さな村ではあるものの海外に強い繋がりを持っている。また原居民でないと使えない海路を持ち、大陸とも香港とも繋がりを持っている。香港の村は国際的な繋がりを持つところが多く、これは香港の村の特徴の一つと言えるだろう。

私は普通の香港居民なので、船ではなくバスと徒歩で遥々谷埔村に向かった。

ミニバス56K系統

MTR紛嶺站からミニバス56Kに乗り終点の鹿勁まで行く。鹿勁に近づくとまるで大井川のような雄大な河川敷がミニバスの窓の向こうに広がる。この時点でもうここは一般的に知られている通常の香港ではない。

対岸に沙頭角碼頭と大陸の街を眺めながら海岸沿いと山道を歩く。山水と海水が混じる汽水で育つ植物がたくさんあり、紅樹林(マングローブ)が現れ始める。

私のいるこちら側は山と古い客家の家が複数あり、対岸は大陸のビルが立ち並ぶ。この香港北區の独特の風景、今となっては香港側の方がどう考えても豊かさをたくさん含んでいるような気がしてならない。

鳳坑村

途中鳳坑村に到着。外部の客は村の中には入れない。このように香港で完全に立ち入り禁止になっている村は少ないと思う。

水浸咀排

鳳坑村の近くにある中洲・水浸咀排で牡蠣をとっている鳳坑村の原居民の方がいた。(この辺りの採捕は禁止されていますが、一般市民に原居民の生活に文句を言う権利はありません……。)

今晩のおかず用で、牡蠣オムレツにすると言っていた。そういえば、もっと東に位置する東平洲のように牡蠣の他に雲丹なんかも採れたりするのだろうか?(なんとなく、採れないような気はする……。)

海を見ている牛
海を見ている牛
草を食べている牛
毒の実(海芒果)

牛が草をひたすら食べている。この時期この辺りには海芒果という毒がある緑の果実がなっているけれど、彼らはちゃんと毒の実を認識している。

update: この海芒果、名前の通り海のマンゴー(芒果)で、マンゴーに似ているし、同じ時期に収穫できる香水檸檬にもよく似ている。芒と檬は発音も似ているし、実際台湾では海檬果と呼ばれているらしい。本当によくできた毒の実だ。調べたら同じマングローブのある沖縄ではかつて毒流し漁でこの実の毒性を利用していた。

大埔からも見える大陸のタワー(これなんなんでしょう?)
啟才學校

山を挟んだ大埔からも見える大陸の何かしらのタワーが見えるあたりに差し掛かると、谷埔に到着。昔の村の学校・啟才學校が村の入り方にある。ヨーロッパ式の建物で、現在香港大学の建築系が修復を行なっている。

広大な紅樹林と谷埔村

広大な紅樹林の向こうに村人が住んだ家が並ぶ。ぽつぽつ家が建っている感じが非常に風情があって、日本の里山にも似ている。本当に天国にいるかのようだった。山と海の匂いが混ざった独特の香りに包まれながら歩く。

村と海の間の道
谷埔村碼頭。沙頭角碼頭と大陸はすぐそこだ
村の一番大きい士多は夏季休暇で9月下旬までお休み
村の小径を歩く
紅樹林が広がる
李さんのご自宅を士多にしてイベントを開いている

季食士多は客家のお餅・茶粿を教えるワークショップを開いたり、磁場の野菜を使った食事を提供している。夏はお休み。

紅樹林の間を山水の水路が通る。いつ頃作られたものだろう?
個人的に、香港で一番可愛いベランダの柵
1960年代の谷埔(写真:PolyU)

谷埔の特徴はなんと言っても紅樹林と客家の家のコントラストだけれど、かつて村人がたくさん住んでいた60年代はこの一帯は畑だった。昔香港では海水を使った稲作農業が行われていたが、ここもその一つだと思われる。(日本では天草の一部の地域で海水稲作が行われています)

大埔林村も野薑の花が一面に咲く美しい野原があるけれど、かつてはそこも農地として利用されていた。人が去り美しく自然に還ってしまった農地と、対岸には発展した都会が形成された中国。この対比を実感するのも谷埔を訪れる醍醐味だ。

谷埔は特に目立った農業プロジェクトがないと冒頭で書いたが、最近香港觀鳥會が販売を始めた、紅樹林でとれたという蜂蜜を買った。若干の塩気があるのが特徴。甘々の西多士の中に僅かな磯の風情が漂ってとても美味しい。

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